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赤毛のおじ様

「甘いものが食べたいわ。」


 ねえ様のその一言からわたしの人生は大きく変わることになる。





 娼館、薔薇園にはお菓子はあまりない。

 お菓子などの甘味が高価なもので、貴族たちや裕福なものたちしかそうそうには食べられないものだからだ。

 だけど娼館にいると、まれにその甘味を味わうことがある。

 貴族の客が、ねえ様がたにご機嫌とりとして手土産にもってくるからだ。

 その甘味を、前に母様から分けてもらったときは、この世にはこんなに幸せになれる食べ物があるのかと感動したのを覚えている。


 そんな甘味を食べたいとわたしがお世話しているねえ様がポツリと呟いた。

 人気の娼婦になればなるほど、娼婦としての値段が高くなるので貴族の客は増えていく傾向にある。

 そのため、それに連なって甘味はもちろん身なりも高級品が増えていく。


 母様なんかがいい例である。

 母様はほとんどの客が貴族か、大商人だ。

 まあ、貴族といってもあまり位の高い貴族は娼館などには普通はこない。



 甘いものが食べたいと溢したねえ様は、それなりに人気はあるが、まだまだトップに躍り出ることはない。

 そのため、そうそうに甘味にありつける機会がないのだ。

 わたしはずるいかもしれないが、よく母様のおこぼれがもらえるので、そこまで甘味に飢えてはいない。


「ロゼ、ちょっとあんた、身なりのいい客をひっぱってきてよ。」



「そんな都合よくみつからないよ、ねえ様。」


「んー、もうなんでもいいから引っ張ってきてちょうだい。退屈すぎて眠たくなってきたわ。」



 今日、ねえ様は客足があまり思わしくなく退屈そうに椅子に座って頬杖をついていた。

 花街というだけあって、薔薇園以外にもここらには娼館と娼婦が多いのだ。

 他の店に客を取られないためにも客引きはとても重要である。


 娼婦自らが表通りにでて、客になりそうな男性に腕を絡めて客引きをするのはもちろんだが、見習いがついている娼婦は、それを勉強ついでに見習いにさせることもある。

 まあ、まだ身体を売るわけではないのでお色気攻撃はあまりしない。


 もちろん見習いであるわたしも客引きはよくねえ様の代わりにすることも少なくはない。



「金を持ってそうなやつを狙ってきてね!!」


よろしく~、と手をヒラヒラふってねえ様は頬杖をついたままわたしを向かわせようとする。


「はーい」


 とりあえず返事をかえしたものの、そうやすやすと金持ちな客を捕まえられればわたしたちは甘いものに飢えることはないのだが、ねえ様もそのことは重々わかっていることだろう。

