決行
決行は本日午後。
貴族院から帰ったあとに、わたしはとうとうひとりで降り立つのだ。城下町に!
屋敷から城下町までの距離は歩いていけないこともないが、結構距離がある。わたしたちはいつも馬車で向かう。
だけど、母様の情報によると、しばらく貴族街を歩いていくと城下へと向かうための乗り合いの馬車の乗り場があるらしい。
目印は黄色と赤に二色に別れた布に馬のマークがかかれた旗。その馬の顔が赤色側に向いているのが城下町行き。
城下町から貴族街へとむかう馬車乗り場は馬の顔が黄色側を向いているらしい。
ちなみに貴族街から王城へと向かう馬車もあるにはあるが、この馬車は身分を証明するものが必用。旗は黄色と青だ。
城下町へ向かう馬車は、基本的には使用人たちや平民出身の騎士が休暇のときなどに使うものだ。
よりよい環境で仕事が出きるようにと配慮のもと、お国運営の馬車のため、誰でも乗ることができるし運賃もかからないというとっても便利なものだ。1日に6本走っている。
いったいどこで母様はそんな情報を仕入れたのかと思ったが、一瞬考えてすぐに結論付けた。男だ。
あと少しで城下町へ行くことができる!とわくわくがとまらないわたしはとっても今日機嫌がよかった。
普段から笑顔を絶やさないたおやかな令嬢である自覚はあるが、今日はより一段と愛想を振り撒いていると思う。
今にも鼻歌を歌いだしそう。
「機嫌が良さそうね、マリー。何かあったの?」
そんなわたしをいつも一緒にいるアンジェラが気がつかない訳がない。興味津々で聞いてきたけれど、まさか下町にお忍びで行くなんて言ったら「平民のところにいくなんて穢らわしいわ!」と一蹴されるに決まっている。
間違ってもアンジェラとルシアンにだけはいえない。
「ええ、ちょっと」
そういって肩をすくめてみせると、わたしがそれ以上言うつもりがないと思ったのだろう。アンジェラがいじけたように少し唇を尖らせた。
「まあ、私に隠し事?」
「ちいさなことですから。お気になさらず。」
それ以上言う気はないと迎えの馬車に向かうため、歩きだそうとしたとき、
「バッカス、マリーが怪しいわよ。浮気よ。」
とアンジェラが腰に手をあてて後ろを振り返った。
え、バッカス様?
なんだか嫌な予感を感じながらわたしも振り替えると、そこにいたのはバッカス様とルシアン。
「は?浮気?」
たった今きたのだろう。
突然アンジェラに言われたとはいえ、浮気という言葉を不快に思ったらしい。わりといつでも楽しそうにしているバッカス様の顔がしかめられた。
ルシアンは「なんだ、他の男か?」と楽しそうに口角をあげている。
「ちょっとアンジェラ!そんな誤解を招くようなことを!違います!その前に、私とバッカス様は婚約者ではありません。」
「それじゃ、その緩みきった顔の理由がなんなのか私に話してごらんなさいな。」
慌ててアンジェラにつっかかったが、アンジェラはわたしを見下ろして勝ち誇ったような顔をしている。
この女王様気取りめ!自分の思い通りにならないのが気にくわないわけね!
「何?なんのはなし?」
そしてバッカス様まで近づいてきて問い詰めてくる。
先日、キスを拒否された手前、浮気と聞いてききづてならない様子だ。
やめてやめてわたしの城下町に行く準備の邪魔をしないで!はやく家に帰らせて!
「マリーが今日一日中しまりのない顔をして機嫌が良いのよ。だから何かあったんじゃって、聞いてみたけれど話さないの。」
「それの原因が浮気?アンジェ、それは安直すぎだろう。」
「そうですわ、それに、私に男関係の話があったらルシアンが知らないはずがないじゃないですか。ねえ?ルシアン。」
「いや、僕はお前のことはそんなに興味はない。」
ルーシーアーンー!!!
そこはおとなしく同意してくれれば丸く収まったのに!
ほら!みんなの視線がわたしに向いてるじゃない!
「違います!本当にそんなんじゃないんです!ただ、今日はお母様がおいしいお茶菓子を用意してくれて待っていてくれるそうなので楽しみなだけで!」
本当は違うけど。
だけど目を潤ませて一生懸命に訴えてみればお優しいバッカス様はマリーを困らせるのはやめろといってくださった。さすがジェントルバッカス様。
うそはついてるけど、でも本当に男じゃないのよ。
それはほんとう。
「バッカス、親友として忠告しておくが、あんまりマリーを信用しない方がいいぞ?」
「どういうことだ?」
「そのままの意味だよ。お前はみる目がないからな。」
ルシアンが余計なことを言ったあとにちらっとわたしを見て鼻で笑った。なに?ケンカ?ケンカを売っているの?買うわよ、後で。
「帰るぞ。」
言ってやったぜと言わんばかりに、口角をあげてわたしの隣をカッコつけて通りすぎたルシアン。
とてつもなくしゃくにさわる。
ちなみにルシアンとはいつも一緒に帰っている。
なんてったってかえる場所が同じだ。バッカス様とアンジェラもしかり。
「ごきげんよう、お二人とも。」
スカートの裾を持ってアシュフォード兄弟に挨拶をし、おそらくとっくに我が家の迎えの馬車がきているだろうからルシアンの後をわたしも慌てて追いかける。
案の定、すでに来ていた馬車に二人でのりこみ、乗り込んだ瞬間
ドカッ
「いた!」
後ろからルシアンを突き飛ばしておいた。
思いっきり転んでいた。ざまぁ。
右よし、左よし。前方に………
「ロ、ローゼマリー様!?」
見知らぬ騎士。
グレーのワンピースに緑のフラットシューズ。髪の毛はくせっけをどうにかこうにかひとつにまとめて後ろでくくっているだけ。
平民にしてはちょっと小綺麗で美しすぎる少女な気もするけど素材がいいのだから仕方がない。これがわたしの限界ね。
でもこれくらいなら大丈夫だろうと気合いを入れ直して母様に教えてもらった通りのルートをこそこそと歩いていたのだが、左右を気にしすぎてて前を見ていなかった。
出口までもう目とはなの先だというのに。
わたしはメイドです。今日はおやすみなんです。としらをきって突っ切ろうとおもったのに向こうからはっきりとお名前を呼んでいただいた。
なんてこと…。くそ、この赤毛はすぐにばれる!
