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掌編25:『アルト・ザ・異物試験』



「わー! 近くで見るとおっきいビルだねえ」

「オフィスっていうよりは研究所と工場だからな。中も小型車が通れるぐらいはあるだろうよ」

 

 エリザとオレはこの日、オケアノスのラボに呼ばれて三岳島一区にあるオケアノスビルへとやってきていた。

 オケアノスビルはダンプでも入れそうな入口に大型のメカルスが二体守衛に付いている。島民に貸し出すモデルよりも凶悪そうな印象で、バズーカ砲みたいなのが肩から伸びている。

 基本的に三岳島ってのはオケアノスの研究施設がメインで、どデカい研究用ビルが三本建っている。それが3つの山みたいってんで三岳島だな。

 そこでは魔物の生態研究、抽出した成分の研究、道具等試作工場なんかにエリアが別れているらしいんだが一般冒険者に知らされることではない。


 で、今回調べるのはエリザが使っている包丁だそうだ。オレがくれてやったやつ。

 魔寿司で提供される魔物は薬効成分が強く発揮されているのではないかって疑問視されたらしく、だとするとその原因はエリザの腕前か包丁が特別製か。あるいは他のなにかか。

 それを調べたいってことで、オケアノスの研究部はわざわざ報酬も出してエリザを呼ぶことになった。


 ビルの前に立つと監視カメラがエリザの姿を写し、そして同行していたオレにバズーカが向けられる。オレは両手の中指を立てる穏便な挨拶ポーズで応えた。


「あのー、この人はあたしの同行者だから入れてあげてね」

「暗黒メガコーポの研究所なんだから護衛ぐらい必要だろーが」

 

 ピピっと画像認識された様子で、メカルスキャノンの銃口が降ろされた。

 本日、ここのラボに用事があるっていうかラボの方が頼んできたのがエリザなんだが、このとぼけた姉ちゃん一人で行かせるのは危険だからオレが護衛に雇われた。

 本来護衛ははウリンの役目だったんだが突然の体調不良で寝込んだ。普段から毒を摂取しているからそうなるんじゃねえかな。センセイはその看病についた。

 センセイの方も全身異物装備でおまけに人魚だから、暗黒メガコーポの本部でバレて捕まると面倒なことになりそうだしな。あいつらのことだから機体越しにX線とか当てて中を覗こうとしてくるぞたぶん。

 ちなみに一応遠隔で監視してくれている。エリザの鞄持ちで付いてきた魔寿司の警備ロボメカルスだが、センセイがハックしてオケアノスのネットワークからスタンドアローン化し、一時的に忠実な手下にしていた。そこでオケアノスとの取引に違法性がないか、録画なんかもしてくれている。


「やあいらっしゃい二人とも! 実験を受けてくれてありがとう! 研究室まで案内しよう!」


 後ろから勢いよく声を掛けてきたのはグレイのオッサンだ。相変わらずゴツいカメラを手に、陽気にオレらを先導してビルに入っていく。


「なあに、こういうのはマスコミも同伴しておけば無体はされないさ! おじさんが面白そうな実験はしっかり激写するから安心してくれ!」

「オッサン、いきなり後ろから現れたがあんたが実験に立ち会う許可は取ってるんだよな?」

「はっはっは!」

 

 何故か笑って誤魔化され、勝手知ったるビルとばかりにオッサンはエレベーターに乗り込んだ。

 目的の場所は沈下区画二階のラボ。あちこちに研究室や実験室なんかがあってガラス張りでよく見えるが、そこにいる白衣の研究員どもはどいつもこいつもフルフェイスのヘルメットを付けている。


「なんかスターウォーズの帝国みたいだね。マンダロリアン戦士なのかな」

「おいオッサン。なんか変なガスとか出てねえよなこの区画」

「安心してくれ。彼ら研究員は専用のヘルメットを身につけることで、ARで観測や実験の補助を行ったり指示を送り合ったり、付属した栄養剤を摂取することで食事キャンセルもできる便利なツールとして装着している」

