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色仕掛け

「それで?キスはしたのか?」


「するわけないじゃない!そこでキスしちゃったら後々面倒になるってことぐらいいくらわたしでも分かるわよ。」


「おかわいそうに、バッカス様……。」



 人目につかない我が家の庭で、わたしは仕事の休憩をとっているサンスにときどき突撃する。

 それを分かっていて人目のつかないところで休憩してくれるサンスはやさしい。今や、母様意外に素を出せる大切な存在である。


 そんなサンスに今日も今日とて愚痴タイム。


 ついこの前あった話をしていたのだが、サンスはバッカス様に同情的なようだ。



「当主様のことだ。可愛い娘がお願いすればたとえ同じ侯爵家と言えども許してくれるだろ?息子とも仲がいいわけだし安心と言えば安心じゃないか。」


 何が問題あるんだという顔をしてくるサンスにわたしはあからさまに顔をしかめる。


「ああ見せてやりたいねその顔をあなたに夢中な連中に。お嬢様、今すごい不細工だぞ。」


「失言よサンス!」



 バシッとサンスの頭を叩けば、サンスの被っていた帽子が頭からずり落ちた。


「…いたた、へいへいすんません。」


「嫌よバッカス様と結婚だなんて面倒くさい。わたしのことを好きすぎるもの。」


「……いったいそれに何の問題が?」



 不審げに問われたその質問にわたしは口角を上げてサンスにすり寄った。もちろん自慢の谷間をサンスからよく見えるように角度を調整する。

 下からサンスの顔を覗きこむようにして、あと少しでお互いの唇がくっついてしまう…という距離。



「わたしが誰の娘だと思ってるの?」


 そういってからバッカス様の口づけは避けたくせに、サンスには自分から口づけをする。

 しかし、唇が触れてすぐにガッと後頭部をばかでかい手に鷲掴みにされて引き剥がされた。


 それにわたしは不満げに頬を膨らませる。


「何よケチ!いいじゃない別に減るもんじゃないし。」


「よくない!俺の首がかかってるからやめろっていつもいってるだろ!それに自分の母親を尊敬するのはいいことだが、そんなところを真似しようとするな!」


「こんなに可愛いこが手を出し放題の状況だって言うのに、どうして毎回毎回ご丁寧に説教をしてくるのかしら。」


 そんなところも、ゴートにい様にそっくり。



「勘弁してくれよお嬢様。バレたらほんと、いたずらじゃすまされないんだから。」


 そう言いつつ毎度毎度わたしがキスを仕掛ける度に顔を真っ赤にしてくれるサンス。そんなところが大好きだ。

 ちなみにわたしとサンスは恋仲ではない。わたしが一方的にアタックしてはいるけれど、そもそも花街で育ったわたしには恋人という概念が未だに理解できないのでただサンスが好きだからそれを行動に移しているだけである。


……それに、



 顔を赤くして頭を抱えているサンスを見て満足感に満たされていたが、最近入ったビックニュースを思い出して思わずわたしは顔をしかめてしまった。



「…そんな可愛らしい反応をしているけど、サンス。わたし知ってるのよ?」


「……なんのことです?」



 ススス、とわたしのほうを絶対見ないように視線がずれた!わたしは見た!


 それを見てますますわたしの機嫌が急降下する。

 気にくわないわ。


「サンス、あんた、恋人ができたらしいじゃん?」


「……」


「初ぶってても結局やることはやってるんでしょー?」


「なんのことだか…。」


 バカが!そんなあからさまな態度をとっておいてしらをきるつもりなのか!無理!絶対無理!

 それにわたしはそんなことはさせない!


「城下町に住んでる花屋の娘だっけ?…名前は、確か…ジェンナ。」


 その瞬間、サンスがすごい勢いで立ち上がった。

 そしてものすごい怯えた表情でわたしのことをみてくる。


 ほほほほ、勝った。



「どうやってそこまで調べあげたんだよ!お嬢様はそうそう城下町になんていけないはずだろ!?」


「んふふ、私には妹のことが大好きな城下町で働くお兄様がいましてよ?」


 口元に手を当ててお上品に笑って見せれば、さらに真っ青な顔になる。


「まさか、アドニス様に俺の話を…?」


「アドニスお兄様には優秀な庭師がいるとしかいってないけれど、その優秀な庭師を城下町で女といるのをみかけたというもんだから、それとなく調べてもらっただけだけど?」


 何か問題でも?とお嬢様スマイルを炸裂させる。



「…お嬢様、ジェンナに何かしたら本気で怒るからな?」


 幾分か低くなった声でサンスが怖い顔をしてわたしにそう言った。


 なにやらサンスは勘違いしているらしいけど、わたしが嫉妬にかられてジェンナに何かをすると思っているらしい。


 正直思い上がりすぎだと言いたい。


 だからわたしはあんたと恋人になりたいだとかそういう感情は持ち合わせていないし恋人?はいはいおめでとうって感じなんだけど。

 盛大に自意識過剰だわと言ってやろうとして、わたしはふとひらめいてしまった。



「ねえ、サンス。わたしも城下町にいってみたい。」


 そのわたしの言葉に眉間をよせるサンス。


「行きたいって、城下なんて行ったことあるだろお嬢様は。この前だって旦那様と買い物にでかけてたじゃないか。」


「違うの!お父様たちといくようなところじゃなくて、それに行ったっていってもわたしは馬車とお店の往復をするくらいで、普通の、貴族じゃない人たちが住んでいるところにいきたいの!」


 もちろんジェンナが働いているお店も気になるけど!

