憎悪の果てに
霞む視界の中で、七色と闇色の輝きが交互に螺旋を描き、入り混ぜなから現れた大剣を目にする。
わたしの身体から易々と引き抜かれたそれは、ミナトの背後に七色と闇色の双翼の羽を広げながら具現化した。
そんなミナトを見つめて思わず小さな笑みが溢れる。
わたしの中の憎みとミナトの愛。その相反するふたつの心が、同時に現れたようで。
霞む視界の中で、七色と闇色の輝きが交互に螺旋を描きながら大剣を形どる。
視界が徐々に狭まり、意識が遠のく中、ミナトはわたしから唇を離さず、振りかざした双翼の大剣を粒子化させたのが見えた。
ミナトの背後で弾けた大剣は、強烈な閃光となって玉座の間全体に広がった。ジャスパーが放った禁術は、仲間もろとも飲み込んで襲いかかって来ている。
聖剣の光とジャスパーの魔力、そのふたつが轟音を立てながら接触したその瞬間、世界は全てを飲み込む白光によって包まれた。
玉座の間を覆い尽くしたその光にミナトの姿が飲み込まれ、ミナトにきつく抱き締められたまま、その唇から流れ来る甘い蜜の味に酔いしれるように目を閉じて、わたしの姿もその光の中へと飲み込まれ掻き消えた。
◇
「勇者様がお亡くなりになられた? 」
「バーランド国の魔導士達も皆殺しにされたらしい」
「それで、魔王は! 」
「その後にバンガイム帝国の連中が、偵察に行ったらしいんだが、魔王城には誰も居なかったって……」
「誰もいなかった? それは、死んだってことなのかよ? 」
「さあ……」
それから数日後。
魔王城から誰ひとりとして帰還者がいなかったこと、そして魔族の報復がなかったこと。
このふたつに疑問を抱いたバンガイム帝国は、魔界へと偵察隊を派遣する。
だが、魔族との攻防戦を覚悟しながら出向いた偵察隊は、魔界へと侵入したものの、魔族と遭遇することもなく、呆気なく魔王城まで到達してしまった。
いざ魔王城へ侵入してみれば、最奥に位置する広々とした玉座の間は、一面が血の海と化しており、そこで壮絶な戦いが起こったことは一目瞭然だったが、あるはずの遺体も欠けた肉片ひとつ、見つけることは出来なかった。
その更に奥にある生誕の間でさえも、あるべきはずの混沌とした魔力は綺麗さっぱりと消失しており、代わりに光の射さぬその部屋の中は不思議な七色の光に包まれ、清涼とも言える空気で満ち溢れていた。
歴代の魔王を生み出すとされる、生誕の間。
その場所に満ちるその光が、聖剣の力であることは、後日の調査で明らかになる。
数日かけて調査された魔王城には、魔族は一匹たりとも確認出来ず、生誕の間に満ちる聖剣の力と玉座の間に残された大量の出血痕から、調査に出向いた者達はここで魔族と勇者達の壮絶な戦いがあったのだと予想した。
何よりも一切の魔素を生み出さず、生誕の間に聖剣の力が常に満ちているということが、今後魔王が誕生することがないという安堵感を生み、この戦いに勝利したと意図づけるものとなった。
魔族が完全にいなくなったわけではない。
未だに闇夜に紛れ、人に紛れながらひっそりとその身を潜ませている。
それでも魔族のヒエラルキーの頂点である魔女王がその姿を消したことにより、その猛威は成りをひそめた。
再び今までと変わらぬ日常が、世に訪れる。
勇者と魔王が共に消え、闇に巣食う魔族と共存する日常が。
そんな日常と共に穏やかさを取り戻した、とある村の一角に、なんとも人目を引く美貌を持った若い女がいた。
白雪のような肌にはくすみひとつなく、濡れたように紅い唇に細いうなじ。華奢な体つきにくびれた腰、だが豊満な双方はしっかりとその存在感を主張し、艶やかな長い紅髪は彼女が動く度に柔らかく揺れた。