「SFみてえだな」

「まあ……魔物の毒素がラボに拡散して空気が汚染されることも無くはないんだが……」

「よし! 帰ろう!」

「待った待った! そんなときはちゃんと作動する消毒システムもあるから!」

「具体的には?」

「室温を1500℃ぐらいに上昇させて」

「帰ろう!」


 振り向いたオレらをオッサンが押し留めて、嫌々ながら目的のラボへ着いた。そこにも怪しげなヘルメット研究員どもがたむろしている。

 その中に一人、見たことのある姉ちゃんが入院患者みたいな服装で座っていた。

 手を振ってこっちに挨拶をしてくる。


「おお! 久しぶりでござるな、チンピラ殿。そして魔寿司のシェフ殿。今日はよろしくでござる」

「ゴルゴン小隊の大子(だいこ)じゃねーか」


 オケアノスに所属する強化アーマー小隊、そこの三人娘の一人だ。

 身長やら体格やらデカいのが『(メガロ)』。

 小学生なみにちっこいのが『ミクロ』。

 中間ぐらいの口が悪いパチカスドツボ女が『ヘミシュ』という名前っていうにはアレだから、コードネームなんだろうな。


「こんにちは! メガロさんも実験に参加するんですか?」

「人体実験要員でござる!」

「ええ……そんな自信満々に名乗ることある……?」


 エリザの顔が曇りつつ引いていた。


「オケアノス内のこうした実験に積極的に参加することで、拙者らのような人権がアレな社員でもお給料や休暇が貰えるシステムでござるからな」

「貴重な労働者のコメントありがと。絶対オケアノスの奴隷にならないようにするわ」


 借金払えなかったらそうなる危険性があって怖い。

 研究員(見分けがマジでつかない)たちが近寄ってきて握手を求めながら挨拶をしてきた。


「ようこそいらっしゃいました。わたくし、薬学研究部第三課のμ(ミュー)-15と申します。この度はよろしくお願いいたします」

λ(ラムダ)-41です」

Υ(イプシロン)-501です」


 やべえ。見分けだけじゃなくて名前も覚えられる気がしねえ。っていうか名前じゃないだろそれ。製品番号かなにかか?

 ここの研究員実はクローン人間でナンバリングされていたりしないよな。悪の組織の研究員と言われればまったく違和感はない。

 エリザなんか愛想よく一人ひとりに挨拶して握手しているが、さすがに彼女もちょっぴり不気味に思っているのかイタリア人らしいハグ挨拶は控えていた。


「本日は複数の魔物素材で対照テストを行わせてもらいます。エリザ女史が所有する調理器具……」

「『わさび丸』ですね!」

「それです。まずちょっと確認させてもらっても構いませんか?」

「はい」

 

 後ろから無言で付いてきているメカルスに乗せていたカバンから持ち運び用の包丁ケースに入れているわさび丸を取り出す。

 オレはグレイのオッサンに指示をしてカメラを向けさせた。


「おいオッサン。あの研究員どもが手品みたいな手段を使って包丁盗まねえかちゃんと監視しとけよ」

「さすがに警戒しすぎだと思うけれど」

 

 エリザから包丁を受け取ると別の研究員が小さなタツノオトシゴみたいな生き物を部屋にあった水槽から取り出して、包丁に触れさせた。


『タカラ! タカラ!』


「異物だ!」

「やっぱり特別な効果が……」

「まず買い取り交渉をするべきでは……」

 

 などと研究員が騒ぎ出す。あれは無害系魔物『タカラオトシゴ』の幼体か小型種だ。オケアノスが飼っているやつで、異物の鑑定に使われる。

 さっきみたいに異物に触れさせると声を出して騒ぎ出すんだが、絵面がアホみたいだよな。なんで日本語なんだよ。

 研究員の一人がエリザに問いかけてくる。


「付かぬことをお伺いしますがエリザさん、もしこの包丁をお譲りいただけるなら幾らほどでしょうか……?」

「ええ!? いやあげませんよ! 大事なものなんですから!」

「1000万エレクにプラスして、オケアノスが代替品として最高級の包丁を用意いたしますが……」

「駄目ったら駄目です!」

「無理やり取り上げようとすんなよ。協力拒否して帰ってもいいんだぞ」


 オレがじろりと目線を向けて、オッサンもカメラを構えている。

 慌てて研究員は手を振って否定した。


「とんでもない! もしもの話です。ええ勿論! では早速、検査に移りましょうか」


 

