表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/141

10.行き当たりばったりな行動の報い



ごろごろと寝返りをうっていたヴァンスは、ため息とともに目を開け、起き上がった。壁の時計を見ると、午前四時半。

───結局、布団に入ったのは一時すぎだった。横になってからも寝付きが悪く、夢と現の合間を彷徨い続けていた気がする。


「帰るのが嬉しすぎて、予定より一時間も早く目が覚めるとか子供かよ……」


苦笑混じりに零し、顔を洗うために一階に下りる。ドアを開けた途端流れこんでくる冷え切った空気に体を縮め、早足で洗面所へ向かった。

まだ誰も起きていないだろうと思ったのだが、洗面所には先客がいた。


「お…早いな、アルバート」


「……ヴァンスか」


日も昇っていないというのに、黒髪の青年はすでに着替え終わっている。

日常の一部だということを忘れそうになるくらいの美しい立ち姿。洗面所なのに、絵として残しておきたくなる。洗面所なのに。

だが、一つ言うとすれば───


「お前、ちゃんと寝たのか?すごい顔だぞ」


「……」


整った面貌の中、目の下の隅が目立っているし、唇は固く引き結ばれ、頬は強張っている。

まるで、今まさに死地に赴く戦士のようだとヴァンスは思った。

…確かに、アルバートにとっては戦闘時以上に気が抜けないことだろう。何せ、婚約の許可をもらわなければならないのだから。


「まあ、頑張れ。───唯一の救いは初対面じゃないってことだ」


アルバートの肩に手を置き、深く頷く。

じとっとした彼の視線を綺麗にスルーして、ヴァンスは顔を洗った。







「荷物は、これで全部か?」


「うん。あとはいいはず」


荷物を荷台に乗せ、ヴァンスはステラに確認する。何故ステラかというと、旅に行くメンバーの中で一番冷静なのがステラだったのだ。…あとは察してくれ。


「おーい、ジュリア!準備できたぞ!」


跳ねるような足取りで近付いてきたジュリアと、彼女に引っ張られたアルバートを交互に見て、


「俺とステラが御者台に座るから、二人は荷台に乗っててくれ」


「───。僕も、御者台に……」


「…お前、そんな寝不足丸出しの顔で挨拶するつもりなのか?婚約の話の前に休めって言われるだけだよ。だからせめて、道中長いんだし寝てろ。以上」


一気に喋り、ヴァンスはアルバートを荷台のほうに押しやる。アルバートは何か言いたげだったが、横に立つジュリアの視線に押し負け、渋々頷いた。


「ステラ、悪いけど一緒に御者台にのってくれるか?長閑すぎて寝ると困るから、話相手になってくれると助かる」


ステラは意図を察したように首を縦に振る。ジュリア達が乗り込むのを確認してから、ヴァンスは御者台に跳び乗った。左手を差し出し、ステラを引き上げる。軽い。


余談だが、ヴァンスは常に竜の力を使用しているのだ。よって、腕は怪我を負う前と同じように動く。


「……ごめん、風が当たって寒いだろ?」


「大丈夫。…ヴァンスといると、温かいから」


思わずステラの横顔に視線を向けると、言った本人が頬を染めていた。


「…可愛い」


あまりにもその様子が可愛すぎて、つい思ったことを口にしてしまう。ステラは紅潮した頬を隠すようにぱたぱたと手で顔を扇ぎ、「それより」と声をひそめた。


「私を御者席に呼んだのは、アルバートとジュリアを、二人きりにしてあげたかったんでしょ?」


ステラの言ったとおりだ。寝ると困るからなどと言い訳したが、実際はジュリアとアルバートを二人きりにしたかったのだ。


「ちょっとでも、二人の時間を…と思ってさ。……あ…ち、違うぞ!別にステラと二人になりたかったわけじゃ全然…全然じゃなくて……す、少しは……」


勘違いを正そうとして語るに落ちるヴァンス。

ステラは少し目を見開き───


「───ふふっ」


笑い声。

間抜けな表情をしているヴァンスとは対照的に、ステラは目を細め、口の端を持ち上げて笑った。


「…もう。ヴァンスはいつも、不意打ちするんだから」


「……?…俺、ベスティアの森で戦ってたとき、不意打ちするよりもくらうことのほうが多かったぞ?」


「そういう意味じゃありません」


ならどういう意味なのか。腑に落ちないまま、ヴァンスは後ろを振り返った。


「…んじゃ、出発するぞー」


───施設の玄関前にはレティシアとシエル、そしてサラが見送りのため立っていた。

ステラとジュリアが手を振り、アルバートも手を持ち上げる。


「行って来ます───」


走り出し、もうレティシア達の姿も見えない施設を、三人は長いこと見つめていた。






数回小休止を挟み、馬車は順調に進んでいた。野生動物と遭遇することもあったが、大抵は逃げていく。威嚇行動をとる獣もいたが、ヴァンスが軽く剣気をあててやると怯えて去っていった。

ステラはあちこちが気になるらしく、何か見つけては声を上げる。荷台ではアルバートがジュリアに寄りかかって目を閉じており、口もとが緩むのを堪えられない。仲が良くて何よりだ。


戦意に敏感なはずの騎士がヴァンスの剣気で起きないのは、敵意の有無だろう。

戦う気はない、という意志を込めた剣気だから、アルバートは反応しなかった。

その違いが分かる───簡単に言えばアルバートがそれだけ実力のある騎士だということだ。


「あと、どのくらいで着きそう?」


「もうすぐ、街に入るよ。あ、ほら───」


ステラとの会話の最中に街の入り口が見えてくる。

街並みに懐かしさを覚えながら、ヴァンスはまず騎士団に馬車を返しに行った。

正確には置きにいった、だが。

明日、騎士団に巫の引き継ぎについて話し合いに行くとき、帰りに馬車を貸してもらえるよう頼むつもりだ。ちなみに、相談については昨日のうちに騎士団に手紙を出して伝えてある。


馬車を止め、馬に水と干し草を与えてから荷物を下ろす。幸い、荷物といっても着替えくらいしかないので手で持って運べた。


少し離れたヴァンスの家まで、黙々と歩く。普段は口数が多いジュリアまでも無言なのは、緊張しているのだろう。当然だ。…アルバートは緊張し過ぎだと思うが。


家の前までやってきて、ヴァンスは一度ジュリアとアルバートを見た。


「いいか、ノックするぞ?」


扉を叩く。が返事はない。

しょうがないので、随分昔に両親から渡されていた合い鍵を使って玄関扉を開けた。


───自宅は、静まりかえっていた。

下駄箱を開く。靴は、ない。

深呼吸し、ヴァンスは天井を仰いだ。



「留守かよ──────!」



連絡をせずに来た報いであった。

後ろで、ため息が聞こえる。

行き当たりばったりな行動ではなく、もっと考えろと釘をさされた気分だ。

…少しばかり遅かった気もするが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