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2-3 懐かしい顔ぶれ

 ずっと戻ることはないと思っていた故郷に帰ってきて感じているのは、思っていた以上に平常心を保てている、ということだ。


 一番心を乱されると想定していた場所に最初に行っておいたから、なのだろうか。

 手足はもう震えていない。



 帰ってきて二日目。

 街の中を歩いても、息苦しさはなかった。


「え!? ヒュー!? ウソでしょ! 本物!? ちょっと何してんの!」


 突然声をかけられて足を止める。

 パン屋の裏口から飛び出してきた人物が、赤ん坊を抱きあげながらも俺に寄ってきて顔を覗き込んできた。


「エセル」


 やめてくれ、という思いでその名前を口にすれば、彼女は一歩引いて、それでもまだ半信半疑な様子を崩そうとはしなかった。

 

「本物、よね? そっくりさんとかじゃなくて」

「証明はできないけど一応本物」

「あははは、一応って!」


 笑い上戸なところは昔から変わらない。

 幼い頃から知る昔馴染の一人だ。


「エセルの子か?」

「そう下の子。もうすぐ半年」


 エセルが抱いている子に視線を向けて尋ねれば、そう返答が返ってきた。

 俺がここを去ってから生まれた子か。


「父親似だな」

「やめてよ! 女の子なんだから!」


 産着がかわいい色だから性別はわかっていたが、率直な感想に物言いを付けられれば閉口するしかない。

 娘が父親似というのはそこまで嫌がられるものだったのか。


「悪い」

「本当に」

「そのドニは?」

「パン焼いてる。あ、せっかくだから買ってきなさいよ! 昔よりかなりの進歩なんだから」


 エセルの夫も幼馴染の一人だ。

 兄弟が多いそいつドニはエセルの生家に婿入りして稼業のパン屋を継ぐために修行中だったはず。


「売れるものを作れるようになったのか」

「昔から努力家なの知ってるでしょ、うちの人!」


 赤子を抱いていない方の手で背中を思いきり叩かれてしまった。



「うあ! ヒュー! え! マジ!本当に本物!?」


 ちょうど商品を陳列していた幼馴染は俺の姿を認めるとそんな叫びをあげた。

 夫婦で同じリアクションだと小さくため息を吐いてしまう。


「どれを焼いたんだ」

「お、おお、買ってくれんのか! えーと、これ! 今日はこれ! これが俺作!」


 興奮した様子のドニに、店内にいた客が少し引いているのがわかる。

 気持ちはわからなくもないから、少しは落ち着いてほしい。


「じゃあ、それを」

「あと、これも、それと、これ」


 次から次へと指をさされて、横からエセルが紙袋にそれを納めていく。

 いいコンビネーションすぎて文句を言いにくい雰囲気になっている。


「ちょっと待て、そんなに食えるか」

「あ、そうか」

「大丈夫よ、若いから」


 ドニは気づいたのか、少しだけテンションを落としたがエセルの勢いはとどまるところを知らない。

 結局両手いっぱいのパンを購入させられた。


「エセル、友人割引しねーの?」

「お金持っている人からはきっちり取り立てる!」


 ……好きにしてくれ、もう、そんな気分で正規料金を支払って店を出る。


「ヒュー、またどっか行くのかよ?」

「いや、しばらくは……どこにも」

「じゃあ、また来いよ! 今度は試食してもらうからさ!」


 歯を見せて笑うドニは昔から何も変わっていない。単純明快で気持ちがいいほど素直な奴だ。

 横で赤子を抱いたまま、笑っているエセルはすっかり商売人になってしまったな、という印象。


「また来てね! 上客は歓迎だから」

「ああ」


 もう少しだけ街をぶらつこうと思ったが、一度戻った方がよさそうだ。

 自宅へと踵を返した。

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