 ******



 ラボでは予め研究の材料が用意されていた。テーブルにまな板が並べられ、それぞれに魚の切り身っぽいものが置かれている。

 貼られたタグによれば、『普通のキハダマグロ』『無毒の魔物イソノマグロ』『有毒の魔物シビレシビ』『薬効ある魔物音速マグロ』のサクだ。全部マグロ系で揃えているみたいだな。

 

「これをエリザ女史がわさび丸、そして普通の包丁でそれぞれ切って貰います。切り方は『ただ切っただけ』『何度も切ってつみれに』『丁寧に刺身として』『寿司として』の四通り試してもらいます」

「なんか意味あんのか?」


 オレの問いかけに研究員が応える。


「なにかしら包丁に特別な効果があるのなら、ただ切っただけで発生するのか、あるいは切った回数の多さで変化するのか、丁寧な仕事をすると起こるのか、寿司にすると変わるのかといった風に比較されます。また、寿司職人の腕前で変わる可能性も考慮し、同じく研究員の一人がわさび丸をお借りして、普通の包丁と合わせて同じ切り方を試させます。ここにある機械によってすぐに毒素や成分の変化は観測できますし、食味の違いや人体に取り入れた際の変化を当社の実験体で試すことになります」

「刺身を食べるならどんぶりご飯も欲しいでござるな」


 実験体は呑気にそう言っていた。大丈夫かよ。

 オレの胡乱げな眼差しに気づいて大子は自信満々に応えた。


「大丈夫でござる! 拙者は内臓機能を強化する怪しげな人体改造も受けているでござるからな。毒の分解も早いのでござる! まあその代わり消化吸収能力も高まっているから幾ら食べてもすぐにお腹が空くでござるが」

「デメリットカワイソ」

「あと副作用で心血管系の異常が起きていて残りの寿命がゴリッと削られて持ってあと数年」

「そういうコメントに困る情報は教えなくていいだろ!」


 オケアノスに飼われたくねえ情報ばっかりだわ。こいつの姉妹どもも改造されているんだろうな。

 憐れんだらしいエリザが呼びかける。


「『歳不鮭(トシトラズ)』が入荷したら教えますからね! 是非食べに来てください!」

「うんうん。私も潜りながら探しているからね」


 グレイのオッサンも頷いて慰めるように言った。歳不鮭ってのは激レアな鮭型の魔物で、少量でも食うと健康なまま寿命が伸びるという人類の夢みたいな薬効がある。

 当然ながら天井知らずの値段をしていて、こいつを捕まえれば冒険者稼業は卒業して遊んで暮らせるレベルで儲かるし、オレの借金も一瞬で消える。

 もちろん、哀れな死を待つばかりの実験体に使われるものではなくて、肥え太って不健康で死を恐れる暗黒金持ちや暗黒権力者たちが奪い合うような代物なんだがな。


 さて実験は始まった。まずはエリザと研究員が普通の包丁とわさび丸をそれぞれ使ってただのマグロをサイコロサイズに切り落として検査キットに掛ける。

 異海産ですらない普通のスーパーに売っているマグロを検査する意味があるのかと思うが、わさび丸が思いっきり特別なら普通のマグロでもなにかしら変化が起こる可能性がある。それを見るためだそうだ。


「……切り口のタンパク質、脂肪酸、無機質、ビタミン、ヒスタミン等の変化は全て変わらないようですね」

「では実験体。一つずつ食べて行きなさい」

「了解でござる」


 全身を怪しげな電気コードで繋がれてバイタルデータを採取されつつ、単純に切り落としたマグロを受け取った。


「……醤油を掛けていいでござるか?」


 研究員たちの審議。


「駄目だ。不確定要素になってデータが乱れるかもしれない」


 うわ……かわいそ。オレも試したことあるんだが、醤油無しのマグロは結構キツイ味だぞ。割と生臭く感じるし口の中に脂でへばりつく感触も気色悪い。

 嫌な記憶が蘇ったついでにオレが助言してやった。


「いやよく考えてみろよ。寿司屋で出された料理の材料が効果アップしていたかもしれないという話だろ? 条件を整えるには寿司屋で提供される通り、醤油的な味付けも含まれるんじゃないか? あとご飯も」

