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断罪されたモブ令嬢ですが、放置されていた辺境で気づいたら聖域を作っていたらしいですよ?  作者: 九葉(くずは)


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第18話 銀葉草の束

 わたしには分かる。自分が、あの人の隣に立つべき人間ではないことくらい。


 サロンの一件から三日。王都の宿で、わたしは薬草の在庫を数えていた。手を動かしていないと、余計なことを考えてしまう。


 ──噂は速かった。


 「第二王子クロード・ルクレシア殿下が、辺境の追放令嬢の護衛についている」。サロンに出席した二十人の夫人たちが持ち帰った話は、三日で王都の貴族社会を一周した。


 そして──もうひとつ。


 「第二王子を王太子候補に推す声がある。相応しい妃を」。


 クロエさんがサロンの帰りに受け取った書状の中身。本人は「些事です」と言ったけれど──その翌日から、宿にいくつもの使者が来るようになった。宮廷から。貴族院から。全部クロエさん宛てで、全部わたしの知らない用件。


 クロエさんの表情は──あの日からずっと、凍っている。


 茶は淹れてくれる。記録はまとめてくれる。護衛の仕事も変わらない。でも──あの僅かな温度が、消えたままだった。


(わたしのせいだ)


 サロンで正体を明かしたから。わたしを庇ったから。「第二王子がモブ令嬢に入れ込んでいる」と──。


 銀葉草の束を紐で縛る手が、止まった。



 夕暮れ。


 宿の廊下で、クロエさんと出くわした。


 書状の束を抱えている。宮廷からの連絡だろう。灰色の目は手元の紙に落ちていて──わたしに気づいて、止まった。


「リーネ殿」


「クロエさん、少し──お話したいことがあります」


 クロエさんの目が──一瞬だけ、揺れた。


 宿の窓辺に立った。西日が差し込んで、廊下が橙色に染まっている。二人きり。


「殿下」


 意識して、そう呼んだ。クロエさんではなく。


「殿下には、もっと大事なお役目があります」


 声が──自分のものなのに、遠くから聞こえる気がした。


「王太子候補のお話が出ているんですよね。宮廷から使者が何度も来ている。──わたしは、知っています」


 クロエさんの指先が、書状の束を握りしめた。紙がくしゃりと音を立てた。


「わたしは辺境の薬師です。モブの、追放された令嬢です。名誉は回復していただきましたけど──わたしの家は男爵家で、それも復籍していない。殿下とは、住む世界が違います」


 言葉が──次々と、口から出た。止められなかった。


「殿下がサロンでわたしを庇ってくださったこと、感謝しています。でも──あれで、殿下に迷惑がかかっている。王太子候補の話に支障が出ている。わたしがそばにいると──」


 息を吸った。


「殿下の足枷にはなりません」


 言い切った。


 ──沈黙。


 クロエさんは──何も言わなかった。


 灰色の目がわたしを見ている。唇が──微かに動いた。何かを言おうとしたのだと思う。でも──閉じた。


 あの日と同じだ。正体がバレた日。「──違う」と言って、その先が続かなかった日。


 この人は、言葉を持たない。


 わたしが「足枷になる」と言って、それを否定する言葉を──出せない。王族としての立場と、何かの間で。


(だから──わたしが、引くんだ)


「勅命の巡回は続けます。護衛はありがたくお受けしますが──それ以上のことは、もう」


 声が震えそうになった。噛み殺した。


「お休みなさい、殿下」


 背を向けて、自分の部屋に戻った。


 扉を閉めた。


 ──泣かなかった。泣いてどうする。断罪の日にも泣かなかった。辺境に来た日にも泣かなかった。


(わたしは薬草しか取り柄のないモブなんだから。王族の人の隣に立てるわけがない。最初から分かっていたことだ)


 寝台に座った。膝の上で拳を握った。


 分かっていた。ずっと分かっていた。


 ──それなのに。


 胸の奥が、じくじくと痛んだ。断罪の日とは違う痛みだった。あの時は冷たかった。冬のガラスみたいに。今は──熱い。


(ばか。わたしのばか)