「そんな格好でいったいどちらへ?」
しゃべったこともみたこともないその騎士は戸惑ったようにわたしの全身をみて、問いかけてきた。
年齢はアドニスお兄様と同じくらい。
ふむ。相手にとって不足はなし。
ガバ!!!
「な!?ろろろろローゼマリー様!?」
わたしは真正面から彼に抱きついた。
もちろんご自慢の胸を押し付けるサービスぶりだ。
突然のわたしの奇行に顔を真っ赤にしてうろたえる彼。そんな彼に抱きついたまま、わたしは顔を上げた。
「お願い、見逃してほしいの…。」
ぎゅうううっとより強く抱きしめて胸をもっと強く押し付ける。
「な、み、見逃す?なに…を」
「お母様が城下町の焼きがしの味が懐かしいっていっているの。ずっと屋敷にこもりっぱなしで、少しでも元気になってもらいたくて…。」
「まさか、城下にお一人でいくつもりですか!?焼きがしを買いに!?」
密着状態からわたしの肩をつかみバリッと引き剥がされた。
チッ。正気に戻ったか…。
「いけません!護衛のものを連れていってください!」
「あなたはここで誰にもあっていないし、なにも見ていないの。そうでしょう?」
「ローゼマリー様!そんなわけには…!?!?」
こっそりとお忍びで行動しているというのに興奮して声をはりあげる彼のせいで、今にも他に人が来そうな気配だったので早急に黙らせるために唇で口を塞ぐという典型的なことをしてみた。
彼の首の後ろに両腕を回しフラットシューズなので背伸びをする。
目を見開いて固まる彼を薄目で確認して、よし、もう大丈夫だろうと唇を離せば、放心状態になっているのかポカーンと口を半開きにして固まっている。
「あなたはここで誰にもあっていないし何も見ていないの。…じゃないと、私を溺愛するアドニスお兄様とお父様に屋敷の騎士に手を出されたと泣きつきます。」
「…………な」
はっとしたように意識を取り戻したようだったが、何かを言われる前に被せるようににっこりと満面の笑みを浮かべ、彼の腕をとある場所へと誘導した。
「…黙っていてくれれば、今度、続きをしましょう?」
目をひんむいて、ある一点に視線が集中している。
その場所には、自分の手がわたしの片胸をその大きな手が包み込んでいる状態だ。
ピキリ、とまた固まってしまっているのを良いことに、よし今のうちだと「ごきげんよう」とそそくさとその横を走り抜けた。
母様の言っていたように色仕掛けをしようとしたけど、なんだかうまくいかなかったな。
どちらかというと脅しに近い感じになってしまった気がする。まだまだ色気で男を操るには経験不足だわ。
もう誰にも鉢合わせないようにと足早に駆け抜けたおかげで、そのあとは屋敷の敷地内から出るまでに誰とも会うことはなかった。
思わぬ遭遇で少し時間を食ってしまったため、乗り合い馬車の時間までぎりぎりになってしまった。
これに間に合わなければ次に来るのは夕方になってしまうので夕食の時間までに屋敷に戻ることが難しくなる。
なんとしてでも時間に間に合わせなければならないと、お嬢様育ちのせいで体力が衰えてきているが精一杯足を動かして走る。久々にはいたヒールのない靴のお陰で走りやすい。
そして少し開けた道に目印である赤と黄色の旗を発見。
大変!もう馬車が来てる!
何人かが馬車に乗り降りしている様子だったがそれが終わればすぐにでも出発しそうな雰囲気だ。
「そこの馬車まって!!!乗ります!!」
そう声を張り上げれば、馬車にのるところだった最後の女性がわたしに気がついてくれた。そして、御者になにやら話しかけてくれている様子。
ようやく馬車について肩で息をしていれば、その女性が背中に手をまわして擦ってくれた。
「お疲れさま。間に合ってよかったですね。」
目尻にシワのある女性は微笑みながらそういうとへろへろになっているわたしの手を引いて一緒に馬車に乗ってくれた。
中には、わたしたちの他に4人がすでにのって座っていた。
わたしたちもあいているところに腰かけると、馬車はそれを見計らったように走り出す。
「あの、ありがとうございます。あなたが御者に何か言ってくれたんですね」
そうお礼を言えば、その女性は首をふってから「私が言わなくてもきっとまっていてくれましたよ。」と言ってくれた。
なんて優しい人なんでしょう。
そのあとは、なんだか女性の目がチラチラとわたしの赤毛にうつるので、口を開くと墓穴を掘りそうな気がしたので話しかけるなオーラを振りまいて座っていた。
赤毛は珍しい訳じゃないんだけど、赤毛のコーグリッシュ家は有名なので赤毛イコールで繋がると困る。
まさかそこの娘が乗り合い馬車にのっているとは思わないだろうけど。
今度からこの髪を隠す対策を考えなきゃな~と考えていると、馬車は城下町に到着した。




