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闇から生まれしもの

「玲奈っ! 」


「魔王様っ! 」


 身動きを拘束された三人の腹心が目を血走らせ、叫び声をあげたそのすぐ横を、見向きもせずに走り抜け、ミナトが飛び出した。


 ミナトの今にも泣きそうな叫び声に、思わず笑みが浮かぶ。


 直後、海の底のように深い蒼みと、ジャスパーの心を映したような黒い炎の波が怒涛の如く轟轟と音を立てて、わたしの身体を呑み込んだ。


「なぜだ! ジャスパー! 」


「そんなこと決まってるだろ! おまえがアリアを見殺しにした復讐だよ! おまえがアリアを殺したように、俺もおまえから大事なものを奪ってやる! 」


「ジャスパー! 」


 握り締めた聖剣を持つ手に力を込めて、ミナトはジャスパーに向けて突撃した。


「ミナトっ!  」


 瞳に涙を滲ませて剣を振りかざし、飛び出したミナトの後をシエラは追う。


 焦った表情を浮かべながらもシエラの心は歓喜に満ちていた。


 ジャスパーの唐突な行動には確かに驚いたけど、頭の回るジャスパーならこの機会を見逃さないだろうと心のどこかでは期待していたから。


 そして、ジャスパーは期待通りに動いてくれた。

 あとはジャスパーとミナトを仲直りさせれば全て元通りになる。


「殺しちゃダメよっ! 」


 そう叫んだシエラの声は、ミナトの耳に届いていない。


 玲奈を護る。


 それが、転生前からミナトの中にある揺るぎない意志の根幹だった。


 例え自分の手で殺すことになろうとも、根幹は決して変わらない。


 だから、他の誰かが自分と違う理由で玲奈の命を奪うなど、許せるはずがなかった。


「ジャスパーッ! 」


 壇上を勢い良く駆け上がり、一歩大股で踏み込んで地を蹴り上げ、両手で握り締めた聖剣を頭上高く掲げてジャスパーに斬りかかった。


 正面で未だに業火の炎が燃え盛る様子を目にしながら視線を動かすこともなく、ジャスパーはミナトに向かって腕を差し伸ばすと手のひらに込めた衝撃波を繰り出した。


「ぐあっ! 」


 ガラ空きになっていた腹部に衝撃波をくらい、ミナトの身体は後方に吹き飛ばされて床に叩き付けられ、身体のあちこちを打ち付けながら階段を転げ落ちて、聖剣が床にぶつかった勢いで手の中から弾け飛んだ。


「ジャスパー! やめてっ! もう終わったのよ! そうでしょう!? 」


 そんなミナトに駆け寄り、背後に庇いながら、シエラは責めるような視線でジャスパーを睨み付ける。


 そんなシエラを嘲《あざけ》るように、ジャスパーは顔を歪ませて、その瞳に強い光を宿し、睨み返した。


「いいや、違うね。確かに魔王は倒したが、そいつが俺達を裏切っていたことに変わりはねぇ。こいつが魔王なんかに恋するから、アリアはむざむざと殺されたんだ」


 魔王という標的からミナトへとその殺意を向き直し、憎しみを乗せてぎらつく瞳を向けてジャスパーは言い放つ。


「仕方ないでしょう? それはミナトのせいじゃないわ。誰かを好きになったら、その感情は抑えられないものだもの」


 それは自分自身に語りかける言葉のようだった。


 ミナトが恋をした相手。


 魔王だからいなくなればいいと、殺さなければならないと、本気でそう思ったのか。


 きっと違う。


 魔王だったから、殺(・)す(・)理(・)由(・)が(・)出(・)来(・)た(・)。


 シエラの中で渦巻くドス黒い感情は、ミナトの気持ちを自分の物だけにしたい。


 そんな貪欲なもので満ちていた。


 それは自分ひとりの力では抑えられず、隠し通すのも困難で、ジャスパーが魔王を手にかけた時には喜びを生み出し、思わず笑みが浮かんでしまいそうになるのを堪えなければならなかったほどに、黒く醜いものだった。


 酷い女だと思う。醜い感情だと思う。


 だけど湧き出る感情は自分の意思とは関係なく生まれ、頭はその気持ちに忠実に計算高くなっていく。


「はっ! それはおまえがミナトのことが好きだからだろ? だから共感出来るって言いたいのか? 魔王が死ねば独り占め出来るもんな! 」


 ミナトに隠しておきたかった感情を大声で赤裸々に明かされ、シエラは羞恥と同時にジャスパーに対して怒りが込み上げるのを感じた。


 自分の中にある黒い感情は、絶対にミナトに知られたくなかったものなのに、逆上してるからと言ってミナトの前で明かすなんて! 


