第五章(1):白亜の城、そして新たな日々
白い光の膜を抜け、私たちが辿り着いたのは、人間界の辺境に位置する、見慣れた転移地点だった。
眩いばかりの陽光が降り注ぎ、清々しい風が頬を撫でる。魔界の熱気を忘れさせるような、穏やかな空気が満ちていた。
ルシアン様が転移魔法陣を展開すると、次の瞬間には、私たちは白亜の城の庭園に立っていた。
「ルシアン様! セラフィナちゃん! おかえりなさい!」
私たちが姿を現すや否や、先頭を切って駆け寄ってきたのは、満面の笑みを浮かべたローゼリアちゃんだった。
その背後からは、アルドロンさんが静かに、しかし深い安堵の表情で私たちを見つめ、カスパール君は腕を組みながらも、どこか嬉しそうな顔でこちらに歩み寄ってくる。城の侍女たちや騎士たちも一斉に集まり、広間を囲むようにして私たちを出迎えてくれた。
「ただいま戻りました! 皆さん、お変わりありませんか?」
私は満面の笑みで皆に挨拶し、魔界での出来事を早く話したくてうずうずしていた。
「魔界でのご滞在はいかがでしたか? お二人に何か不都合はございませんでしたか?」
ローゼリアちゃんが問いかける。
その言葉に、ルシアン様は、いつになく穏やかな表情で周囲を見回し、深く頷いた。
「ああ、我々は問題ない。皆も無事そうで何よりだ」
ルシアン様が簡潔にそう答えると、アルドロンさんは隣に立つ彼と私を交互に見ながら、どこか意味ありげに目を細めた。
その視線は、まるで新たな研究結果を前にしたかのように、夫婦となった二人の間に生じた新たな結びつきや、その深遠な影響を探求する、好奇心と探求心に満ちているようだった。
やがて、彼の視線が私の手元に抱えられたビデオカメラに留まると、表情がわずかに変わった。
さっそく、アルドロンさんは私が大切に持ち帰ったビデオカメラを受け取ると、城の書斎にある日本で買った、最新式のパソコンを使って、婚礼の記録映像を編集してくれた。
「ふむ、この記録媒体は実に興味深い。よし、セラフィナのご両親への贈り物に相応しいよう、見やすく編集し、いくつかの記録媒体に保存しておこう」
アルドロンさんは、素早くキーボードを操り、あっという間に見事なダイジェスト版を完成させた。その指捌きは、もはや魔導具師というより、熟練の映像クリエイターのようだった。
その夜、白亜の城の広間では、ささやかながらも盛大な上映会が催された。
城の住人たちが一堂に会し、スクリーンに映し出される魔界での婚礼の様子を、皆が息をのんで見守る。
映像が流れると、皆の反応は十人十色で、見ていて飽きない。
カスパール君は、ルシアン様の魔王形態が映し出されると、目を見開き「あれが、ルシアン様の魔王形態か!改めて見ると、やはり恐ろしいほどに強そうだな!」と感嘆の声を上げた。
彼にとっては、ルシアン様が如何に圧倒的な存在であるかを再認識する機会となったようだ。
騎士たちは、ルシアン様が魔族を統べる威厳ある姿に感銘を受け、より一層忠誠を誓うかのように胸を張っていた。
一方、侍女たちは、私が煌びやかな婚礼衣装を身につけ、ルシアン様と並び立つ姿に「わぁ、なんて素敵!」と歓声を上げ、中には感動のあまり目を潤ませる者までいた。
「お姫様みたい!」「魔王様と完璧にお似合いよ!」といった声が飛び交う。
私が魔界の魔物たちと戯れる姿が映し出されると、ローゼリアちゃんは「あら、セラフィナちゃんらしいわね」とくすりと微笑んだ。彼女の優しい眼差しは、私の自然体な部分を温かく受け止めてくれているようだった。
そして、リリアさんは静かに、しかしスクリーンから目を離さず、ルシアン様と私が並ぶ姿をじっと見つめていた。
その表情には、長年、ルシアン様と勇者たちが背負ってきた重責を知る者として、ついに私たちが結ばれ、真の安らぎを見出したことへの感慨が深く滲んでいる。
小さなリルは、映像の中の魔物たちを指差し、楽しそうに笑っていた。
映像が終わり、広間が拍手と感嘆の声に包まれる中、ルシアン様は静かに、しかし、はっきりとした声で皆に告げた。
「皆に伝えることがある。これより、俺とセラフィナは、この白亜の城においても、夫婦として同じ寝室で過ごすこととする」
その言葉に、広間は一瞬、静まり返った。
「……え、ええっ!?」
真っ先に反応したのは、ローゼリアちゃんだ。彼女は顔を真っ赤にして、両手で口元を覆い、小さく俯いてしまった。
侍女たちも、一様に頬を染め、「まあ、ついにね」「あらあら、おめでたいことだけど、直接聞くのは…」と、恥じらいと好奇心が混じった声で囁き合っている。
騎士たちもどこかそわそわし、主である魔王のプライベートな領域に踏み込んだ発言に、どう反応すべきか迷っているようだった。
そんな中、アルドロンさんは微動だにせず、ただ満足げに深く頷いていた。
彼の頭の中では、恐らく、この決定がもたらすであろう二人の関係性の進化、さらには生物学的・心理学的な影響について、新たな研究テーマが次々と湧き上がっているのだろう。
カスパール君は、ちらりとルシアン様と私を見て、小さく「ふん」と鼻を鳴らしたが、その口元には微かな笑みが浮かんでいるように見えた。
ルシアン様は、皆の反応に動じることなく、私の方にそっと視線を向け、その表情には、愛する伴侶を皆に紹介するような、誇らしげな色が浮かんでいた。私が彼の隣に立ち、少しだけ照れながらも、微笑んで見せる。
そう、これからは、名実ともに、ルシアン様と私、夫婦二人の生活が始まるのだ。
残る二度の婚礼を終えれば、本当の意味で、私たちは一つになる。その日が来るのが、今から楽しみで仕方なかった。




