11.挨拶の行方
留守といっても、両親は買い物に出かけていただけで、すぐに帰ってきた。
両親はまず昼食を───と言ったが、神経を張り詰めているアルバートにこれ以上耐えろというのはちょっと可哀想だ。なので、口出しさせてもらうことにする。
「あー…先に、話しないか?それからのほうが、ゆっくりできると思うし」
返答に窮していたアルバートが露骨にほっとした顔をした。
手助けできるのはここまでだ。内心でエールを送り、ダイニングから椅子を自分とステラの分運んできて腰を下ろす。───向かい合う両親とジュリア、アルバートを静観する構えだ。
「お話が、あります。───お父様、お母様」
「───ジュリアさんと、結婚させて頂けないでしょうか」
もともと、アルバートは回りくどいことが苦手だ。騎士として配慮しなければならないこともあるが、基本的に何でも直球だし、思いたったら即行動に移す。
一足跳びに、結婚の話になったのもその性格によるものだ。
本来は付き合う時期があるのだろうが、そんなことは全く浮かばなかった。頭にあったのは、ジュリアと共に幸せな毎日を歩みたい。ただそれだけだった。
───アルバートの思い立ったが吉日の傾向は一日にして大切な人々を亡くした過去からきているのかもしれない。
今日は手のひらの上にあっても、明日は指の隙間をすり抜けて落ちていってしまう可能性がある。
可能性に怯える日々が今のアルバートを作り上げた。
悪いことだったのかは、分からない。分からないけれど───
「これまで培ってきた全てで、必ず彼女を幸せにします。だから…どうか」
ジュリアを幸福にできるなら。
無駄ではない。無駄になんてしない。
「───」
痛いくらいの沈黙が落ち、アルバートは頭を下げた。
ふわりと、固く握りしめた拳に温もりが重ねられる。ちらりと横を見ると、ジュリアが手を包み込んでいた。緊張で冷え切った指に、じんわりとした温かさが広がっていく。
「───アルバートくん」
ジュリアの父が、口を開いた。
何と言われても、揺らがないつもりだった、のだが。
───続く一言は予想外としか言いようがないものだった。
「チェスで勝負をしよう。───君の覚悟を、見せてくれ」
「……素直にいいですよとはならないだろうなって思ってたけど、ここでチェスやる展開になると誰が予測できただろうか……」
誰ともなしに呟いたヴァンスは、数分前の会話を思い返す。
『君が私に勝ったら、結婚を許可しよう。だが、もし負けた場合は───』
『婚約を認めないと。……分かりました』
アルバートに断る選択肢はなく、チェスが始まった。
ゲームは一回きり。アルバートが黒、父が白い駒だ。
前にアルバートが家にきたときもチェスをしていたが、アルバートの圧勝で終わったはずだ。
なのに、何故父は勝てぬと分かっていてこの勝負を持ちかけたのだろうか───
「……あの人は、最後まで抗ったって言いたいだけなのよ」
いつの間にか隣に来ていた母が言った。
母は、真剣な父の横顔を見つめ、続ける。
「最初から、ジュリアの選んだ相手に反対する気なんてないわ。だけど、ちゃんと覚悟を見せてもらいたかった。口ではなく、ね」
方法がチェスなのはどうかと思うけれど、と微苦笑を浮かべる母の言葉で、ようやく分かった。理解したところで、感想は母と同じだが。
静寂の中。永遠にも思えた時間も、やがて終わりを迎える。
すみに追いつめられたキング。色は───白。
三つの逃げ道のうち二つは黒のキングとビショップが塞いでいる。あとはもう一つ盤上に残されているビショップをどこに動かすかだが、アルバートが間違えるはずもなかった。ビショップを左上に動かして、完全に白の逃げ道は絶たれた。
「……負けた。気持ちが良いくらいに負けたよ。───ジュリアを、頼むぞ」
「はい。───ありがとうございます、お義父様」
アルバートは安堵に全身の力を抜き───そのままジュリアに寄りかかった。
「わ、ちょ、アル……⁉」
揺さぶられるアルバートの双眸は閉じられており、静かな寝息が聞こえてくる。
慌てるジュリアの肩に頭を預けて寝る彼の表情は穏やかで、ヴァンスは椅子から立ち上がった。
「緊張して昨日寝られなかったみたいでさ。馬車の中で寝てたけど、やっぱり疲れてたんだろうな」
動けないジュリアの代わりにブランケットをとってきて、体にかけた。起こさぬように、良かったなと囁く。
「お父さん、お母さん。ありがとう」
幸せそうな笑顔を見て、父の涙腺が限界を迎える。黙って部屋を出て行った父を見送ると、ヴァンスは息をついた。同時に、空腹を感じる。
「……腹減ったな」
「お兄ちゃんが先にって言ったからでしょ。……お兄ちゃんも、ありがと」
ジュリアに笑って応え、ヴァンスはぱんと手を叩いた。
「アルバートは放置して、昼ご飯食べようぜ。母さん、なんか作ってくれよ」
「はいはい」
ほんの数時間だったはずなのに、凄く疲れた。当人ではないのにこれだ。
想定外の勝負もあったが、二人の結婚が認められて良かった。本当に。
ヴァンスは移動させた椅子を元に戻す前に、もう一度アルバートに目を向け───、
「お疲れ様」
───気の抜けた顔で眠る騎士をねぎらったのだった。




