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第17話 異世界へ行っても結局何も変わらない

 王国から魔族が消え、共和国の支援により、復興が急速に進んでいった。


 一旦、共和国は王国を併合し、管理下に置くことが決まった。


 城内の片付けがある程度進んだ頃、共和国による併合宣言が行われた。城の前の広場は王都へ戻ってきた住人達で埋め尽くされている。


 魔族が消えたとの知らせが広まってからというもの、逃げ出していた住人が少しずつ戻ってきていた。顔つきはまだどこか不安そうだが、それでも久しぶりの我が家に帰ってきた安堵感がにじみ出ている。子供が母親の手を引いて走り回っている。食料の荷車を引く商人の姿もある。焼けた建物を前にして腕組みをしている老人もいる。


 王都は、ゆっくりと息を吹き返しつつあった。こんな景色を守るために戦っていたのかと思うと、煇も悪い気はしなかった。もっとも、本人にそんなことを言っても鼻で笑うだけだろうが。


 煇は共和国側の使者として大統領の書簡を読み上げていた。壇上から見ると、広場の人の多さが実感できた。こんなに残っていたのか、いや、こんなに戻ってきたのか。


「イロイ共和国大統領カミヤシンペイの名においてセナン王国の併合を宣言する!」


 観衆が歓喜の声を上げている中、1つの小さな影が壇上に現れた。


「お前、生きていたのか?」


 突然現れた黎人に煇は驚いた。どこから上ってきたのか、よりによってなぜこのタイミングなのか、という疑問が同時に浮かんだが、追いつく前に口を開かれた。


「オラガタオシタ!」


「は?何を言ってるんだ?」


「マゾクハオラガタオシタ!」


「いやお前には無理だろう」


「チカシツ!イケバワカル!」


「おい、誰かこいつを連れていけ」


「……ウッウッ オラガヤッタ!オラガヤッタ!」


 喚く黎人を兵士は片手で抱え、連れて行った。観衆の中からどよめきと笑い声が上がった。式典の最中に何をやっているんだという視線が煇に集まる。


「お騒がせして申し訳ない」


 煇の番は終わり、王国側の代理人が壇上に上がって式典は続いた。煇は壇を降りながら、あの生命力と悪運だけは本物だと改めて思った。


 それと、世界の命運を左右した戦いの直後の式典の場を台無しにできるタイミング感も、ある意味で才能かもしれない。


 どちらにしても、まったくもって称えたくはないが。


* * *


 その後、黎人は王国の外れの集落に送られることが決まった。


「イヤダァ!イヤダァ!」


「まったく、喋れるようになっても鬱陶しくなっただけだな」


「イタイタイタイ!ギャクタイダ!オラワルイコトナニモシテナイ!オラセカイスクッタ!」


 猿轡を嵌められ黎人は馬車の荷台に放り投げられる。


「ウッー!ウッー!ウッー!」


 喚いているのは走り出して5分くらいで止まった。疲れて寝ちゃったのだろうか。


 馬車を走らせる兵士たちが顔を見合わせていた。なんと言っていいかわからない表情だった。


 外れの集落に到着し、領主と顔合わせするも黎人は黙ったままだった。


「こんなのが勇者だったのか?」


「いえ、今も勇者ですよ」


「にわかには信じがたいが……」


 領主も最初は少し疑っていた。しかし数日後には使われなくなった馬小屋が黎人の居場所になった。理由は大体お察しの通りである。しかも多少喋れるようになったおかげで行為はさらに悪質になった。


 結局、異世界に来たのに、糞して飯食って寝るだけの生活に戻ってしまった。当然甘いパンなどないし、寝床は藁を敷いただけだ。それでも眠れるのだから問題ないんだろうが。集落の人たちは最初こそ勇者という肩書きに戸惑っていたが、3日もすれば完全に厄介者扱いになった。転生前とほぼ同じ扱いである。


 とりあえず言葉を喋れるようにはなったものの、言っていることは滅茶苦茶で支離滅裂で自分勝手。誰も相手にしないので状況としてはあまり変わってないのかもしれない。


 元の世界でも、異世界でも、どこにいても、彼は彼だった。環境は変わっても、本人が変わらなければ何も変わらない。ある意味で、それは一貫している。


* * *


 煇は王国で復興作業や戦後処理を引き続き行い、セリアもそれを手伝っていた。山積みの書類、各国との折衝、住民への説明。やることは尽きなかったが、不思議と不満はなかった。目の前に必要なことがある、それをやる。それだけだった。


 他の勇者たちもそれぞれ元の場所へと帰った。


 魔族が再び復活する兆しは今のところない。凶暴化していた野外の魔獣も落ち着き、冒険者たちも久しぶりに通常の依頼へと戻っていった。王都の市場にも活気が戻り始め、食事処では笑い声が聞こえるようになった。しばらくは平和な日々が続きそうだ。


「私、落ち着いたら旅に出ようと思うんです。それと今回の件を記録に残しておきたくて」


 セリアは執務室で書類整理している煇に話しかけた。窓から差し込む午後の陽光が、机の上の紙の束を白く照らしている。


「そうか」


 煇はそっけない返事を返すが、セリアは話を続けた。


「煇さんも一緒に行きませんか?」


「遠慮しておく。今回は一時的な共闘だったし、続ける気はない」


 煇は全く興味を示さない。


「そんなことばかり言ってるからコウジさんにも色々突っ込まれるんじゃないですか?」


「俺に仲間は要らん。俺は誰も信用していない」


「全く、素直じゃないんだから」


 なぜか息ぴったりに2人はため息をついた。


「ふふっ」


「笑うなよ。まあ考えておいてやってもいい」


 少し照れながらも煇が目線を書類に戻す。セリアはその横顔を見ながら、この人は来ないだろうなと思いつつも、その「考えておく」という言葉が思ったより嬉しかった。勝手に呪いをかけられ、あの要介護勇者の世話をさせられ、命がけの戦いに巻き込まれ、散々だったはずの旅だったのに。不思議なものだ。


* * *


「スペアは完全に破壊されたのね」


 一面真っ白の空間に佇む少女がブツブツ独り言を言っている。声はやわらかいが、どこか感情が薄い。ここには風も音もない。少女の独り言だけが、静寂に溶けていく。


「これでしばらくは安泰かしら。新しい勇者候補は来ているけど、どうしたものかな」


「そういえば、あのゴミは本当に不思議ね。今までどうやって生きてきたのか不思議だったけど、ようやく理解したわ。とんでもない悪運の強さね」


「今回は失敗ね。彼がこちらに刃向かうことはないでしょうけど、ちょっと釘を刺しておこうかな?」


「さて、連中の根を完全に止めることが出来る人材はいるのか確認しないとね」


 少女は踵を返し、白い空間の奥へと消えていった。その姿が消えた後も、空間は変わらず白いままだった。王国では誰もが新しい日常を生きていた。その上の層で、誰にも見えないところで、また何かが動き始めていた。


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