「チンピラ殿……! 見た目は理性も知性もないのにそんな真っ当なアドバイスを……!」

「今の助言キャンセルしていいか?」


 再度審議。ある程度は納得の行く論理だったのか、ラボの冷蔵庫に保管されていた醤油とレンチンご飯が用意された。

 改めてマグロとご飯をむしゃむしゃと堪能する大子。幸せそうに顔を綻ばせた。


「美味しいでござる~! 普段食べている味も硬さも輪ゴムみたいな完全栄養ゼリー食品の百倍は美味しいでござるなあ」

「比較対象がゴミすぎる」

「でも島内のスーパーに売っている大盛り完全栄養肉バーガーよりは有害な添加物も研究段階の成分も入っていないでござるよ?」

「それ時々食ってたわ。ありがと。次から止めとく」


 口が軽い奴隷がいて助かるわ。

 食いながらも細かにデータを取られている大子だったが、ひとまず実験は続く。それぞれマグロの身を捌いてデータを取り、大子に食わせるがやはりただのマグロだからか明確な違いってのはわからなかった。

 味で言えばエリザが寿司に加工した途端、刺身よりも明確に美味くなって大子が喜んだぐらいか。研究員がシャリの型を使って米を固め、それに刺身を乗っけた寿司もどきはさほど美味くなかったようだ。

 次にイソノマグロを同じ手順で捌いた。これも島内のスーパーで売っているメジャーな魔物食で(と言っても買っていくのはほぼ日本人だが)、ギルド納品の価値は低いがマグロとしては美味しいという代物だった。

 毎週日曜の夕方にほぼ確定で取れるので安定供給されている。

 

「ふむ……わさび丸で切った方は『架空粒子』の濃度が上昇している……」

「かくーりゅーし?」


 エリザが首を傾げているのを、グレイのオッサンが解説入れた。


「『架空粒子』……『エアリアル・パーティクル』と呼ばれる、異海の海水や魔物に微量含まれている新発見の微粒子のことだね。時間経過で消滅するもので、この粒子がなんの効果を持つのかはまだ研究段階なのだが、異海の魔物や生物にとっては必要な成分だと言われている。これを含んだ海水でなければ生きていけないようでね」

「ほえー。人が食べても無害なんですよね?」

「……まあ、直ちに発生する害は見つかっていないといったところかな。まだこの粒子が現れて恐らく五年目だろうし」

「若干不安を煽るなよ」


 というかその程度にしか一般に知れる範囲ではわかっていない。オケアノスなら非人道的な実験でもっとなにか調べているかもしれないが。架空粒子を抽出して強制的に実験体に注射してみるとか。

 オレらが話し合っている間にも研究者は盛り上がっていた。


「見ろ! 刺身状に切断したものは何故かこちらが切ったものよりもエリザ女史の切ったものの方が架空粒子はより多く増加している!」

「なにが違うんだ? 速度か?」

「録画を再生……とりあえず速度と角度を合わせて再現を……」

「この寿司にしたものはより顕著だ。架空粒子だけではなく変質したアミノ酸が確認されている! 新発見の可能性がある! サンプルを取れ!」

「こちらが作った寿司は微量の変化だが、やはりエリザ女史の方が変化が多い……」


 なんか研究員が切ったのとエリザが切ったのでは結果が違っているらしい。しかも普通に切ったり、刻んだりしたのは同じだが綺麗に切ったのと寿司に握ったのでは結果が異なる。


 色々と気になっているようだがデータを纏め、ひとまず次の実験に移るようだった。

 次は麻痺毒を持つ小型のマグロ型魔物シビレシビ。

 マグロが麻痺毒なんて持っていてどうすんだって思うが、毒体液を吐いて広範囲の小魚なんかを痺れさせて餌にしている。

 体液が毒なもんだから身もだいたい毒で基本的には食えないが、ウリンとエリザは工夫して弱毒化して寿司に加工する技術を持っていた。醤油とみりんで漬け込んだだけとも言う。弱い麻痺毒は麻辣味みたいな風味に感じるんだよな。

