12.夕食の〆は
アルバートは夕飯の時間まで起きなかった。
それも、ジュリアが起こさなければずっと寝ていたかもしれない。
目を開けた後もしばらくはぼんやりとしていたが、現状を認識するとバッと音がしそうな勢いで背筋を正した。
「ご飯、できたわよ」
気まずそうな顔のアルバートがジュリアに腕を引かれてダイニングに入ってくる。
「おはよう」
「……もう夕方だが」
「俺は昼だろうが夜だろうが、寝起きの奴には『おはよう』って声をかけるって決めてるんだ。あと、『もう夕方だが』もそっくりそのまま返してやるよ」
軽口を叩き、ヴァンスは椅子に座った。
今日の夕飯はシチューだ。ジュリアとアルバートの婚約を祝して乾杯する。ダイニングテーブルを六人で囲む夕食は美味しかった。
「アルバートさんは、ジュリアとどこで出会ったの?好きになったきっかけとかは?」
興味津々な母の質問にアルバートがジャガイモを喉に詰まらせかける一幕も含めて、楽しめた。
「……ね、ステラ。今日一緒に寝よ」
「うん。ジュリアの部屋でいい?」
「いいよ。…いろいろ話、しようよ」
…女子二人でいったいどんな話をするのか気になるところではあるが、聞きはしない。聞かないくらいの気遣いはヴァンスにもできる。
幼い頃はジュリアと同じ部屋で寝ていたが、ステラが連れ去られる数年前からそれぞれ自室にベッドを置くようになっていた。
必然的にアルバートはヴァンスの部屋で寝ることになるのだが、ベッドは一つしかない。…部屋はともかく、ベッドまで同じなのはどうなのか。───問題の解決は思ってもいないところからもたらされた。
「確か、室内用のハンモックがあったはず…」
「ほ、本当か?」
「ええ。……待っていて」
───母がごそごそと物置から出してきたのは折りたたみ式のハンモックだ。使っていなかったのか青い布は綺麗なままで、試しに寝てみると大きさ的には大丈夫そうだった。
「アルバート、俺はこっちで寝るからお前はベッドを使えよ」
「……僕は」
「言っとくが反論は聞かないからな。ただでさえお前は眠りが浅いんだから、寝れるときはちゃんと寝とけ」
「お兄ちゃんがそれを言うの……?」
…さて、なんのことやら。
口笛を吹く真似をして誤魔化すと、ジュリア達にため息をつかれた。吹く真似なのは、音が鳴らないからだ。こればっかりはできるようにならなかった。
因みにヴァンスの歌は控えめに言って壊滅的だ。子供のとき何度ジュリアに笑われたことか。あんなことは二度とやりたくないものだ。
「あ、そうだ、お兄ちゃん。せっかくだから〆になんか歌ってよ」
「何でだよ‼」
「だって面白いから」
「チクショウ、二度とやりたくないなんて思うんじゃなかった‼」
フラグ回収が早すぎる。可愛い妹の頼みで、断りきれずにヴァンスは歌った。
───約五分後。
「もうダメだ……俺これから生きていけない……」
部屋の隅っこで膝を抱え、ヴァンスはステラに慰められていた。
「ヴァンスの歌はちょっと……ううん、かなり残念だったけど、私はヴァンスの味方だから」
「残念……はは、そうだよな…残念だよなぁ……」
「わ、悪い意味じゃないの。……じゃあどういう意味なんだろう」
泣き崩れるヴァンスを励まそうとして、励ましきれないステラ。
そんな二人をまわりがどう見ているのかといえば。
ジュリアは目尻に浮かんだ涙を拭って大笑いしているし、アルバートは顔をそむけて肩をぷるぷると震わせている。
母はヴァンスの音痴が誰に似たのかと思索中で、父は同類を見るような目で頷いていた。
ヴァンスの歌は、音程がひどくズレている。
ならばリズムは大丈夫なのかといえばそんなことはなく、もはや何という曲なのか判別がつかなかった。ここまでくると一種の才能だ。
───さんざん笑ったあと、ジュリア達はようやくヴァンスを宥めにかかったのだった。