第11話 ―聖天来訪・その1―
大変遅くなってしまい、申し訳ありません。
ファースティ・アーゼスフィールの来訪。
純白の聖騎士団を率いた聖女一行は、彼女らの希望もあり粛々と帝都に迎え入れられることとなる。
聖天ファースティは皇帝アリスリーゼに謁見した後、帝都の一角に鎮座する大教会に当分の間滞在することとなっていた――
――が、帝政に関わる貴族でもアーゼス信徒でもない悠にとっては、関心はあっても関係はあまりない話ではあった。
悠は現在、商業区画のとある建物の一室へと通されている。
「お久しぶりです、エリーゼさん。お礼を言うのが遅れてすみませんでした」
ふかふかのソファに座りながら、ぺこりと頭を下げた。
対面に座るのは、紫色の髪を伸ばした貴婦人めいた妙齢の美女。
ゆったりとしたドレスをまとい、その片目は眼帯に覆われ、紫の隻眼はアメジストを思わせる澄んだ輝きを湛えていた。
「ああ、気にすることはないさ。私が忙しくて時間が取れなかったこともあるからね」
ブリス商会会長、エリーゼ・ブリス。
帝都を主に拡大を続けている大商会の長だ。
以前、まだ粕谷の奴隷であった頃のティオと一緒に帝都に遊びに出た際に、玲子の使いとして訪れた相手である。
二人がいるのも、以前と同じブリス商会本部の応接室であった。
時刻は昼を回った頃であり、陽光の差し込む窓からは道を行き交う人々の喧騒が聞こえてくる。
「しかし夢幻城では災難だったね、ユウ。まさかあの悪名高い“棺”まで絡んでいた上に、退けるとは思わなかったよ」
「……そうですね。確かに大変でした」
確かに、大変であった。
アリエスに己の力さの無さを痛感させられ、仮想領域においては幾度もの“死”から這い上がり、神殻武装には振り回され、美虎には多大な迷惑をかけてしまった。
だが、しかし――悠は、頬を緩めながら言葉を続ける。
「でも、かえがえのない友達も出来たから……今は、良かったと思ってます」
「……そうかい。“夢幻”のことは、残念だったと思っているよ。あそこには知った顔もいたんでね」
悠が夢幻城へと誘拐された事件において、エリーゼは自身や商会の情報網を使って玲子に重要な情報を提供してくれたのだ。中には帝国でも把握してない情報も含まれており、それが無ければ朱音らの到着は遅れていたかもしれないし、ひいてはレミルの救出に失敗していたかもしれない。
なんやかんやでお礼を言いにいくのが遅れてしまったため、今日はようやく会いに来ている次第であった。
気だるげにも溌剌にも見える不可思議な気配を漂わせながら、彼女はゆるりと微笑んだ。
「しかし律儀な子だねえ。あの件の見返りはもうレイコから十分に受け取っているのに」
「それはそれで……やっぱり、ケジメとして必要というか。直接お礼を言わないと気が済まなかったんです。本当にありがとうございました。お忙しいのに、時間も作っていただいて」
「ああ、それは気にしなくていい。私はビジネスの話も兼ねるつもりであんたも迎え入れてるんだ、レイコから話は聞いているだろう?」
「あ、はい。どこまで力になれるか分からないですけど……」
「まあ、まずは見ておくれよ。何とか形になりそうなところまで見えているのは、これと、これと、これも何だけどね――」
言いながら、エリーゼはテーブルの上に何枚からの紙を並べていく。
それは、この世界には無く地球には存在している技術や理論について纏められた書類であったり、その情報をもとにして再現されようとしている地球の文明の利器の設計図である。
悠はそれらに真剣な顔で、目を通しはじめる。
「これは……確か、ここが、こうなっていたはずです。あとこれは、塩を混ぜて時間を置かないと」
「ほうほう……なるほどねえ」
ブリス商会の商品開発のための作業であった。
魔道科学という文明により発展しているこの異世界は、外科医療技術など地球よりも遥かに進んでいる分野もある一方、まだ地球には追いついていない技術や理論も数多い。
