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#1

 コツ、とハイヒールが裏路地との境界へと踏み込んだ。


 黒髪の女性はもう一度セルフォンの画面と向き合って、一つ息を吐いてから、その闇の奥へと足を進める。


 新聞紙を被って寝こけているミドルを横目に路地を進み、二つ目の角を右に。それから、一つ先の角を左に。そして、三つ先の角を曲がって道なりに行き、突き当たりにある扉を叩く。


「…………ここか」


 女性はセルフォンをパンツのポケットにしまうと、肩にのった長い髪を払ってから堂々とした手つきでノックをした。すると、きしみながらドアが開き、ガタイの良い日に焼けた男が中から顔を出した。


「用件は」

「青いクジラから、帰ってきました」

「ご苦労さん。じゃ、帰っていいぞ。迷子にならねえよう、来た道をそっくりそのまま引き返すんだな」


 日焼けした男は雑に手を振ると、すぐに扉の奥へ引っ込んで行った。女性は戸惑ったのか数秒その場に立ち尽くしていたが、まもなく言われた通りに踵を返した。


 一見して人の通れる分かれ道のなさそうな路地を道なりに歩き、最後曲がった角を目指す。その足に迷いは見られない。コツ、コツ、とヒールの音が砂利ついたミドルの空気に響き渡る。


 ようやく目的の個所までやってきたか、というところで、女性は僅かに眉を揺らした。


 人の気配が、三つ。明らかに、自分を待ち伏せしているかのようだった。


 こんな込み入った路地裏でおいそれと肩を組んで集団で行動するのは、新参の犯罪組織くらいである。呆れた様子で女性が軽く肩を落としていると、しびれを切らした相手が壁の向こうからのっそりと姿を現した。


「あーあ、こんな美人さんが可哀想に」

「おいおい、馬鹿言え。お前がさっき一番ニヤついてたじゃねえかよ」

「まあ、気持ちはわかるが。こんなに綺麗なお顔ならいくらの値がつくか……ヒヒッ」


 品定めするような眼つきで女性を見やった三人の男たちは、さぞ嬉しそうに口角を持ち上げながら、女性との距離を縮めていく。彼女が一歩後ずさろうとしたところで、今度は後ろから聞き覚えのある声がした。


「帰っていいぞ。……帰れるもんならなあ?」


 最低限の振り向きで背後を確認した女性は、眉間にしわを寄せた。先ほどの日焼けした男が、背後を塞ぐつもりらしかった。


 先ほどの彼らの言葉を聞く限り、やはりあのアプリには人身売買の組織も一部関与しているらしい。ある程度予想していたとはいえ、この街とは嫌に相性が良すぎる。女性は青いクジラのアイコンを思い浮かべ、浅くため息をついた。


「……おい。べちゃくちゃ喋ってねえで、さっさと捕まえろ!」


 リーダー格らしき背後の男がそう声を欠けると、くすくすと下卑た笑い声をあげていた三人組は一斉に女性に向かって襲い掛かってきた。


 武器はなし。やはりできるかぎり商品に傷はつけたくないらしい。となると、狙っているのは気絶か。だが、少なくとも今攻撃を仕掛けてきた三人に関しては、特に武術などに特化しているとも思われない。であれば、おそらく――――。


 女性は冷静に分析し終え、相手の取り出すものを叩き落とそうと手刀をかまえた。


 その時だった。


 一人の男が急に発作がぶり返したかのように、ばたりと前のめりに倒れ込んだ。地べたを這う四肢は時折痙攣しており、突如様子が急変した仲間に他の者たちも目を奪われる。


「おいおい。レディにはもっと手厚いエスコートが必要だろ?」


 姿を現したのは、癖のある茶色い髪を後ろで低く結んだ男性だった。カーキのシャツに黒のパンツ、足元には年季の入っていそうな革靴。ジャケットはないようだが、あるいは首元のネクタイがしっかりとした印象を持たせるのかもしれない。


「……何者だ、手前」

「いやあ、邪魔して悪いね。ただの通りすがりなんだ」


 日焼けした男の声に、その男性はへらへらと笑いながら返す。


 すると、その背後を目掛けて先ほどまで唖然としていた男が腕を大きく振りかぶった。が、それを見向きもせずに最低限の動きで避けると、男性はそのまま腕をひっつかんでリーダーの男の横めがけて投げ飛ばした。憔悴しきった様子で続けてもう一人の男もスプレー缶を手に取って構えたが、それは虚しく革靴に蹴り飛ばされ、路地にカランコロンと軽い金属音が響く。その音に呆気に取られている間に、もう一方の長い足が後頭部に直撃し、男はその場に崩れ落ちた。


「……さて。お兄さんはどうされます?」


 男性はネクタイの結び目を軽く引き下げながら、相変わらずにこやかな口調でそう問いかけた。じ、と僅かに靴擦れの音がして、彼がタイミングをうかがって目の前の男から逃げ出そうとしているのは明白だった。


「この男に選択肢などあるはずがないだろう。大人しくしておけ」

「なっ……!?」


 男が動き出すより先に、カチャ、と別の金属音が鳴った。男は目を見開いて、片手首にぶらさがる手錠を見つめる。それを仕掛けたのは、男が三人組と戦っている間にひっそりと日焼けした男の背後に迫っていたあの女性だった。


「お前、ポリスか……!?」

「いいから、黙ってもう片方の腕も出せ。……言っておくが、今ここで私に捕まっておいた方が幸せだぞ。彼らに目をつけられたら、きっと命がいくつあっても足りないだろうからな」


 女性が疲れた視線を送ると、男性は壁にもたれて煙草をふかしながらひらひらと手を振った。相手は単独で動くほどの実力があるポリス、それと、よく分からないがやたら喧嘩慣れしていそうな一般人(?)。まさか、わざわざ逃げ場の少ない路地を会場に選んでしまったことが自分を追い込むとは思いもしなかっただろう。勝ち目がないことを理解したリーダーらしき男は、黙って脱力しその場にうなだれたのだった。

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