第三話
「ご報告は以上です!」
「うむ。下がってよし」
「失礼致しました!」
前線から離れた首都の参謀本部で、伝令兵が報告を済ませて出ていく。上品な彫り物がしてある扉を閉め、規則正しい歩行で進んでいく気配を、参謀長副官はそっとうかがった。
軍靴がたてる音を赤いじゅうたんが吸い込んでいて、足音が聞こえにくい。伝令兵が廊下の行き止まりを曲がったのをそっと確認してから、副官は鼻からかすかに息を出した。扉を閉める。
「なかなかいい滑り出しじゃないか。上々の戦果だ」
参謀長は執務室のデスクの上で、書類をくるりと回して副官に差し出した。副官が、ざっと書類に目を走らせる。
先日までと比べると、明らかに負傷兵が少ない。回復魔法を使う聖女が作戦に参加したのだから当然ではあるが……と、副官は書類の上で手を止めた。敵の損害が甚大とある。
「今回の聖女は、なかなか有能ですな」
「これほど戦闘に向いている聖女は、今までいなかった」
兵の損耗を防ぐという点でいえば、これまでも優秀な聖女はいた。しかし今回の聖女は、敵に損害を与えたという。珍しい。
「懸念は兵站だが……。聖女を前線に投入できるのは大きなアドバンテージだ。医療費が削減できる。その分、食糧と弾薬にまわせ」
「穀倉地帯の被害は、今のところありません。今年は豊作ですから、備蓄も問題ないかと」
副官の報告に、参謀長はゆっくりとソファに背を預けながら、目を閉じた。
「……聖女を落とさせるなよ」
副官は、一瞬どう答えたものか迷った。聖女の身に危険が及ばないようにせよということなのか、はたまた聖女の精神面のケアをせよということなのか。
どちらでも大差ないことかと、鼻の下に伸びたカイゼル髭をなでると、参謀長副官は敬礼をした。
***
敵兵の骨が散らばる城壁前をあとにして、国境警備隊が進軍する。前線に聖女が来た夜、煙がくすぶっていた一帯だと、新兵は歩兵銃をぎゅっと握りしめた。
隣国は何度か敵兵を送り込んできたが、聖女はそのことごとくを退けた。敵兵の攻撃は跳ね返す。味方の負傷兵は回復する。ときに毒の呪いを放って、敵兵を骨に変えてしまう。
兵士たちは連戦連勝にわきあがり、歓喜の雄叫びをあげて聖女を讃えた。新兵はその熱狂に混ざる気がしない。
「ほら、ジョン。肉だ!」
兵士たちが聖女の犬に肉を食べさせている。ジョンはハッハッと舌を出して大喜びすると、夢中で肉にかじりついた。
その様子をなんとはなしにながめていた新兵は、目を丸くした。干し肉ではない。行軍中の生肉は貴重だ。
「聖女様がいれば、俺たちは無敵だ!」
休憩中の兵士たちから聞こえてきた声に、新兵は身震いしながら硬いパンを飲み込んだ。
わかっている。聖女の起こす奇跡のおかげで、自分たちは連勝している。勝てば生き残る確率が上がる。
それでも行軍してきた道に、敵兵の骨や焦げ跡が残っているのを見ると、喉が詰まるようだった。
「聖女様、バンザーイ!」
当の聖女は、兵士たちの賞賛に囲まれて照れくさそうに笑っている。新兵はそっとその場をあとにした。
川のせせらぎが聞こえてくる。川辺に突き立った杭に、破れた敵国の旗が引っかかっていた。
新兵は川の水を飲む気をなくして、自分が所属する部隊をながめた。聖女の犬が、新兵に駆け寄ってくる。少し遅れてやってきた聖女が川の水で手を洗うと、ジョンはごくごくと川の水を飲み干した。
「ここは、ちょっと寒いね」
聖女はそう言うと、犬をそっと抱きしめてふさふさとした毛に顔をうずめた。




