第四章(5):夫婦の夜と、魔界への別れと誓い
その夜、私とルシアン様の寝室――あの婚礼の翌朝から、私たち二人は同じ部屋で眠っている。
広い寝室には、ルシアン様が気を利かせて、大きめの寝台を二つ並べてくれていた。物理的な距離はあれど、同じ空間で夜を過ごせるだけで、私の胸は満たされた。
私は、ルシアン様が仕事をしている傍らで、完成したばかりの映像作品(私は「ルシアン様イメージビデオ」と呼んでいた)を、ビデオカメラの再生機能を使って、何度も何度も繰り返し見ていた。
「……っ、うわー、この横顔も最高!」
「……この魔力操作をしている時の指先が、なんて美しいの!」
夢中で画面に食い入っていると、隣から何やら不機嫌そうな気配がした。
「おい、セラフィナ」
ルシアン様の声は、どこか拗ねたような低い響きを含んでいる。
「……俺が、ここにいるだろう」
画面から目を離してルシアン様を見ると、彼は私をじっと見つめ、その蒼い瞳に微かな不満の色を宿していた。
ルシアン様が、こんな風に拗ねる姿は、あまりにも可愛らしくて、私の胸は「キューン」と締め付けられた。
「ルシアン様……!」 私は思わず彼に抱きつき、その逞しい背中に顔を埋めた。
映像の中の魔王も素敵だけれど、やはり、今ここにいる、温かくて、少しだけ不器用な魔王様が、一番の私の「推し」なのだと、改めて強く感じた。
そして、私には一つ、ルシアン様には内緒の楽しみがあった。
毎晩、ルシアン様が先に寝台に入り、静かな寝息を立て始める。私は、彼の呼吸のリズムで寝ていると確認した後、そっと寝台から身を起こした。そして、隣の寝台で眠るルシアン様の寝顔を、一心に見つめる。
普段の威厳ある魔王の姿からは想像もつかない、無防備で穏やかなその寝顔は、尊くて、いとおしくて、私の胸を締め付ける。
(ああ、かわいい……!)
完璧な魔王のこんな姿を独り占めできるなんて、本当に幸せだ。
彼の頑張りを労うように、心の中でそっと語りかける。そうして彼の寝顔を見つめているうちに、魔界の喧騒と、婚礼の疲労、そして何よりルシアン様の隣にいるという安心感が、私の体から急速に力を奪っていく。気づけば、私は抗いようもなく深い眠りの淵へと引き込まれていった。
***
俺は、隣の寝台から聞こえるセラフィナの寝息が、規則正しい深いものに変わったことを確認した。彼女は完全に眠りに落ちている。
(本当に、愛らしい……まさか、毎晩こんなにも近くで、この姿を独り占めできるとはな)
俺は、静かに寝返りを打った。
セラフィナが毎晩、俺が寝入ったと見るや否やそっと身を起こし、その愛おしい視線を俺に向けてくることは、初めから気づいていた。彼女の、まるで子どものような無防備な愛情に、俺はいつも癒されているのだ。
俺はゆっくりと身を乗り出し、愛おしさがこみ上げてくるままに、完全に眠りについたセラフィナの寝顔を見つめた。
日中の無邪気な笑顔も良いが、こうして無防備に眠る姿は、俺の理性を試すには十分すぎるほど魅力的だ。
そして、俺はそっと、彼女の額に唇を落とした。
触れるだけの、羽根のような軽さのキス。その微かな感触の奥で、セラフィナへの途方もない愛と、それを抑え込もうとする自身の理性が、強く脈打つのを感じた。熱を帯びた吐息が、わずかに彼女の肌をくすぐる。
俺の心の中で、焦がれるような願いが渦巻く。早く残りの二度の婚礼を終えて、彼女を、もっともっと甘やかしてやりたいと、心の中で強く誓った。
***
魔界での滞在期間は終わりを告げた。
ルシアン様は、人間界へ帰還する直前まで、魔王としての用事を全て滞りなく済ませていた。最後の執務を終え、ようやく私の元へとやってきた彼の顔には、微かな疲労が見て取れたが、それ以上に、私と人間界へ帰ることに胸を躍らせているような、穏やかな表情が浮かぶ。
「セラフィナ、準備はいいか?」
ルシアン様の声に、私は現実に引き戻される。
「はい!」
私は、魔界での滞在中に集めた大量の「ルシアン様グッズ」や、可愛らしい魔物のぬいぐるみなど、お土産でパンパンになった鞄を抱え込んだ。
もちろん、最も大切なのは、ルシアン様の「イメージビデオ」と、婚礼の記録映像が収められたビデオカメラだ。それらは丁重に、私の手元で大切に抱えている。そんな私の様子を見て、ルシアン様が静かに言った。
「荷物は俺が持つ」
ほとんどの荷物をルシアン様が魔力でまとめてくれるのを見て、申し訳なく思いつつも、彼の優しさに甘えた。
人間界への帰還ゲートの前には、ゼフィルス、イザベル、マリイ、そしてアルケミーたちが、私たちを見送るために集まっていた。
「魔王様、王妃様、どうかお気をつけて!」
ゼフィルスが深々と頭を下げる。
アルケミーは、すでに譲り受けたビデオカメラを構え、そのレンズを私たちに向けている。
イザベルがレポーター役として、魔界中にこの別れの瞬間を生中継しているようだ。
「これで魔界の民も、魔王様と王妃様の絆をリアルタイムで見られるというわけですね!」
イザベルが興奮した声で叫んだ。
私は、ルシアン様とお揃いの漆黒のマントを翻し、いつもの見慣れた旅の服装で、ルシアン様の隣に立つ。
「皆、本当にありがとう! また必ず、会いに来ますね!」
私が精一杯の感謝を込めて告げると、皆が大きく手を振ってくれた。
ルシアン様は、一歩前へ出て、魔界の空に向かって低く、しかし力強い声で告げる。
「魔界の民よ、さらばだ。滞りなく、残りの儀式を済ませてくる」
そして、彼の視線が真っ直ぐに私へと注がれる。
次の瞬間、ルシアン様は私の体を自身の漆黒のマントで優しく包み込み、そのままゲートへと足を踏み入れた。視界が白く染まり、魔界の景色が消え去っていく。
また一つ、私たち夫婦の物語が、ここ魔界で刻まれたのだ。