 

「むう……このシビレシビも普通の包丁で切ったときに比べて麻痺毒が増えている。やはりエリザ女史の切った部位の方が多い」

「だが寿司にすると麻痺毒が減っているぞ。酢に毒を分解する効果が……?」

「ちょっとそこで試してみよう」


 研究員たちがワチャワチャと動き回って実験を並行してやっている。オレはエリザに小声で聞いた。


「なんか特別なことしたのか?」

「お寿司にしただけなんだけどなあ……あ、でも握り寿司って大事なことがあるんだよね」

「なんだ?」

「最初に握り寿司を作った日本人の寿司職人が残した言葉なんだけど、『ただ米と材料を握るのではなく仏様の慈悲を込めて握るように』って。あたしもそうしているよ。慈悲で毒が消えているのかも!」

「仏様のねえ」

「あたしも寿司学校に入ったときにブッダパワーを身につけるためにギアナ高地で修行させられたり、インドの山奥で悟りを開かされたりしたよ」

「ギアナ高地に仏様はいねえだろ」


 あれこれしながらその毒切り身も哀れな実験体に食わして実験していた。


「痺れるでござる~」

「毒連続で食わせて大丈夫なのか?」

「特殊透析装置で血中の毒成分を急速デトックスしているでござる。毒物を投与する人体実験においては人権アイテムでござるな」

「人権って言葉を考えさせられるな」


 体中を管に繋がれた女を哀れな目線で見る。この絵面、世間にお出ししていいのか?

 研究員の切った方は味も素っ気もない毒物だが、エリザの寿司は毒ではあるものの美味しいらしくパクパク食べていた。


「はうっ! 胸が!」

「実験体の心筋が麻痺した」

「電撃による強制起動開始」

「……バイタル回復」

「あー、死ぬかと思ったでござるなー」

「アルトくん。あたし怖いんだけど」

「まあな」


 実験体の扱いにエリザが顔を青くしてドン引きしている。研究員たちはこれが日常すぎて、部外者に見せていいか善悪の判断すらつかないようで当然のように処置していた。

 なんか最初に比べて集まってきた研究員の数が倍ぐらいに増えている。ボソボソと「なんとか人権買い取れないの?」とか話している声が聞こえてくるのが不気味すぎる。

 続いてお待ちかね、音速マグロの切り身を作る。研究員がへりくだってエリザに尋ねてきた。


「あのお、予定になかったんですけれどエリザ女史の包丁を扱っている動き、モーションセンサーで記録させていただいて構いませんでしょうか?」

「もーしょんせんさー?」

「当社が開発したセンサー用スーツを着て作業していただければそれだけで、動きや作業時どこの筋肉を使っているかのデータが取れるので……」

「特にメリットがないならエリザ断っとけ。暗黒メガコーポに身体情報なんか渡したらそのうちエリザのクローンとか造られるかもしれねーぞ」

「うわあ……拒否しますぅ」

「待って待って! 契約書出しますから! 他の実験にはデータを使わないことを約束します! あと追加報酬で音速マグロの肉を一尾分!」

「音速マグロ一尾分!? わぁいやります!」

「大丈夫かよ……」


 レアな寿司素材に釣られてエリザはモーション解析を引き受けた。一応契約書は、センセイが遠隔操作しているメカルスに読み込ませてざっくり評価させて問題ないことを確認する。便利だ。


「じゃあその辺で着替えてください」

「はい! ……はい? あの、更衣室とか……」


 適当に部屋の隅を指さされてエリザは不安げに聞き返した。

 そうすると量産型研究員たちは一斉に首を傾げて疑問の声を出す。


「更衣室……? ここのラボにそんなのあったっけ?」

「服ごと洗って乾かす複合ケミカルシャワー室なら」

「もう一週間着替えてない」

「っていうか帰ってない」

「寝てない」

「そこの被検体だってそこらで脱がせたしな」


 一同のざわめきにエリザが何度目かの感想を述べる。

 

「アルトくん。怖いんだけど」

「奇遇でもねえな。オレも怖い」


 奴隷じゃなくてもオケアノスの社員待遇は似たようなもんだった。それでいてシャキシャキ意欲的に働いているのはなんなんだ? そのヘルメットから社畜になるガスとか吸引しているのか?