ならば、地球の文明によってまだこの世界には存在していない有用な商品を開発し、売ることはできないだろうか、というのが玲子とブリス商会が手を組んで行っている活動の一つである。
ちなみに携帯の充電装置もブリス商会の協力で作ったものだ。
玲子やその他、専門的知識を持っていた幾人かの異界兵の協力によって、それはある程度実現し、ブリス商会には大きな利益をもたらし、玲子グループの収入源にもなっている。更に、その利権は皇帝派を後押しする政治の駆け引きの材料にも使われているという。つまりはとても重要な役割なのだ。
とはいえ、全員まだ中高生、その道のプロフェッショナルである大人の技術や知識には遠く及ばず、中途半端な情報しかないために企画、実験段階で止まっているものも少なくなかった。
帝国の方でも、もっと年齢層が上の地球側の専門技術者や知識層を召喚して、その技術や理論を取り込めないかという試みがあったそうだが、マダラの生み出した召喚機構は帝国の技術者といえど掌握しきれるものではなく、召喚対象の年齢を迂闊に弄れなかったので断念したという経緯があった。
(うん……これなら、あの本に載ってたよね。確か――)
そこで期待されたのは、超動体視力と瞬間記憶を持つ悠の存在である。
外の世界に出てまだ2月にも届かない悠であるが、その読書量は膨大だ。
ぱらぱらと本でめくっていくだけでそこに書かれている文字はしっかりと記憶に焼き付くので、それを脳内でいつでも読み返すことが出来るのである。
興味本位で、技術書の類もけっこうな数に目を通した。
日本語としては読めても意味はあまり理解できていない本も多かったが、それを何とか活用できないかと試している最中だった。
「ここは、ですね。こういう仕組みで動いているので、こんな部品が必要になるんですよ。ここと、ここ、そしてそこ。で、ベルトか何かで――」
結果としては、成功といえた。
悠の持っていた知識は、いくつかの止まっていた計画に進展を与えることができたようだ。
実際に商品化して売り出すかどうかは既存産業への影響を鑑みて決めるようだが、エリーゼはたいへん満足しているようであった。
「こんな感じで……いかがでしょうか」
「十分さ、礼を言うよ、ユウ。さっそく、職人達に作らせてみようじゃないか」
エリーゼは上機嫌に頷いて、秘書と思しき人物を呼びつけて書類を渡した。
一礼して去っていく秘書に会釈する悠。
とりあえず二人の要件は終わったのだが、まだ時間があるのかエリーゼは次の話題を振ってきた。
「レイコから、聖女様の祭りに出す店の件は聞いているかい?」
「え……いえ、知りません。やっぱ、ブリス商会さんの方でもお店出すんですか?」
「そりゃあ勿論、稼ぎ時だからねえ。それに、ただ単純に店を出すだけじゃなくて、幾つかの催しもあってね。その一つに、同じ区画にとあるジャンルの出店を並べて、1日の間の売り上げを競おうっていう企画があるのさ。ブリス商会の名を更にアピールする意味でも、是非とも優勝したいと思ってるんだよ」
「へえ……あるジャンル、ですか」
「ああ、ちと下世話かもしれないが、見目の良い女たちが接客する飲食店と指定されている。あくまで健全な内容だよ。公序良俗に反するような服装や行為は禁止されている」
つまりは、メイド喫茶みたいな店のことだろう。
確かに玲子が喜びそうな店ではあるが、わざわざ彼女に聞いたかなどと確認するようなことだろうか。
小首を傾げて訝しむ悠に、エリーゼが苦笑と共にその意図を明かした。
「ほら、あんた達の周りの女って綺麗どころが多いじゃないか。ブリス商会からも傘下の店の評判のいい受付嬢や看板娘、人気娼婦たちを集めているところなんだが、あの子たちにも協力して貰えればと思ったのさ。レイコに伝えたのが昨日だから、ユウが知らなくても無理はないね」
確かに、悠の周りは美少女、美女揃いである。
朱音、ルル、ティオ、美虎、伊織、レミル、玲子――即座に思い浮かぶだけでもこんなにいる。
なるほど、彼女達がウェイトレスとして働いている光景は、さぞや華やかなものになるであろう。
