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グランペール伯爵邸

お久しぶりです。お待たせ致しました。


 壁にかかる絵画や飾られている価値のよくわからない花瓶などを見ている風を装いながら、わたしたちは目的地もなく歩いていた。


 ときどきすれ違う使用人たちが、ここにいるはずのない私たちをみてぎょっとしたような顔して慌てて頭を下げ道をあけてくれる。

 わたしたちのすぐ後ろに顔を青ざめさせて歩くメイドに非難の視線を無言で向けているのがわかる。


 客人をこんなところにつれてきて、自分達にまで被害がふりかかったらどうするんだという風に。



 しかし、すぐそばにわたしたちがいることで、それを直接的に意見してくるものはいない。おそらく彼女は使用人のなかでもすれ違うものたちよりは身分が上なのだろう。彼女の着るメイド服の方が小綺麗に見える。




 そんなことも考えながら歩いていると、突如わたしのすぐ横の扉がバッ!と勢いよく開いた。

 真横を歩いていたわたしは当然のことのようにいきなり開いたその扉に左の肩と頭をぶつけた。

 一瞬目の前に星が飛んで気がついたときにはバッカス様の胸にたおれこんでいた。そしてすぐにズキズキとした痛みを自覚する。



 なんて無作法な…。



「マリー!?」


「ローゼマリー様!!お怪我はありませんか!?」



 バッカス様が、強打したわたしの肩と頭に傷がないかを確認しながらわたしを支えてくれている。頭の方は絶対たんこぶになっている気がするけど、切れたりとかは無さそうだ。


 だけど、痛いものは痛い。



「な、なにがおこったんですか?」


 貴族のお屋敷で働くものはもちろん、身分あるものがこのような乱暴に扉を開けるだなんてことはありえない。


 だからこんなことがおこるだなんて思いもしない。思いっきりあたった。そりゃ痛いよね。



 混乱した思考で頭を押さえていると「やべぇ」という呟きが少し上の方から聞こえてきた。

 視線だけを向ける形でそっとその声のした方を見てみれば、わたしを見下ろす使用人服を着た男性。

 彼は眉間にシワを寄せて困ったような顔をしながら口元に手をあてている。



「お前!自分が何をしたかわかっているのか!?使用人だろう?いったいどういう教育を受けているんだ!」


 わたしを見下ろすだけで謝りもしない使用人に、バッカス様はかなりお怒りだ。わたしの肩をしっかり抱いたまま睨み付けている。


 服装からして、明らかに身分ある青年に、さすがにまずいとおもったのか、使用人は「あー、申し訳ございません」とおざなりに謝ってくるものだからバッカス様の怒りをさらに募らせてしまった。



「なんだその態度は!」


 はじめてみるバッカス様のマジギレに、わたしも内心びっくりしている。こんな態度もとれるんだなぁと。


「申し訳ございません!彼はまだ入ったばかりで教育が行き届いておりませんので!どうかご容赦を!」


 慌てて間に入ってきたメイドは深く頭を下げたのだが、その後ろで男が「なんでこんなところにいるんだよ」とメイドの気も知らないで小さくぼやいていた。



バッカス様のいう通り、なんて態度なんだろうこの人。平民でも貴族にこんな態度をとる人はそうそういない。どんなに理不尽でも貴族に逆らえば罰せられることがわかっているからだ。


 ということはあまり貴族と関わりがない環境で育ってきたのだろうか。貴族が滅多にこない、そう、たとえばスラムとか、例えば貴族が来たとしても独自の自治を築いている花街のようなところとか。

 