 

「ならばおじさんの携帯テントを貸してあげよう」


 グレイがサイドバックから缶コーヒーぐらいの大きさをした携帯テントを適当に空いているところに放り投げると、そこに一人用のテントが自動で展開された。


「常日頃からテント持ち歩いてんの? オッサン」

「もちろん。なにせおじさん、どういうわけか宿をテロリストや強盗に襲撃されることが多くてね。今やオケアノスの宿舎すら利用禁止になっている」

「迷惑すぎる」

「だから私の権限で入れるオケアノスの施設内とかで勝手にテントを設置し寝起きすることが多いね。ギルドとか。巡視船とか」

「二重に迷惑だなこのオッサン!」


 ともあれ、渡されたラバースーツみたいなのをもぞもぞとテントの中で着込んでいたエリザだったが、なんか「ふぬー!」って踏ん張る声を出したかと思ったら赤い顔をして頭だけテントから出した。


「どしたん?」

「アルトくん。もうちょっと胸のサイズが大きいやつ借りてきて」

「そういうどう反応してもセクハラになりそうなの困るんだが」

「特別にアルトくんはセクハラで訴えないから大丈夫」

「ありがたくて涙が出てくらあ」


 どうやら渡されたモーションセンサー内蔵スーツが入らなかったようだ。研究員に伝えると「別に胸はモーションに関係ないからその部分切り取ればいいんじゃないか」「いやあそこまで肥大していて手の可動範囲を邪魔していると、胸自体があることで特殊な握り方になっている可能性がある」などと馬鹿みてえな議論が行われ、突貫作業で特別サイズのスーツが用意された。

 ごそごそと着替えて出てきたエリザはまあ……なんか独特の格好になっていた。


「ど、どうかな!? ちょっと恥ずかしいような!?」

「パチの『タイ魔忍』みたいでいいんじゃねえの? 知らんけど」


 タイ魔忍ってのはタイを舞台にしたセクシークノイチ?みたいなのがバトるパチスロだ。仏教の悪魔とか中国人とかと戦って漢度(かんど)3000倍の術を掛けられると中国人に変化する。サワディカー。

 ピッチリスーツで覆いつつも動作に関係ないところどころが露出している格好だった。

 着信音。メカルスを介して監視しているウリンから5秒以上見たらセクハラで訴えると連絡が届いた。残念だったな。オレは訴えられないから大丈夫。


「動きにくくなってねえ? ちゃんとそれでいつも通り寿司握れるのか?」

「大丈夫! 寿司専門学校に通っていたときなんて、寿司全国新人賞養成ギプスって体に負荷を掛ける道着を着せられていたこともあるから!」

「ほーん」

「背中に大きなカメの甲羅を背負ったりとかね」

「絶対真面目にやってねえぞその学校!」

「ところで寿司全国新人賞って毎年開催されているのに一回の大会が終わるのに一年以上掛かるのって若干設定ミスを感じるよね。あと完全な新人じゃなくて転職したばかりのベテランでも参加できるのとか」

「現実の話か?」


 ともあれ大丈夫そうなのでモーションセンサーを付けて音速マグロの実験に挑んだ。

 そうすると音速マグロに含まれるナントカ酸だかナントカ脂質だかの変化量が凄まじく研究者が大喜びで何度も斬らせ、そして大子も喜んでむしゃむしゃと音速マグロを食っていた。

 やおら、グレイオッサンが指揮を取っていた研究者に囁く。


「音速マグロでこれだけの変化というと、もっと特別な材料だと更に面白いデータが取れるんじゃないかな?」

「というと?」

「『歳不鮭(トシトラズ)』……ここの研究室のコネでどうにか持ち出せるのでは?」


 グレイの囁きで研究者たちは動きを止めて集まり話し合う。


「あれは本社管理の材料だぞ。使用の稟議書も出さずに勝手に持ち出したら罰則が」

「研究部全体での試験分量があったはずだ。他の研究チームの分量をゼロにしてこっちに全部その分を持ってくれば……」

「つい最近、歳不鮭は半身ほど盗まれたばかりで全体量が減っている」

「盗まれたのは警備部の失態だろう。それでこちらの取り分を減らされてはたまったものではない」

「良いデータを取れれば罰則など実行者の処分だけで済む」

「よし、ヘルメットのリンクを切れ。発覚を先送りにできる。その間に使ってしまおう」


 なんか研究チームが結託してレア素材をパクリに向かった。


「……とりあえずオレたちは研究のやり方になんも責任はないって念書出してもらうか」

「そだね」

 