悠だって男だ。見てみたいなと素直に思う。
「当然、相応の礼もするつもりだ。優勝できれば更にね。出来れば、ユウの方からもお願いしてくれると嬉しい。あんたは、女連中にずいぶんと人気があるようだしさ」
「あ、あはは……話しだけは、話してみます」
周囲の女性関係。
そこは、今の悠にとって、とても繊細な話題であった。
煌星剣の再実験が近付いており、夢の世界で交わしたティオとの例の……ルルの代わりをするという約束が現実のものになろうとしている。
美虎とは、まだ微妙にぎくしゃくしている。
伊織の様子も、最近なんかおかしい。
ルルまで悠に恋をしているかもしれないなどと言い出して、悠はどうすればいいのかまったく分からないのだ。そういった話題を相談できる相手も見当たらない。
対人関係において、人懐っこさが取り柄の悠だからして、逆に親しくなることで気まずい要素が増えるという状況は何ともやり辛いものがあった。
その点、男はいい。そんな気を使う必要がまったく無いのだから。男だけの空間は最高だ。
その気持ちを冬馬たちに話したら、何故かものすごく微妙な顔をされてしまったのだけど。
そんな悠の懊悩を、エリーゼは目ざとく気付いたようである。
「なんだい、悩みでもあるなら相談に乗るよ? それなりに人生経験は豊富なつもりだ」
興味津々といった様子で、身を乗り出してきた。上品な香水の香りが、ふわりと鼻をくすぐっていく。
確かに、大勢の従業員を従えるこの女傑であるならば、悠のモヤモヤとした思考に何らかの光明を与えてくれるのかもしれない。
魅力的な申し出にも思えた。
だが、さすがに他人に話すには恥ずかしい要素が多すぎる。
「す、すみません。お気持ちはありがたいんですけど、あまり人に話せるような内容じゃないので……そろそろ、失礼しますね。ルルさん待たせてますから」
「そうかい。ま、その気になったら来な。借りもできたし、聞いてあげるよ」
「……はい、ありがとうございます。じゃあ。また」
悠は席を立つ。
エリーゼに見送られ、応接室を後にした。
「ルルさん、お待たせ!」
「いえ、私も用事が終わったばかりですので」
ブリス商会本部の1階、事務所を兼ねたフロアにて、ルルはゆるりと微笑みながら悠を迎えた。
商会の在庫から探して欲しいものがあるということで、悠とエリーゼの用事の間は別行動を取っていたのだ。
彼女は今、スーパーの買い物袋ほとの大きさの、一つの布袋を下げていた。
倉庫から探してもらい、奴隷として帝国から受け取っているなけなしの給金で購入したものだろう。
「それが探し物なんだ? 何入ってるの?」
「いえ……そのは、その」
ルルが、あからさまに困り顔をする。ふさふさのしっぽが、しゅるしゅると丸まっていた。
いつも飄々、颯爽と振る舞う彼女としては、珍しい姿であった。
ガウラスと会うために彼女と出かけた日から、彼女はこんな調子を見せることが増えている。
正確には、彼女の趣味について尋ねた時からか。
まあ、聞かれて困る内容ならば聞くまい。
「まあいいや、じゃあ行こっか。お昼どうしよう? どこか行きたい場所ある?」
「私は、そこらの鼠や鳥を狩れば十分ですので……」
「都会でサバイバル生活するのやめよう!? そんなにお金使ったの!?」
くぅん、と小さな鳴き声。
珍しくしゅんとしながら、ルルは狼耳をぺたんと伏せる。
両手で袋をかき抱き、罰が悪そうに言った。
「どうしても、この手で回収しなければならないものだったのです……」
「何かは聞かないけどさあ……でもいいよ、お昼は僕が奢るから。別にこれからだってルルさんの食べ物代ぐらい僕が出したっていいんだからね」
「いえ、それでは申し訳ないですので」
びしっと掌を向けて続く言葉を制止する。
「いいの! だいたい、ルルさんにすっごくお世話になってるんだから、これぐらい当然なんだよ。あれだよ、ほら、僕からルルさんへのお給料。そういうことでいいじゃない」
その代わりに、その袋の中身ちょっと見せてもらいかなあ、などと邪な発想がよぎったが、胸中へと押し込めた。
