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第五話

 平原を越えて森に到着した国境警備隊は、数日ほど、のどかな時間を過ごした。見張り役の兵士に交代を告げると、新兵は森の向こうに目を凝らす。森の向こうは隣国の領地だ。

 傾いた日が山に沈んでいく。朱金色のまぶしい輝きが、空をすっかり染め上げていた。聖女の犬が小走りにやってきて、新兵の足元で吠える。新兵はまぶしさに目を細めながら、辺りを見渡す。空に火球が見えた。


「敵襲! 敵襲ー!」


 新兵の叫びに、兵士たちの動きがあわただしくなる。空と同じ色の火球が、ぐんぐん近づいてきた。

 新兵は無意識のうちに、聖女を探す。いつものように聖女が反射するはずだと、どこかで期待していることにまだ気付いていない。

 少し離れたところで、聖女が空を見上げていた。

 火球が見えない何かにぶつかるように、急に軌道を変える。火球は来たときと同じように空を飛んでいき、敵陣に落ちた。


「やった! さすがは聖女様だ!」


 わきたつ兵士たちのなかで、聖女が得意げに鼻息を漏らす。

 新兵は、聖女の反射能力が元に戻ったと安堵した。そうしてすぐに、そんな自分に気付いて、苦々しく息を飲み下した。

 ジョンが唸った。新兵の視界の隅に小さく光る何かが映る。


「危ない!」


 敵の魔法攻撃が、再び聖女に飛んでくる。一つや二つではない。

 聖女はそれを跳ね返しながら、木のうしろに姿を隠す。魔法攻撃は着実に聖女を狙っている。

 魔法攻撃を反射するたびに、聖女は頭を抱えて縮こまる。ベテラン兵がその横に滑り込んできて、聖女を安全な場所に誘導するが、敵の魔法攻撃は相変わらず止まない。聖女の呼吸が乱れ、顔が歪んだ。


「なんでだ? 狙いがブレない」


 森の木々は、姿を隠すのに最適だ。敵陣から聖女の姿など、見えるはずもない。

 聖女が震える息を飲み込んだとき、ジョンが全力で走り出して、急に地面を掘りはじめた。


「ジョン! 危ないからこっちにおいで」


 聖女は声をかけるが、ジョンは穴を掘るのをやめない。土の中から見つけた何かをくわえると、ジョンは首を振って、それを地面に叩きつけた。パリンと乾いた音が鳴る。

 聖女が犬に駆け寄って、ジョンの見つけた何かを受け取る。割れている。


「魔力探知の護符……」


 聖女を狙っていた魔法攻撃が、急に止んだ。

 森の奥から、敵兵のうめき声が聞こえる。


***


「敵、全滅です!」


 敵陣の様子を探りに出た兵士は戻るや否や、弾んだ声を上げた。まるで戦勝会ではしゃぐような声色だ。

 新兵は毒に冒された敵兵の姿を思い出して閉口した。

 歩兵銃を握りしめたまま、森の奥へと足を踏み入れる。つま先が、こつんと敵兵の骨に当たった。

 足元を覆う木の葉の上に、いくつもの骨が転がっていた。新兵のうしろから兵士たちがやってきて、骨のそばにあった装備品を調べはじめる。


鹵獲(ろかく)だ鹵獲ー!」


 新兵はよろよろとしゃがみ込むと、骨の横に転がっていた短銃を手に取った。その下に埋もれていた写真に目が行く。敵国の軍装に身を包んだ兵士の横で、女性が微笑んでいた。

 とっさに手を退いた。新兵は祈りの言葉をぼそぼそと口にしながら短銃を写真の上に置き、落ち葉をかけた。

 森のなかに、国境警備隊の兵士たちのはしゃぐ声がこだましている。


「聖女様の毒は、えげつないな。しかし……この土地、使えるのかね?」


 あとからやってきたベテラン兵がぼやいている。

 新兵がかさりと音がした方に目を向けると、ウサギが首をかしげて、ひょこひょこと茂みの奥に消えていった。


「まあ、動物には、関係ねぇか」


 敵兵の骨が転がる森で、小さな花が風に揺れた。

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