 その後、研究部がどっかから鮭の切り身みたいなのを持ってきて同じく実験をエリザに頼んだ。今度はサンプル量が少ないのと普通に切り刻んだデータは揃っているので、エリザのわさび丸であれこれ切って試す。

 やはり今度も超高級レア素材の価値がエリザの手に掛かると高まるようなデータが取れたらしく、研究者は大盛り上がりだ。

 大雑把に予想される異物としてのわさび丸の効果は、


『切った材料に含まれる特殊な成分を増す、あるいは一部変質させる』

『何故か料理の腕がいいとその効果が増える』

『味自体はさほど変わらない(毒の味が増えるとかはあるが)』


 といった感じだろうか。特に上等な料理人(サンプル数が少ないのでどれぐらいならば向上するかは不明だが)とセットで運用すれば、希少な材料の価値が高まるといったものだ。

 

「エリザ女史! 一億エレク! 二億エレク!」


 研究員たちがオークションのように指を立てて値段を提起する。


「売りませんって! これ大事なプレゼントなんですから!」

「くう……チンピラ殿! 次に同じ品を見つけたら是非、ギルドも通さずに研究部へ持ち込んでください!」

「オレの認識がチンピラ殿なの大子が原因じゃねえか?」

「不思議不思議でござるなあ……あっ寿命伸びてラッキーでござる?」


 一応は一貫だけだが歳不鮭の寿司を食べたのでこの非人道的な実験を受けた甲斐もあったかもしれない改造人間だった。

 そうしていると、いきなりラボで警報が鳴り響いた。


「なんだ!?」


 オレの声に応えたわけではなかろうが、研究員が不快そうに言う。


「警備部だ! 歳不鮭を強引に持ち出したのが早くも問題になって取り返しに来たぞ!」

「隔壁閉鎖! 時間を稼いでいる間に研究データを纏めて上層部に送って合法にしろ!」

「急がないと反逆罪で射殺されるぞ!」


 オレとエリザ(元の服に着替えている)は嫌そうな顔を見合わせた。


「もう逃げていいか、仕事終了ってことで」

「逃げさせてくれるかなあ」


 この仕事を受けて何度目かのげんなりした空気を出していると、グレイが手招きをした。


「二人とも、こっちに一般研究員にも知らされていない、非常用の隠し通路がある。ここから脱出しよう」

「なんでオッサンが知ってるんだよ」

「隠された道や部屋を探すのは得意なんだ。それではメガロくん、またな」


 オレらはともかく、体中をチューブで繋がれている実験動物である大子は逃げられる状況ではないので、本人も特に気負うことなく手を振っていた。


「大丈夫なんですか?」


 エリザが置いていくことを後ろめたいのか心配そうに聞く。

 

「なあに、ここの研究員たちが反逆罪になったとて、ただ実験の被検体として連れてこられたメガロくんに罪は及ばないよ」

「よかった」

「ただ私らは機密保持のあれこれで消されるか監禁されるか」

「早く逃げるぞ」


 オッサンの先導で脱出路を進んだ。これだから暗黒メガコーポの仕事は無駄にリスキーなんだ。


「しかし、オッサン。なんでまた今日は付いてきたんだ? 存在理由がオレらを脱出させるためのお助けキャラか?」

「ふふふ。まあ、私にも利があるようにしたのさ」


 言うとオッサンはサイドバックからちらりと、寿司が2貫だけ入った小型のタッパーみたいなのを見せた。

 