 いずれにせよ、伯爵家に雇われるはずがない育ちだろう。



見つけた。



 ズキズキとぶつかったところはまだ痛いが、それでも口角が自然と持ち上がった。


 無理してここまできたかいがあったというものだ。




「…おいお前今なんと言った?」


 バッカス様が男の呟きを拾ってしまったらしい。


 とてもこわい顔をして立ち上がったので、わたしは慌ててバッカス様の気を引くように腕を引いた。



「バッカス様。私は大丈夫です。そもそもここに来るのを止められていたのは本当ですもの。私がわがままを言ったのだから何かあっても咎める事はできません。」



 下から見上げるようにすれば、眉間にシワをよせたバッカス様が不服そうに見下ろしてくる。

 それににこりと微笑んだわたしは、使用人へと向き直り「少し痛かったですけれど問題ありません」と伝えた。



「ところで、私、顔に傷のある男性を探しているのですけれど、ご存知ありませんか?伯爵家の前で似たような方をお見かけいたしましたの。」


 そういって、ゴートにいさまの傷がある部分を指差した。


 彼の前にいるメイドには目を向けず、まっすぐに扉を開いた使用人にだけ視線を投げかけそう言えば、しばし黙ったあと彼は目をそらした。


「いや、知りませんね~」




 そんな粗雑な返答にメイドとバッカス様の目がつり上がっていたがが、わたしは気にせず「そうですか」と答えた。


 もちろん男のその返答を信じたわけではない。



「では、お見かけたらを教えていただけますか?私、コーグリッシュ家のローゼマリーと申します。もちろんお礼もいたします。」


お礼、と聞いて男の目がキラリと光った。








「バッカス殿!!ローゼマリー嬢!!」



 慌ててこちらに貴族然とした男性が駆け寄ってきた。

 つきだしたお腹にペッタリと髪の毛を整髪材で撫で付けた男性はおそらくこの屋敷の主だろう。


 使用人から聞き付けたのかにぶそうなその体をゆさゆさと揺らしながら懸命にこちらに駆け寄る姿が可愛らしくもある。彼、グランペール伯爵はわたしたちのそばまで来るとすぐそばにいた礼儀知らずな使用人を視界に入れてサッと顔色を青くした。



「…お前!何故こんなところに!お二人に無礼なことはしていないだろうな!?」


「何故と言われましても…。お二方がこちらにくるとはきいておりませんでしたので。ちょーっと開けた扉がお嬢様にぶつかった程度ですよ。いやまさかあんなところにお嬢様がいらっしゃるとは思いもしませんので。」


「なんだと!?」


 男の言い訳混じりの話を聞いて更に顔を青くさせたグランペール伯爵。それにたいし、隣のバッカス様は「ちょっとだと?」と低く呟いた。



「グランペール伯爵、そこの使用人が開けた扉にぶつかってマリーは倒れこんだんだ。それほど乱暴に扉を開けるなど伯爵家に使えるものとしてはなんと無作法な。」


「そ、それは申し訳ない」


「…いえ、グランペール伯爵。私も悪いのです。出入り口で立ち止まってしまいましたので。どうか彼に厳しいお叱りはご容赦くださいませ。そもそも私のわがままが招いたことですもの。」



 さも慈悲深い令嬢を装って笑顔でフォローを入れる。ここで彼を罰せられては困るのだ。ゴートにいさまへの手がかりなのだし。彼の反応から、ゴートにいさまについて何かしら心当たりがあるのだろう。

 それならば、痛い思いをして扉にぶつかったのもその扉を開いたのが彼だったこともとても運がいい。



「遅くなりましたが、お初にお目にかかります。グランペール伯爵。コーグリッシュ家の長女、ローゼマリーでごございます。この度は急な訪問にも関わらず手厚い対応に心から感謝いたします。」



 淑女の礼をし、隣のバッカス様へと視線を向ければ、変わらずムスッとした顔のまま「アシュフォード家が長男、バッカスです。伯爵」と名乗った。

 紳士的な彼にしては珍しい態度だ。それほどに腹に据えかねているというのか。



慌てたように、グランペール伯も挨拶をしてくれた。


「いえ、アシュフォード家とコーグリッシュ家のご子息たちが訪ねてきたと聞いたときは驚きましたが、こんな私の屋敷がお役にたててよかった。

 しかし、この場所はお客様を招くようなところではないのです。下働きの使用人やこのように無骨なものもおりますゆえ、何か見たいものがあったならば用意させるので勝手な行動はひかえていただきたい。」


 笑顔で挨拶をしつつも、しっかりグランペール伯爵に釘を刺された。

 おそらく、心の中では「このクソガキが…」と思っているのかもしれない。私たちのバックには侯爵家のお父様たちが控えているであからさまには非難はされなかったが。



「ええ、私も反省いたしました。申し訳ありません。少しいたずら心がうずいてしまって…。」


「いえ、分かっていただければ良いのですよ。」


 グランペール伯爵は人の良さそうな笑みを浮かべて「では客間のほうへと戻りましょう。妻も向こうで待たせておりますので」とわたしたちを誘導する。



 ゴートにいさまは見つからなかったが、手がかりになりそうな人物とはコンタクトをとることができた。

 ここで渋ってもゴートにいさまを見つけるまでには時間がかかりすぎるし、何より隣のバッカス様がわたしのからだの心配をしていてこれ以上ここにとどまるなは難しいだろう。


 誘導されるまま、バッカス様にエスコートされてわたしたちはその場から歩きだした。


 ちらりと後ろを振り返るとその場に立ったままやる気の無さそうにこちらを見ている使用人の男。

 彼は、わたしからの視線に気がつくと、方眉をくいっとひきあげた。


 目があったので、わたしはにっこりと微笑んだあと人差し指で額を斜めに切るような仕草をした。ゴートにいさまの傷跡を表したジェスチャーのつもりだったのだが、彼にはしっかりとつたわったかしら。表情が変わらなかったからわからない。


