1-インターバル 馬鹿者たちの行く末は?
正直言って「馬鹿だな」と思う。
焼け跡から遺体を回収していく作業をぼんやり眺めながら、そう感じている自分の感情を鼻で笑い飛ばす。
情報と言えるほどの情報はない。拾えるものは全て拾った。
少し離れた宿へと踵を返し、ケインはただ空を仰ぎ見た。
雲一つない晴れ渡る空には憂いの欠片もない。
「羨ましい」
唐突に浮かび上がったその言葉を漏らしても、現実は何も変わらないのに。
特に何もすることもない。
空模様とは裏腹に晴れない心を整理するには散歩がうってつけなのかもしれない。
盗賊襲撃の後始末なのか警備兵たちがうろついているものの、ただの散策だからやましいことなど何もない。
なんだかな、と、今度は声に出さず胸中でぼやく。
ヒューという逃れ得ぬコンプレックスにとらわれすぎた結果がこの終焉なのか。
『俺は俺だ!』と慟哭するように叫んでいた男の様子が色濃く脳内に刻まれている。
精神的な強さも、そして剣の腕もあったように見えたのに、なぜあの男にそこまでこだわってしまったのか。
そしてそれを惜しいと言っていいのか、それとも虚しいと言い切ってしまえばいいのか。
どこかで認めていたのだろう。わかっていたのだろう。
所詮は無いものねだりだと。
何故己のその感情を認めることができなかったのか。
持たざるものと自分を卑下してすることで思考が止まっていたように思える。
あまりにも青く。あまりにも未熟。
死を選んだことも併せて全てだ。
「あいつは、大馬鹿野郎だな」
焦げ臭さは、火が消えても残っている。
鼻が慣れてしまっているのか、匂いが気にならないだけなのだろう。
すれ違う警備兵からかすかに、焦げた匂いを感じ取ってケインは一瞬足を止めそうになった。
――さきほど、遺体を運んでいた兵なのだろう。炭になったそれは盗賊のものなのか、被害者のものなのかわからない。
わからないものになっていく、というその考えに、少しだけ怖気づいた。
部屋に入る前、今にでも倒れてしまいそうなほど血の気の引いた顔色をしていたヒューのことを思って、その怯えを心から追い出す。
あの男こそ憐れという言葉で片づけていいのか悩む。
今頃眠ることすらできず罪悪感にとらわれているのかもしれない。
旧友をその手で斬ったことを一生悔み続けそうな、そんな実直さを持つ男だ。
それすらもアルヴァーは利用したようにも見えた。どちらにしろ、役者としてアルヴァーの方が一枚上手なのかもしれない。
だが、昨夜目の当たりにして確信した。
ヒューの腕は確かだ。
周りを圧倒するほどの強さがある。
セフィもあの男を「強い」と言っていた。
確かにそのとおりで、才能と言いきってもいいのだろう。あの男は「強い」
生まれ持ったものもたくさんある。ヒューは「持てる者」だ。
身分や、家族や、自分では変えられない物を、持っている者。
持て余しているようにも見える。
と、いうのがヒューという男の事実のように見えた。
持っているからこそ、逆恨み的な感情をぶつけられて困惑している。
不器用そうだし、そういうものをうまく対処しきれない。そんな感じだ。
(うだうだ悩んで、また酒に逃げるのかもな。それでもいいけど。)
どうせ生まれ持ったもののせいでいつかは逃げられなくなる。
否が応でもどこかで向き合わざるを得なくなる日はくる。そういう運命みたいなもの。
「あいつも、馬鹿だな」
再び漏れたのは「馬鹿」という言葉が漏れて、ケインは失笑した。
当てもなくぶらぶら歩いていたが、不意にそろそろ戻らないと、という気持ちに駆られた。
特に何も言わずに出てきたから――。
「ケイン」
思い浮かべたその人物が目の前に現れれば、驚くよりほか、何もできなかった。
「セフィ」
反射的に駆け寄って、様子を確認してしまう。
いつも通りのセフィに安堵しかけて、いつも通りじゃない目を見てしまって顔を背ける。
咄嗟に「なんでこんなことに」と思ってしまうが、それを否定することはまだできない。
「なんで一人で出てきた?」
「……心配、だったから」
「馬鹿! お前が一人でふらふらしてる方がずっと――」
「馬鹿って言わないで」
感情の書けた虚ろな目にじっと見据えられ、ケインは口を閉ざした。
「口癖なのはわかってる。けど」
「悪かった」
前だったら、派手に言い争いに発展したかもしれない。
怖くてすぐに引いてしまう自分を自覚しつつもケインは俯いた。
「悪かったよ。でも心配なんだよ」
「わかってる。大丈夫、だよ」
「どこがだよ」
大丈夫に見えないんだよ、と無理やり笑えば、セフィは呆れたようにため息を吐いた。
いつもよりは「人間らしく見える」のは、セフィもまた無理しているのだろう。
わかるからこそ、つらい。
元々セフィはそんなにやわな人間じゃない。
だからケインの心配も気遣いも、全然的外れなのかもしれない。
「んとに、危なっかしいな。ちゃんと自覚しろよ」
「そこまで子どもじゃないし」
「俺から見たらまだまだガキだっつの」
散々ガキっぽいだの、かわいげがないだの、揶揄い半分な言葉を好き放題ぶつけてきたから、これは『いつものやりとり』だ。
そして前と変わらないことに、安心してしまっている。
アルヴァーのこともヒューのことも、「馬鹿だと」好き放題思っているが、ケイン自身だって大馬鹿な一人であることは間違いない。
「戻るぞ」
「うん。迎えにきてくれて嬉しいくせに」
「んなわけあるかよ。ガキじゃあるまいし」
こうやって前と同じようなやりとりをする演技している今とか。
心の中にある憤りをずっと胸の奥にしまっていることとか。
「……馬鹿だな」
「だから、馬鹿っていわないで」
「無理すんな」
セフィに言ったつもりはなかった。
自分に言った言葉に反応して、その場に崩れおちたセフィを慌てて抱えこむ。
だから、無理だと言ったのに。
慣れた手つきでそのままセフィを背負ってケインは再び歩きだした。
いつでも表に出てこようとして暴れている憤りは、大事な家族を壊したて、全部メチャクチャにしたものへ対するものだ。
認めるのは怖い。
許せないという憎しみの感情を、腕の中で寝息を立てるセフィの存在が抑え込んでいてくれている。この子を助けたいと思う一心で。
でも、それはいつまで保つのだろう。
いつかはセフィの存在すら忘れ、感情に身を任せてしまいそうで怖い。
「……まだお前がいるからさ、俺も馬鹿なままでいられるのかもしれないな……」
だから自分に言い聞かせるように繰り返す。
まだ、多分大丈夫だ。
きっと大丈夫だ。