彼女の視線に囚われた者は、その姿に息を呑み、その妖艶な美しさに魅入ってしまう。
「玲奈」
いつからか、そこに住み始めたそのふたりは、村でも噂の美男美女だった。
毎朝、人目もはばからずに熱い口付けを交わすふたりに、周囲は嫉妬しながらも羨望の眼差しと憧れを抱く。
互いの腰を引き寄せて交わすその口付けは、見ている者が羞恥に思わず目を反らしてしまうほど、とても艶めかしいものだった。
しかし熱烈な愛情表現にしか見えないその行為は、そうしなければならないものだからこそ、毎朝、毎晩行われることなのだと、周囲の人間が知る由はない。
「もっとよ……もっと頂戴……ミナト」
潤んだ瞳で互いの身体をきつく抱き締めながら背中をしならせ求める女のその様に、周囲の男達はそれほどの愛情なのかと嫉妬を超えて、諦めの気持ちさえ抱く。
あの魔王城での出来事で、ふたりの肉体は完全に消失し、そして再びこの世で目覚めを果たした。
なぜそうなったのかは、未だにふたりが知る由はない。
再度目覚めた玲奈は瀕死の状態にあり、ミナトの生気を吸うことで体力を完全に取り戻すことが出来た。それでもミナトの身体が塵と化すことはなかった。
聖剣はいくら呼んでもミナトの手元に戻ることはなく、玲奈の身体からは完全に魔力が失われた。
玲奈の身体はサキュバスとしての性質だけが残存して常に男の生気を吸わねば生きていられず、吸収した生気は血となり肉となり、そしてその美貌を維持させる。
けれどそれが魔力として還元されることは二度となかった。
熱い吐息を吐きながら唇を離し、耳元で玲奈は囁く。
「分かってると思うけど、吸収しても死なないのは貴方しかいないから、相手にしているだけよ」
そう言った彼女の表情はミナトからは見えなかったが、薄らと頬が赤らんでいた。くすりとした小さな笑みが、ミナトから溢れる。
「分かってる。その相手が俺で良かったと、心の底から思うよ」
「本当にバカな男ね、神崎ミナト。これから一生かけて、わたしを殺した償いをして貰うわよ」
そっと身体から離れ、ミナトを子憎たらしそうに軽く睨み付ける彼女の瞳は、彼と同じ漆黒の瞳だった。
「喜んで」
柔らかな春風に新緑の葉が舞い、踊るように靡く漆黒の髪の隙間から、温かな視線が彼女に注がれる。
そんな彼女を見つめてミナトは微笑む。
再び与えられた人生を君と共に歩んで行こう。いつか君の心が、俺を許してくれるその日まで。
ただ君が俺の傍にいてくれるだけで、これ以上幸せなことなどないのだから。
前を行く彼女の背中を見つめていると、不意に太陽の光を背に紅色の髪を煌めかせ、彼女が振り返る。
「ほら、行くわよ。さっさと来なさい。何かあった時、貴方がいないと困るじゃないの」
少し怒ったようにそう言う彼女が愛おしくて、自然とミナトに笑顔が浮かび上がる。
「何があっても、君だけは護ってみせるよ」
「本当にバカな男」
呆れたようにため息をつき、小さく微笑む彼女が眩しくて、ミナトは目を細めた。
互いがいなければ生きられない、そんな鎖に絡め取られたふたりの新たな人生は、これから始まる。
願わくばその先の未来に、ふたりが未だ見ぬ幸福が待ち受けていますように。
完結となりました。今まで応援して下さった読者の皆様、本当にありがとうございます!
面白かったよ〜!って方は評価☆して下さると嬉しいです!
評価はこの下に☆☆☆あります〜!
(*˘ᗜ˘*)
異世界恋愛では特異なダークファンタジーという世界観でしたが、気に入ってくれると嬉しいな!
本当にありがとうございました。
ペコリ((・ω・)_ _))




