第9話 だって俺、先輩だし
上級魔物、ブラックウルフ。
上級魔物の中でこそそこまで強くないが、普通の狼の倍以上あり普通にデカい。
実戦経験がほぼなくてコイツを倒せたらそれこそ魔法省の幹部にでもなった方がいいだろう。
「ルーファス、これ大丈夫なの!?」
「三年にもなりゃブラックウルフの一匹くらい倒せるわ。けど」
でしゃばりな野郎がいるんだよなぁ。
「アイスアロー!」
複数の氷の矢がブラックウルフに向かって飛んでいくが、厚い毛に阻まれ胴体に当たった瞬間に割れて無くなる。
駄目だ、もっと出力を上げないとブラックウルフは倒せない。
「チッ」
ニコラスは舌打ちをすると、体勢を立て直して杖を構える。
しかし、その準備が万全になる前にブラックウルフは攻撃を仕掛けていた。
視界が一瞬真っ暗になり、気がつけばニコラスの杖はブラックウルフが咥えている。
「お〜、やっぱ賢いな」
「ねえ、感心してる場合なの……?」
後ろからウィルフリートの呆れた声が聞こえてくるが、無視だ無視。
ニコラスは予備の杖を取り出しすぐに攻撃を仕掛けるが、ブラックウルフは杖を噛み砕くと飛んできた氷の剣も噛み砕いた。
攻守交替。
そう言わんばかりにブラックウルフはニコラスに真っ黒な矢を放った。
そのうちの一つがニコラスの額をかすめ、少量の鮮やかな赤が飛び散る。
そして、バランスを崩して地面に手をついた。
「ルーファス、アイツ死ぬんじゃないの?」
「まあ、そろそろ限界だろうな」
流石にここで死なれちゃ困るし、行くか。
結界を解除し、ブラックウルフとニコラスの間にのんびりと歩いていく。
俺が近づくにつれてブラックウルフは段々と後ずさっている。
本当に賢いヤツ。
「だから言ってんだろうが。一年じゃ倒すのは難しいんだよ」
俺はニコラスの前に立ち、ブラックウルフに杖を向けた。
ブラックウルフは本格的に逃げ始めたが、残念ながら射程圏内だ。
「ソーラーバン」
光を放つ球はブラックウルフの前まで高速で飛んでいくとその勢いのまま爆発した。
ブラックウルフの悲鳴のような鳴き声が一瞬聞こえたような気がしたが、それすらも光の球に吸収されたのかその場には何ひとつとして残っていなかった。
賢かったが、逃げるタイミングがちと遅かったな。
「大丈夫か」
「……別にこのくらい平気だ」
手を出したものの無視され、ニコラスは立ち上がると手についた土を払い落とす。
たく、なんなんだコイツは。
仲良くなりたい訳じゃないが、少しはこちらとも合わせようという意思を示せ、意思を。
俺はため息をつき、ガシガシと頭をかいた。
「あのなぁ、ちょっとくらい協調性持ったらどうだ?そもそも一年が一人で出来るようになんか作られてねぇんだわ。二、三年と一緒にやってやり方を学べ。それがお前らの今やるべき事だ」
「……そんな事してる時間はない」
「はぁ?」
そんな事してる時間はないって。
いや、俺は一番効率のいい方法を示してると思うんだが。
自己流で新しく道を切り開くより人に教わって既存の事を覚える方がずっと簡単だろ。
しかし、俺がそれを言う前に後ろにいたウィルフリートがニコラスの前に立つとその胸ぐらを掴んだ。
「ねえ、本当にさっきからなんなの?僕たちの事威嚇までしてさ。ルーファスにお礼も言えないの?」
ここまでキレてるウィルフリートを見ることはそうそうない。
まあ、合わなそうだもんな、お前ら二人。
「大体さぁ、ルーファスの事誘ったのって都合が良かったからじゃないの?ここでいい成績残したいもんね。それなのに君、ルーファスの事使わないとか言動が矛盾してるんじゃないの?というかブレすぎ?利用するならもっと計画的に利用しなよ。今のお前がしてる事、正直無駄以外のなんでもないから」
「突然火力高ぇんだよ、お前。しかも、俺の事利用する前提かよ!」
いや、俺が俺の事利用しろって言うならまだしも、というか、言おうとしてたけど、お前が言うな!お前は俺のなんだ!
「当たり前じゃん。最高の幼馴染がこんな所にいるのに利用しない事ある?」
「そうかそうか、お前は俺の事そんな風に思ってたんだな。姉ちゃんに言いつけるぞ?」
「ちょっ、それは違うでしょ!」
わーわー言い合っていれば、一人取り残されたニコラスがぼそりと何かを呟いた。
「……うるさい」
「「え?何?」」
「うるさい、うるさいうるさいうるさい!うるさいと言っているんだ!!」
突然怒鳴り出したニコラスは木に拳を強く打ち付け、こちらを睨んできた。
……情緒不安定なのか?
そう心配する俺の横でウィルフリートは何事も無かったかのように厳しい顔つきに戻っていた。
いや、コイツも情緒どうなってんだ。
「俺は!今すぐにでも強くなって、権力を持たなくちゃいけない!本当なら、こんな所にいる事すら間違ってるんだ」
ニコラスはそう叫ぶと思い詰めた表情で唇を噛み締めた。
今すぐにでも強くなって権力を持たなくちゃいけない、か。
何か引っかかって頭の中でツララ家に関する情報を引っ張り出す。
各家の情報は一通りチェックしているので思い出そうと思えば思い出せる。
あー、ツララ家、ツララ家……あ、思い出した。