 だが、さすがに客足が少ないと女将さんの当たりが強くなるため、仕方なしにわたしを客引きにいかせるのだ。



 ねえ様のためにも少しでもいい客を捕まえてこようと決心し、わたしは表通りへと向かった。




 薔薇園からすぐでた通り。

 そこの前には数人の見習いとねえ様がわたしと同じように客引きをしにきていた。


 わたしと同い年の見習いはいないので、自然と見習いはわたしとわたしの1つ下の子達だけになる。

 そのなかには、脱走常習犯のカーリャたちもいる。


 かわらず、たびたび脱走を繰り返すカーリャにねえ様と女将さんも、更には探しにいかなければいけないにい様がたも手をやいている。

 ここまで頻繁に脱走する子もめずらしいそうだ。


 カーリャがつかえているねえ様も、カーリャが見習いの仕事を嫌がって真面目にやらないし、すぐに逃げ出すものだから苦労が絶えないらしい。

 人がいいねえ様だから、見ているこっちがどうにかしてあげたいくらいだ。

 まだ、気の強いねえ様についていれば話も違ったのかもしれないが。



 この場にカーリャはいないが、同じ薔薇園の仲間といえど他のひとたちにいい客をとらせるわけにはいかない。

 ねえ様のために捕まえなければ!と、握り拳をつくってわたしは気合いを入れた。






 結果はそうよろしくはない。


 貴族がこんなところへくるのもそう多くはないのに、そんなレアな貴族がわたしなんぞの発展途上の小娘の客引きにひっかかるわけがないのだ。

 豊満で美しいねえ様がたが、次々と客を捕まえて腕を組んで消えていく様子に歯軋りする。


 大変だ。このままではいけない。


 まわりにはまだ客引きに苦労している見習いたちがいるが、まれに客をつかまえていつの間にか消えている子はいる。


 もうここはなりふりなんて構っていられないかもしれない。

 わたしがこんなところで時間を浪費している間にも、ねえ様の時間も浪費されているのである。




 そんななか、見るからに上等な服を着ている男性が目のはしに止まった。

 こんなところに気まぐれにくる貴族たちよりも品のいい服だというのはひと目でわかる。

 そうそうお目にかかれないめずらしい大物だ。貴族のなかでも位が高いのだろう。


 めずらしい上流貴族の存在にみんな気づかないわけがない。しかし、上流貴族とは未知の存在すぎてみんな声をかけるのを戸惑っている様子だ。

 もしかしたら「汚らわしい」の一言で切り捨てられるかも知れない。

 その一端となっているのが、高貴な男性の一歩後ろを歩いている護衛のような目付きの悪い男性だ。

 腰に剣をぶら下げている彼は、主に近づくやからがいようものなら今すぐにでも切り捨てるぞ!というようにまわりに目を光らせている。


 あんな男がちかくにいればみんな声をかけるのに躊躇してしまうのも仕方がない。


 何故あんな上流貴族が花街になど来たのだろうか。やはり、女を買いに来たのか。




 少し迷うようにわたしは回りを見渡し、みんながチラチラと貴族の男性を横目にほかの客に声をかけているのをみた。

 そして私は決心する。


 よし、わたしが行く!ねえ様のために!



 幸い、子供のわたしをいきなり切り捨てるなどと物騒なことはしないだろう。

 まあ、殴られるかもしれないが、だけど捕まえればねえ様の名前と薔薇園の名前がうなぎ登りに売れるのは間違いない。



 一度深呼吸をしてからわたしは駆け出す。


 シルクハットを深めに被ったおじ様のところへ。






 わたしが走って駆け寄ると、シルクハットのおじ様より先に気づいた護衛の人がすぐさまおじ様の前に出てきてわたしを警戒するように睨み付ける。

 それにわたしも少し怯んで足を止めてしまった。

 その距離数メートル。



 まわりの人たちは、まさかわたしがおじ様目掛けて走るとは思わなかったようでびっくりしたようにこちらをみていて、今まで騒がしかったのが嘘のようにしんと静まり返ってしまった。


 数メートル離れているとはいえ、わたしは護衛の人から睨み付けられていて目がはなせないし、彼は彼でわたしを睨んでいるし、まわりは固唾を飲んでいるしで神経がすり減りそうだ。

 声をかけようとしたことを少しずつ後悔しはじめていると、シルクハットのおじ様が「おや」と楽しそうな声をもらして護衛のひとを押し退けた。


「これはこれは小さなレディ。私に何かようかな?」


「旦那様!不用意に近づいてはなりません!」


「君は心配性すぎるなギルバード。見てみなさい。せっかく私に声をかけてくれようとしていたのに怯えてしまっているじゃないか。」



 咎める護衛の人を押し退けてわたしの前まできたおじ様は、深めに被っていたシルクハットを脱ぎ胸元にあてた。おまけにわざわざわたしと目線を合わせるように少し屈んでくれる。


 シルクハットの下から出てきたのは、目尻に笑いじわが素敵な優しげな赤毛のおじ様だった。


 にっこり笑顔を向けられて、緊張が少しほぐれた。

 安心したような顔を見られたのか、おじ様がさらに笑みを深くする。



「素敵な赤毛だね、私と同じ赤毛でも君のきれいな髪とは大違いだ。」


「ありがとうございます。でもわたし、金髪がよかったわ。この癖っ毛もいやだし。」


「おや、どうしてだい?君にとても似合っているよ?」


「母様はとても綺麗な金髪なの。さらさらしていてとても素敵なの。瞳の色は同じだけど、美人な母様にやっぱり憧れちゃう。わたし、あまり似てないから。」



 思わず愚痴をこぼしてしまった。ハッとして違う違うこんな話をしに来た訳じゃないと思考をすぐさま引き戻した。「君には君の素晴らしい魅力があるよ」と褒めてくれるおじ様に悪い気はしない。



「ところでおじ様はここに何をしに来たの?女を買いに来たのならうちのお店なんてどう?」


 ここからが本題とばかりに今までの話をバッサリ切って切り出せば、その瞬間、朗らかな笑顔をしていたおじ様がその笑顔のままピシリと固まった。


「おじ様?」


 いったいどうしたの?わたしなにか変なこと言った?と不安になり固まるおじ様に声をかけるが、おじ様はまだ固まったままである。

 さてどうしたものかと困っていたら後ろで睨みをきかせていた護衛の人(こちらも少し様子が変)がわざとらしく咳払いをした。


わたしがそちらに目を向けると、どこか戸惑うような様子で口を開く。



「その…なんだ、お前が客をとるのか?」



 その言葉に、ああ!と納得がいく。こんなガキんちょが身体を売ることに驚いていたらしい。

 そりゃそうだ。いくら最近成長してきたとはいえまだまたまわたしは発展途上。


「まさか!わたしのねえ様のために客引きをしてるの!わたしはまだ売り出し前だもん。」


「そ、そうか。そうだよな。」


 どこかホッとしたように息を吐き出した護衛のお兄さんにそりゃそうよ。と大きく頷く。


「あ、でも、来年にはデビューするから、そのときは薔薇園のロゼをどうぞご贔屓に。」


 その言葉には、護衛のお兄さんまでショックを受けたように固まってしまった。

 もうどうしたっていうのか。


 このあとどうすることもできず、わたしは数分間そのまま彼らに声をかけつづけた。


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