正直、ものすごく気になってはいるが、自分だって秘密にしていることはある。隠し事をしながら他者に開陳を求めるのは、フェアではないだろう。
「面目次第もございません……」
しょぼーんとしたルルの言葉は、悠の言葉を承諾する意味なのだろう。
彼女はプライドの高い自立した女性である。施しを前提として生活をすることは嫌なのだろうと思うのだが、先も言った通り彼女の悠への奉仕は十分に報いるに足るものだと悠は思っている。
そもそも、あれだけの働きをしておいてお小遣い程度のお金しか貰えてないのがおかしいのだ。
「じゃあ決まり! それにね、今日は行ってみたいお店があったんだ。僕たちの世界の料理を再現したレストランがオープンしてさ。けっこう人気出てるみたい」
「ああ、ブリス商会が経営しているという……レイコ様やミコ様方が調味料作りやレシピ作成に協力したお店ですね」
「そうそう、今はお味噌作りにも挑戦してるみたいだよ、楽しみだなあ」
そんな会話を交わしながら、二人で連れ立って歩く。
ファンタジーゲームめいた帝都の街並みや行き交う人々も、すっかり慣れたものだ。
顔見知りとなった店も少なくなく、時おり露店に向けてぺこりと頭を下げる。
「……あ」
ふと悠の視界に、レストランの前で客呼びをしているウェイトレスの姿が目に入った。
可愛らしく着飾って、愛嬌のある笑みで声を張り上げている。
その姿を見て、悠はエリーゼとの会話を思い出した。
「ああ、そうそう。ね、ルルさん」
「いかがいたしましたか?」
「あのね、今度のお祭りでね――」
帝都で催される祭りにて、開かれる飲食店のコンテスト。
ブリス商会も参加する店舗において、ルル達も手伝ってくれないかと頼まれたということ。
それらの旨を伝える。
「参加したらお礼もするってさ。丁度いいんじゃない?」
「なるほど……」
どうやら、ルルは前向きに検討しているようだ。
困窮する彼女に助け舟を出す意図とは別に、悠は率直な自分の気持ちも伝える。
屈託の無い笑みで見上げながら、
「きっと可愛いウェイトレスの服とか着るんだよね。僕見てみたいなあ」
「ユウ様……」
ルルは琥珀の目を瞬かせて悠を見下ろし、はにかむような可愛らしい笑みを、ふわりと浮かべた。
「畏まりました。微力ながら、お力添えさせていただきましょう」
「ん、玲子先輩に伝えておくね。他のみんなはどうするのかなあ……楽しみだな」
今頃、玲子は朱音たちにその話をしているかもしれない――
「――何、だと……?」
玲子は、あんぐりと口を開く。
そこは異界兵の生活区画に設けられた、簡易的な訓練場である。
雑草をクッション代わりに、危ない石ころを取り除いて柵で囲っただけのスペースに、少年少女たちが思い思いに身体を動かしていた。
玲子と言葉を交わしているのは、藤堂朱音、ティオ、鉄美虎とその取り巻き達だ。
島津伊織から(悠もきっと楽しみにするだろうと告げた上での)快い承諾の言葉を貰い、その足で訓練場を訪れてエリーゼから頼まれていた旨を伝えた結果の反応であった。
「マジで……?」
「マジです」
「マジなのデス」
朱音とティオが、こくりと頷く。
朱音は指先に、油を染みこませた糸を結び付け、手首や指にスナップを付けながら糸を操ろうとしているようだった。しかし糸はわずかにうねる程度であり、彼女は不満げに鼻を鳴らす。
「この操糸術を教えてもらう代わりに、引き受けたから……約束なので、すみませんけど」
「わたしは、お母さんのことを教えてもらったお礼デス」
「オレ達は、まあノリで何となくな」
「っスね」
「面白そう」
要は、ブリス商会の店舗には参加できないということだ。
いや、それどころか、それどころか……!
玲子はよろめき、呻くような声で状況を再確認した。
「別の出資者の店舗から、コンテストに参加するですって……!?」
明日も投稿予定です。
書籍2巻のための一番重たい作業は終わったので、更新の方はぼちぼちペース上げていきたいですね。