「そ……そんなこと……」


「じゃあ、そこをどけよシエラ。そいつは裏切り者だ。魔王も倒した今、そいつを生かしておく理由もねえ」


「ダメよ! 」


「なぜ」


 顔を歪めてその瞳に侮蔑の色を浮かべるジャスパーが憎たらしい。

 まるで自分のことをゴミのように見ている気がして。


「……き、だからよ」


「あん? 」


「好きだからよ! あなたも知っているでしょう!? 」


 ゆっくりと身体を起こすミナトに視線を向けられず、羞恥と憎さが入り混じって感情が昂り、シエラの瞳に薄く涙が浮かぶ。


「ああ、知ってる。おまえも愚かな女だな、シエラ。そんな男を好きになるなんて、本当に哀れだぜ。でもな、おまえがそんな理由でミナトを守るっていうなら、俺達は敵だ」


 ジャスパーの表情が能面のように消え去ると、瞳には氷のような冷たさを映し、その声はシエラの知る明るい物ではなく、魔窟から現れた禍々しい臭気のように黒く、底冷えする色をはらんだ。


 獰猛な野獣に睨み付けられた小動物のように、思わず身体がすくみあがる。


 それでもシエラはミナトから離れる気はなかった。


 ジャスパーの魔力が膨らみ、バタバタと衣服を煽りながら渦巻く大気の中で、蒼色の魔力がその色を増していく。


 シエラもまたぐっと奥歯を噛み締めて意識を集中し、早口で詠唱を唱えながらも魔力を身に纏った。


「シエラ……やめろ」


 ゆっくりと膝に手を当てながら立ち上がり、ジャスパーを見つめたミナトは小さな声でシエラを制止する。


「だって……! 」


 焦ったシエラがミナトに反論しようとしたのと同時に、ジャスパーの手から蒼い炎が放たれた。


 ごうっ、と音を立てて迫り来る魔弾にシエラもまた、反射的に対抗して淡く輝く桃色の魔弾を解き放つ。


 双方共に勇者の片腕であるふたりの魔力は拮抗し、ややシエラの方が押し始める。


 反発する魔力の波動が突風を巻き起こしながら拮抗し、次第に薄桃色の輝きがジャスパーとの距離を詰め始める。


「なっ!? 」


 それに驚愕したのは、ジャスパーだった。

 魔力同士の対抗でシエラに劣るはずがないと、ジャスパーは自負していた。


 それなのに、目いっぱい力を振り絞ってもシエラの魔弾を打ち負かすことは出来ず、押される一方で、額にはじわりと汗が滲む。


 腕を真っ直ぐにジャスパーに差し伸ばし、魔力を放出し続けるシエラの顔にはミナトを守るという固い意思がしっかりと現れ、揺るがぬ強さがそこにはあった。


 その意志の強さが魔力に比例するように、シエラの放つ魔弾はジャスパーの魔弾を力強く押し退ける。


 そしてついに、シエラの魔弾がジャスパーの目前に迫り、蒼い炎を呑み込みながらジャスパーに向かって襲いかかった。


「くっ……! 」


 すんでの所でその場を飛び退き、回避したジャスパーの正面から、新たに闇色の業火が唸り声をあげて襲いかかる。


 ジャスパーは目前に迫り来るその闇色の業火に、驚愕の余り目を見開き、思わず言葉を失った。


「なっ!? 」


 それは、シエラが放った魔弾より何倍もの質量を持ち、地獄の底から解き放たれたことを喜ぶ魔物の如く、嬉々とした唸り声を上げて、問答無用でジャスパーを呑み込んだ。


「うわああああっ! 」


 床の上でごろごろとのたうち回りながら絶叫するジャスパーを包む闇の業火が、陽炎のように揺らめき、その奥に佇む人影をシエラとミナトは捉える。


 轟々と唸《うな》る炎に煽られて靡《なび》く紅い髪、バタバタとはためく漆黒のローブから覗く、豊満な双方とすらりと伸びた手足。


 闇の業火をそのルビーのような瞳に反射させながら、濡れるように艶やかな唇が薄く嗤う。


「れ、い、な……」


 それはさながら、闇の業火から生まれし魔王の姿そのものだった。

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[一言] さぁ逆襲だ。
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