 翌朝。


 目が覚めた時、最初に見たのは──机の上の、小さな束だった。


 銀色。


 乾燥した葉。細い茎。裏返すと、銀色の細かい毛がびっしり生えている。


 銀葉草。


 辺境で──わたしが一番最初に見つけた薬草。あの荒野にひとり立った日、足元にしゃがみ込んで、「あった……!」と声を上げた。あの薬草。


 小さな束が、紐で丁寧に縛ってあった。葉が傷まないように、茎の途中から折って──根を残す摘み方。わたしが辺境で教えた、あの摘み方で。


(……なんで、これを)


 触れた。乾いた葉の感触。かすかに残る、清涼感のある匂い。


 わたしの旅の荷物に、銀葉草の在庫はある。でもこれは──荷物から取り出したものではない。乾燥の度合いが違う。もっと新しい。誰かが、最近摘んだものだ。


(王都で手に入る薬草じゃない。銀葉草は寒冷地の岩場にしか自生しない)


 ──持ってきていた。


 辺境から。あの人が。旅の荷物のどこかに──銀葉草の束を、忍ばせていた。


(なんで。なんでこの薬草を)


 わたしの「始まり」の薬草。辺境で全てを失って、でも足元を見たら──そこにあった。わたしが植物学者であることを思い出させてくれた、一番最初の一本。


 ──なんで、それを。


 言葉では何も言わなかった。「足枷にはなりません」と言ったわたしに、一言も返さなかった。


 代わりに──これを、置いた。


(言葉の代わりに)


 束を両手で持った。軽い。こんなに軽いのに──重い。


「なんでこれを……」


 呟いた。答えは出ない。


 でも──捨てられなかった。鞄の奥に、議事録の写しの隣にしまった。



 午後。


 宿に手紙が届いた。ブラント伯爵からだった。


『リーネ殿


 王都で「元王太子アルヴィンも被害者だった」という噂が流れているようだが──笑止千万である。


 あの男は自分の意志で断罪を行った。聖女の託宣に乗ったのは事実だが、弁明を許さなかったのはあの男の判断だ。被害者面をする資格はない。


 わしの名前で、そう広めておいた。社交界の何人かが同意している。「自業自得だ」と。


 それと──王都大会議の招集通知が届いたはずだ。全領主と王族が出席する。そこで薬草院の報告をせよ。


 あんたの実績があれば、もう誰にも文句は言わせん。


 ブラント伯爵』


 ──読み終えた。


(自業自得)


 伯爵の言葉が、胸にすとんと落ちた。


 アルヴィンが被害者面をしている。あの断罪の日に、わたしの弁明を一蹴した人が。「聖女の託宣は絶対だ」と言い切った人が。──今になって「自分も騙された」と。


 怒りは──もう、あまり湧かなかった。


 代わりに、伯爵の手紙の最後の一行が──じんと響いた。


 「あんたの実績があれば、もう誰にも文句は言わせん」。


(──大会議)


 もう一通。招集通知。国王の署名。


 全領主。王族。神殿代表。──全員が揃う場で、薬草院の報告をする。


 証拠は揃っている。三領──いや、四領の治療実績の数字。毒混入事件の分析結果。レギーナの犯行ルート。エリーゼの証言の可能性。神殿の会計記録の不整合。


 全部──この手の中にある。


 懐に手を当てた。議事録の写し。擦り切れた羊皮紙。あの日からずっと、一日も手放さなかった一枚。


 そしてその隣に──今朝しまった、銀葉草の小さな束。


(わたしの力で、決着をつける)


 殿下の庇護ではなく。


 王族の名前ではなく。


 薬草院の院長として。辺境の薬師として。モブの──いや。


(もう「モブ」は、やめよう)


 少なくとも、大会議の壇上に立つ間だけは。


 窓の外に、王都の屋根が並んでいる。秋の空が高くて、鐘楼の先端が夕日に光っている。


 あと一週間。


 鞄の中で、銀葉草がかすかに匂った。甘くて、冷たくて、清涼感のある──わたしの始まりの匂い。

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