 彼があとから報酬目当てにやってくることを願うばかりだ。いや、ああいうタイプはお金が絡むと絶対動いてくれるず!…たぶん。







 そのあと、アンジェラとルシアンがいる部屋へと戻って、グランペール伯爵夫人とも挨拶をした。

 そしてしばらく談笑をしたあとにグランペール邸から馬車へと戻り、わたしたちは帰路へついた。



「マリー、どうだったの!?なにか怪しいものは見つけられた?」


 どこかわくわくした表情でアンジェラに問いかけられたわたしは、バッカス様と顔を見合わせた。


「怪しいもの…それはなかったかしら。」


「まあ、そうなの?なによ、つまらないわね。」


 わたしの返答にすぐに態度を変えたアンジェラは、乗り出していた体をすぐに背もたれに預けた。


「なんだお前たち、あれだけ騒いでおいて収穫なしか?なんのために下手な芝居をうってグランペール家に侵入したんだ。」


 ルシアンが顔を険しくさせわたしを睨み付けてくる。うるさいな。アンジェラとバッカス様はわたしの演技につきあってくれてたけど、あんたはなにもしてないでしょうが。ただお茶を飲んでただけのくせに!



「怪しいものは確かになかったが、とても伯爵家に使えているようには見えない使用人はいたよ」


「ええ、間違いなく教養など学んだことのないような方でしたわ。城下町の方々でも私たちにあんな態度をとるようなものは見たことがありませんもの。」


「そうだね、恐らくとても低い身分のものだろう」



 顔をしかめさせたバッカス様の言うとても低い身分とは、平民よりもさらに下。戸籍すら与えられていないスラム街のものたちのことだろう。ちなみに花街はスラムではないが、花街出身のものたちも戸籍をもらうことはできない。だからこそ、外のルールが通用しない、独自のルールが築かれているのだろう。


 どこかの令嬢や犯罪者が、死んだと見せかけて花街で働いているということもよくある。


「僕とマリーが見たあいつらか?」


「いえ、顔までははっきりとは覚えていなかったので同じ人物がいたのかどうかはわかりません。」


「ちっ。役立たずめ。」


あああん???なんだとこらぁ!?

だったらお前はあいつらの顔全員覚えてるわけ?ねえ!あの一瞬で覚えられるわけないでしょうが!


 という言葉を吐き出しそうになったが、ここにはアシュフォード兄妹がいますのでそんな態度はできません。



「でしたら、バッカス様ではなく、ルシアンにエスコートをお願いすればよかったですね。あなたなら彼らの顔を全員覚えているのでしょう?」


 ひきつりそうになる笑顔を保ったままそう言えばルシアンは「ハンッ」と鼻で笑ったあとに「なぜ僕が身分の低いものの顔を覚えなければならないんだ。ありえない。時間の無駄だ。」と心底ばかにしたようにいいはなった。

 今わたしはルシアンをぶん殴りたいほどには腹が立っている。



「ともかく、グランペール伯爵が何やら悪いことに手を染めているという信憑性がでてきたな。伯爵家ともなれば、身元が不確かなものを雇うなどありえない。」


 バッカス様が、話を戻すように発言したことで、そう言えばゴートにいさまをただ探したいわたしとは違って、他のみんなの本来の目的はそっちだったと気がつく。


 ゴートにいさまへの手がかりを掴めたことでわたしはもう大満足なんだけど、何?またつまらない議論を始めるつもりでしょうか男性諸君。



 またアンジェラとつまらないわね、ておしゃべりでもしようと思ってアンジェラへと視線をむければ、


「探偵みたいね私たち!楽しくなってきたわ!」


とまさかのキラキラした顔のアンジェラに裏切られたのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白い、、! 主人公のロゼの自由奔放かつどこか真面目な雰囲気が好きです。 ゴート兄様が今何をしているのか、そして貴族となったロゼに花街での過去が関わってくるのか楽しみです
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