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コーグリッシュ侯爵

 聞くのを戸惑うような仕草をしたおじ様とは反対に、母様は何も気にしてなどいないように返事をした。


 けど、え?今なんて言った?


 母様の言った言葉を頭が処理した途端にわたしはバッと勢いよく母様を見上げた。


 あなたとの子?てことはまさかこのお金持ちそうなおじ様がわたしの父親!?貴族!?わたしの父親が!?


「うそ!!」


「まあ、ロゼったら。わたしは嘘なんかつかないわ。それに、こんなにあなたたちはそっくりじゃない。」


 おかしそうに笑いながらわたしの頭を撫でる母様の白い手。

 確かにおじ様とは髪がお揃いの赤毛だけども、そんなに似ているだろうか?

 わたしはこんなにダンディーじゃない。


 上客だと思って声をかけた人がまさか自分の父親だったなんて。

 母様に撫でられながら、チラリと伺うようにおじ様をみたが、その途端わたしはびくりと肩を跳ねさせた。

 おじ様が目を見開いて私をものすっごい凝視していたからだ。

 ただでさえでかい目がこぼれ落ちそうなほど見開かれている。こ、こわい!!だけど、一度目が合ってしまえばもはや反らすことは逆に勇気がいる。だって瞬きも忘れたみたいにがっつりみてくるから!