「……歳不鮭の寿司じゃねーか! どさくさに紛れてパクってきたのか!?」

「メガロくんは実験で食べることができたからいいけれど、姉妹二人にもお土産が必要だろう?」


 そこらの権力者が金を積んでも手に入らない、幻の魔物で作られた、恐らく効果が増大されている寿司。

 それを手に入れるためにグレイのオッサンは実験の話を聞いて連れのように合流し、研究員たちが興奮して盛り上がっていたときに、オケアノスで厳重に保管されている切り身を入手するようさり気なく持ちかけた。

 後は当然ながら騒ぎが起きるので(ひょっとしたらオッサンが情報漏らして警備部を呼んだのかも)、どさくさに紛れて寿司を手に入れていた。

 しかしまた、リスクの高い話だ。バレたらオケアノスに狙われるだろう。下心ありのパパ活おじさんか?


「オッサン、泥棒に巻き込むなよ。オレとエリザは何も関係ねえからな」

「もちろんだよ! だけど見なかったことにしてくれると助かる。はい口止め料」


 キャバーンキャバーン。今夜のパチ代がオレの口座に振り込まれた。


「へへっ……旦那もお人が悪い……あっしは何も知りませんぜ」

「アルトくんが三下みたいな台詞を吐いてる!」


 ま、何にせよ関わらねえのが一番だ。オッサンはもう危ない橋渡りすぎてスリル馬鹿になっているから暗黒メガコーポからも容赦なく盗みを働くんだろうが……そこまで自暴自棄にはなれねえわな。


「アルト青年みたいな何度も死にそうな目に遭いながらも冒険者続けているのもかなりスリルで頭が馬鹿になっていると思うよ」

「オレのモノローグを読まないでくれるかオッサン」



 *******



 それから数日後、エリザには謝礼金と音速マグロが一尾送られてきたらしい。ウリンもホクホクの報酬だった。なにせ、前はフェアだけで億の銭を稼いだ魔物だからな。

 どうやら研究部もいい感じに揃えた研究データと引き換えに赦免され、今は取ったデータを元に研究を進めているらしい。

 そもそも魔物の肉自体が、酢や米(糖分)と組み合わせることでなにかしら変化が起こるので、今すぐどうしてもエリザの包丁が欲しいというわけではなく、できれば今後も協力して欲しいとのことだ。

 

 オッサンから、ゴルゴン姉妹が実験の報酬として外出許可を貰って三人がゲーセンで遊んでいる写真が送られてきた。今回一番得したのはこいつらかもな。寿命も伸びただろう。


 あとオケアノスの常備出されている、特定異物捜索依頼で命名『わさび丸』という包丁が一億エレクの値段で出されていた。

 

「……とりあえず、店の警備はもっと厳重にした方がいいと思うぜ。アホが襲ってくる可能性が高まったから」

「センセイが警備用のメカルスを改造してくれるって」

『見てくれアルト。メカルス改造プラン1フルアーマーメカルス! 対戦車ロケットを弾き返す装甲だ! プラン2電子戦特化型アルミホイルメカルス! 探知能力に優れドローン攻撃も防ぐぞ! プラン3拠点攻略用重装備デンドロメカルス! プラン4三体合体……』


 意気揚々とタブレットに表示されているメカルスの改造用3D画像を見せてくるセンセイ。日々、ネットから取り寄せた道具や兵器のデータをビルダーに流し込んで生成できる品を増やしているので、こうして実際に作るのが楽しみになっているようだ。

 そのメカルス、レンタル品だったよな……改造して大丈夫だろうか。


 まあいいか。うん。センセイに任せるわ。




異物『わさび丸』

効果:魔物に含まれる薬効・毒性を高める。実質素材のレアリティアップの超便利アイテム。

   ただし一般人が使用すると変化率は一桁%台の微増。プロの料理人が使うと30%前後。最上級寿司職人が扱うと100%増加。機械が使うと変化無し。

   使用者の腕前も必要だが、精神エネルギーを使って増幅している。(エリザの言うところの慈悲の心)なので腕がいい料理人でも心が籠っていないと変化量が極端に減る。

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― 新着の感想 ―
デンドロメカルスを映像化して欲しいです!
こんな全方位にイカレた世界でも、(高野連と特別に親しい仲ではない高校所属の)高校球児は墨入れてパチンコ打っただけで出場取り消しになるのか
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