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2-1 故郷

 都市の郊外にあるうらぶれた墓地は、子どもの頃から幽霊が出ると忌避されていた場所だ。

 金持ちや貴族などはこの墓地に葬られることを嫌い、同じように郊外にある丘陵地にある墓地を選ぶことが多い。埋葬にかかる費用がこちらとはけた違いとは噂で聞いたことがあった。



 一つの墓石の前に立つ。

 供えられた花すらない。誰も訪れていないことは一目瞭然だった。


 唯一立派に建てられた墓石に刻まれた文字にはすでに苔が生えていて黒く変色している。


 

 我が愛する妻、ミルドレット=シーゲル ここに眠る。


 この扱いのどこが”愛する妻”に対するものなのだろう。

 シーゲルという家名を持つあの男の嫌味ったらしい顔を思い出して怒りがこみあげてきた。しかし、すぐに俺には怒る資格がないと気づいてしまい、ため息をもらすだけにとどめた。


「ようやく、ここに来ることができた」


 正直手足は震えているし、ここに来るまで何度引き返そうと思ったかわからないほど、怖かった。

 最後に見た物言わぬミルドレットの姿は目に焼き付いたままだ。

 あの時より、落ち着いてはいるが、自制をしていないと叫びだしそうなぐらいは脳内は恐慌状態だった。


 彼女は死んだ。

 俺とはすでに他人になっていて、それから呆気なく病に倒れた。

 だから、今も他人のままだ。


 思い出だけは、ある。

 いい思い出だからほんの少しだけ悼む気持ちを向けるだけ。

 懐かしい同級生への想いとして。


 目を背けたまま、足を別の方へと向ける。

 それから少しだけ歩いて、だいぶ離れた区画にある墓の前に立った。

 遠くから見てもわかった。枯れていない生花がたくさん供えられている。

 

 墓の前にしゃがみこんで、手に持っていた花束を既に置かれている花の横に無造作に置いた。

 墓石を見やれば丁度目の高さのところに人の名だけ刻まれている。

 

 アルノルト=リヴァロス

 ルーヴィア=リヴァロス


 俺の父と母の名前だ。


 剣聖やら英雄やら、やたらと持ち上げられている父でさえ、このうらぶれた墓地が最期の地である。

 父を慕う母も同じ場所に埋葬してあげたかったから、母もここに眠っている。


 沢山供えられている花のおかげで寂しくはないだろう。それだけが救いのようにも思えた。


「母さん」


 親不孝だなとはわかっていた。

 合わせる顔すらないのに、自分でも厚顔無恥な振る舞いであるとは思う。


 だけど来たい気持ちが強かった。家族の眠る場所だから。



 何も言葉を発することなく、項垂れたまましばらくそうやって過ごし、それから立ち上がった。

 まだ行かなければならない場所はある。



 目的地は墓地からはそう遠くない。

 大きな広場のある敷地に足を踏み入れる。

 広場を突っ切って、建物の中に遠慮なく入る。

 

 建物の中も大きく開いた空間がある。床は磨かれ埃一つ落ちてはいない。

 剣術道場である。尤も師範は引退していてここ数年弟子を取っていない。

 人の出入りがない道場なのに、こんなにも整然としているのは、相変わらずの几帳面さ故かと胸中で独り言ちて昔の応接間の引き戸を開けた。

 

「師匠」

「……誰が来たかと思えばお前か」


 予想通り師匠が座り心地のよさそうな椅子に腰かけ酒をたしなんでいた。

 

「お元気そうで何よりです」


 できるだけ平坦に挨拶をして、頭を下げる。

 義理を欠いているとはわかっているが、ここ一年ぐらいの己を顧みればこのぐらいたいした無礼にはなるまい。


「お前も、思ったよりは元気だな」

「そういえば、ライゼは――あ、いや、怖いんで聞かないでおきます」

「婿を捕えたら帰ってくるだろう。あれも本当に……、お前今フリーだったな」

「怖いから本当に勘弁願います」


 早口で師匠の言葉の先を封じた。

 師匠の一人娘が出て行ってから久しい。

 あれは、俺を含めここに通う連中には大魔王のような存在であったから、出て行った日にここに通う全ての弟子たちが歓声を上げたのは記憶に新しい。


 できれば二度と会いたくない。

 

「で、出奔したと聞いたが、帰郷が早すぎやしないか。ホームシックか」

「早すぎる、というのは、まあそうなんですが」

「遅すぎた反抗期か? そういうのは両親が生きているうちにやれ」


 矢継ぎ早に、まるでからかうように言ってくる師匠はいつも通りで安心する。もっと怒鳴りつけられることも予想していたからだ。


「……アルヴァーに会いました」

「あの捻くれ坊主か、懐かしいな」


 師匠はそう言って、グラスに注がれた透明な酒を一口あおる。

 「どうだ?」と勧められたが丁重にお断りをしておいた。ここに戻る行程でようやく酒が抜けたのだ。あのぼんやりとした感覚に今は戻りたくない。


「元気だったか」

「盗賊になっていました」

「しょうがない奴だな。捕まったか」

「俺が殺しました」


 師匠のグラスを傾きかけた手が一瞬止まる。が、一瞬だけだ。すぐに何事もなかったかのようにグラスに残った酒を一気に飲み干した。


「そうか」


 グラスを床に置いて、師匠はそれだけぽつりとこぼした。それだけだった。





「おい、ヒュー」


 用事は済んだ。早々に立ち去ろうとする俺を師匠が後ろから声をかけてくる。


「城勤め、辞めたんだろ」

「書類が受理されていれば」


 退職願は提出している。あれは受理されていると思いたい。


「希望すんならここを丸ごとくれてやるぞ」

「……(ライゼ)は?」

「希望すんならあいつもくれてやるぞ」

「それは遠慮します」


 冗談じゃない。これ以上馬鹿なことを言い出されてはたまらない。脱兎のごとく逃げ出した。

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