 母様の腕にしがみつく力が自然と強くなる。

 そんなわたしを助けるためか、それともただ単に話を進めるためか、母様はおじ様のその異常な光景を全く意に介することなく話しかけた。


「ところでロナウド、今さらこんなところまでどうしたの?爵位を継ぐからにはここにはもうこられないって言って何年たつかしら?没落でもしたの?」


 無邪気に失礼なことを言ってしまう母様はすごい。おじ様はわたしを凝視したまま母様に返事を返す。いや、そろそろ勘弁してほしい。ほんとに。


「たまたま視察で近くを通ったんだ。あのころは私の身勝手な理由で君に失礼なことしてしまったと思い、君がまだいるなら謝罪をしようと思ってね。」


「そうかしら?特に気にしてはいなかったけれど、だけどやけに今さらね?」


「私も歳をとった。家族もいる。守るべきものがある以上、今なら君に会ってももう心を乱されることもないとそう決意してきたんだが…。」


 そこで言葉を切ったおじ様は、少し身をのりだし、そして母様の腕に絡み付くわたしの手をとって両手に包み込むようにして握りしめた。

 驚きで思わず固まる。


「ああ、まさかあのときに君が私の子を身籠っているだなんて…。どうして教えてくれなかったんだい?」


「わざわざ教える必要性を感じなかったもの。」


 花街では父親がいないのは当たり前のことなのだ。子ができにくいように薬師からそういうお茶もみんな飲んではいるが絶対ではない。

 仕事が仕事だから、娼婦が身籠るのはそこまでめずらしくもない。

 女の街だから、産んだからといって邪険にされることもなくみんなが可愛がって育ててくれる。そのため、父親という存在はそこまで必要なものではないのだ。


 母様の言葉に悲しそうに眉を下げたおじ様。


「私には必要なことだったよ、レイヤ。私の娘だ。」


「別に気にする必要はないわ。この子はわたしとこの薔薇園の子供よ。」


「私の子でもあるだろう?」


 どこか決意をしたようにそう告げたおじ様の様子に、今までにこにことおじ様と会話をしていた母様の顔が少し歪む。

 眉を潜めてじっとおじ様をみつめた。


「まさか、わたしからこの子を奪おうだなんて言わないでしょう?」


母様がわたしを引き寄せる。


「そんなことはしないよ。ただ、知ってしまった以上、私は君たちをここにはおいておけない。」


「心配しなくても誰にも言わないわ。」


「レイヤ、君に虜になってしまった私が言うのもなんだが、私は自分の娘が男に体を売るだなんて許容できないんだ。」



 どこか厳しい目付きをするおじ様を睨み返す母様。

 いつも妖艶な笑みを浮かべる母様にしては珍しい。


「ロゼを我がコーグリッシュ家の娘として引き取りたい。彼女にはしかるべき場所で学び、何不自由なく生活させることを誓おう。もちろん、君もだ、レイヤ。」


「今日ロゼに出会わなければそのままだったくせに今さら父親面しようというの?花街はけっして不幸な場所ではないわ。」


「だけど出会ってしまった。今からで構わないんだ、父親面させておくれ。そして君もまた彼女の母親として必要だ。」


「……」



 ぎゅっと手を握られたままのわたしは自分のことを話されているのはわかっていても、その話に入っていくことはできなかった。

 おじ様に手を握られ、母様には抱き寄せられ、身動きができない状況である。


キョロキョロとおじ様と母様の顔を何往復も見たところで、かあさまがふぅ、と艶っぽいため息をはいた。


「年増といっても私とロゼの身請けは高いわよ?ロナウド」


 母様のその言葉に、どこかホッとしたような顔をしたおじ様は、目尻にたくさんのシワを作って笑った。



「これほど私が侯爵で良かったと思う日はないだろうな。」
















 というやり取りがあったのがちょうど3日前の事だ。


「また来るよ。」


 そう言っておじ様が出ていったあと、わたしは母様にたずねた。


「わたしたち、花街からでるの?」


 今までわたしは花街から出たことはない。

 一生でないものだと思っていたし、出たとしてもどこかの愛人かなんかだろうと。

 だけどまさか、花街で売りに出す前にここからでることになるだなんて信じられない。そしてずっと今までここで暮らしてきた母様がここからいなくなるなだなんて想像もできない。


「そうねぇ、そろそろわたしもからだが衰えてきたから、たくさんの人の相手をするのに疲れてきちゃったし。」


 その言葉に何故だかわたしはショックを受けてしまった。


 薔薇園のレイヤが衰え…。

 なんだか聞きたくなかった言葉だ。


「ロゼ、貴族になるから今よりたくさん贅沢ができるぶん、きっと我慢することも増えるわ。娼婦の娘だなんて知られればまわりの目も厳しいだろうけど、でもね…」


 そこで言葉を切った母様。ショックからまだ立ち直りきっていない状態のまま、母様の緑色の瞳を見つめる。


「ロゼ、男を手玉にとってしまえばこっちのものよ?」


「おとこ?」


「ロナウド…あなたのお父様も貴族も使用人も男に媚を売っておいてなんの損もないわ。心しておきなさい。私たちの生き方は、花街も外の世界もそう大きくは変わらないということを。」


「…う、うん!」



 わたしはその後、おじ様の護衛であるギルバードの相手をしたねえ様のもとにもどり


「ただ、無言でお茶飲んで金をおいていっただけよ、あの人」


と言う話をきき、次の日はいつも通りねえ様の身の回りの世話をしたりしていたのだが、あの日から3日目の今日。

 ねえ様のお茶の準備をしていたわたしを呼び出したのはどことなく機嫌のよさそうな女将さんだった。


 その光景にねえ様と一緒に気味悪がり、わたし一人女将さんにつれられて広めの部屋へと連れていかれた。

 団体様用の広めの部屋にはいれば、そこにおかれた椅子に3日前のおじ様、もといお父様(母様にそう呼べと言われた)が優雅に座っていた。その後ろには護衛のギルバードさんが相変わらず今にも人に切りかかってきそうなほどこわい顔をして立っている。


「やあ、ロゼ会いたかったよ!」


 わたしが部屋に入ったことでわざわざ立ち上がり両手を広げたお父様に、わたしはドン引いた。

 え?なんでいきなりそうなった。もしやわたしはあそこの腕の中に飛び込んでいかなければいけないの?

 まだ今日を入れても2回しか会ってないけれどさっそく親子の仲を深めなければいけないの?


 反応に困り立ち尽くすわたしを見て、やはりお父様は自分の胸にわたしが飛び込んで来てくれるのを期待していたらしい。あからさまに残念そうに眉尻を下げた。


「ああ、すまない。念願の娘だから1人舞い上がってしまった。」


「…ご、ごめんなさい。まだ実感がわかなくて。」


「いや、いいんだよ。子供が男ばかりだからね、女の子との距離の取り方がわからないんだ。」


 苦笑を浮かべたお父様は「迎えに来たよ、ロゼ、今日から君はコーグリッシュ家の令嬢だ。」

そう言って傍らに置いてあった箱を開けて中から今まで見たこともないような上品なドレスを取り出した。


「さあ、隣の部屋でこれに着替えて。馬車を待たせてある。」


「え?」


 状況を理解する前に服と女将さんとともに隣の部屋に押し込まれ、女将さんにお待たせするんじゃないよ!と今まで着ていた服を剥がれ真新しいドレスに着替えさせられる。


 え?え?え?


 混乱していれば気がつけばわたしは馬車の目の前にいつも以上に着飾られて立っていた。

髪も整えられ、今まで着たことがない肌触りのいい服を着て。








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