 ジェンナも見に行く気満々だけど!



 お父様たちと出掛けるときは、ギルバードがまわりに目を光らせているから馬車からしか見ることのできない、あの賑やかな真っ只中にわたしも溶け込みたい。


 だけど、わたしの言っていることの意味を理解したサンスは慌てて首を横にふった。


「とんでもねえ!無理に決まってるだろ!お嬢様はいくらなんでも目立ち過ぎる。服装も見た目もそんじょそこらの女とは違うんだから、そこらへんのやからのいい獲物だ。」


「そんなことわたしだってわかってる。だからまずはその場に馴染めるような服を買ってきてお願いサンス!」


「服を変えたところで無理だって!」


「バカね、わたしだってつい最近までは平民だったのよ?貴族より、そっちの方が長いんだから!」


「いやそれでも無理だ!」


 無理無理無理!そういってサンスがぶんぶん首を降り続けるもんだから、じとっと睨み付けたあとに「じゃあ、」と口を開いた。


「わたし、このままの服で行く。」


「お嬢様!」


「このままの服でジェンナに会いに行くから!そして言ってやるわ!わたしのサンスに手を出さないでちょうだい!て」


「いやいやいやほんと、勘弁してくださいよ!そんなことに手を貸しただなんてバレたら、俺だけじゃなくて俺の家族だって無事でいられるかわかんねーのに…。」


「……そう言うのはずるいわ。」


「ほんとのことですよ」



 わたしはまだそういう場面に出くわしたことはないけれど、ある程度の地位をもつ貴族は、自分より下の身分のものを処分する権限があるらしい。


 もちろん、無差別などは許されるものではないが貴族が、平民に手を下したとしても罰されることはない。

 まあ、平和でしっかりと王族に管理された我が国の貴族はそんな横暴なことをするものはそうそういないが、自分の身内に何か危険が及ぶことがあれば、いくら温厚な貴族でも何をしでかすかわからない。


 しっかり平民としての自覚があるサンスは、自分達がいつでも簡単に消される存在だということをわかっているらしい。


 花街にいたころはあの閉鎖的な空間のなかでは貴族も平民も密接な関わりがなかったからわたしはそういったことには疎い。


 疎いけど、自分達がまわりを巻き込んでしまう存在であることも一応理解はしている。

 ここにきたばかりの時の厳しいメヒュー夫人からさんざん言われたことだ。貴族とはなんぞや。誇り高きうんたらかんたら……。


 だから平民をなんちゃらかんちゃらする権利を……。


 ああ、あのときのことは思い出したくもない!



 だからそうやって言われてしまうと、わたしのわがままを貫き通しにくくなる。


 ずるい!ずるいわ!



 恨みがましくサンスを横目で睨み付けてみても、サンスの意見は変わりそうにない。なんてこと。わたしの野望がこんなにもいとも簡単につぶされてしまうなんて。



「もとは平民だったっていってもお嬢様はもう貴族なんですから、庶民の真似事はしないほうがいい。城下はここよりずっと治安が悪いからお嬢様には危険だ。」


「……」


「頼むから平民に紛れて城下に行くなんてまねはやめてくださいよ?」


「……」


「…お嬢様?」


「わかったわよ」



 結局真面目男サンスに言いくるめられてしまい、わたしはしぶしぶ返事をする。


 いくら慣れてきたとはいえこの堅苦しい空間から抜け出したいときはある。

 サンスは唯一素ではなせる話し相手だけど、お願いしてくだけた喋り方をしてくれているが、サンスはやっぱりわたしをお嬢様として扱う。


 ちがう、ちがうの!もっとくだけて友達のように気を使わずにはなしてほしいのに。



 このかたっくるしい動きづらいドレスを脱ぎ捨てたい。

 そしていろんなお店を自分の足で歩いて見てまわりたい。










「ねえ、母様は毎日ここに閉じ込められっぱなしで退屈じゃないの?わたしと違って話し相手もいないし貴族院にいってるわけでもないでしょう?嫌にならない?」


 わたしの母様は老知らずなのかしら。


 ここに来て5年近くたってもその美貌は衰えることを知らない。

 何歳かは知らないけど、きっと一般的にはいいお年だろうなとは思う。おまけに15歳の子供がいる。


 それなのに色気むんむんで、花街にいたときよりは露出がほとんどないドレスだというのにこの危険な香りはなんなんだろう。


 これがわたしの目指していた薔薇園一の娼婦だ。


 成長してつるぺたから色気が出てきたわたしですら若さのハンデだけでは勝てる気がしない。


 そんな変わらずわたしの憧れの存在である母様と母様のお部屋でお茶を飲みながら問いかけると、んふふ。と意味ありげに微笑まれた。

 う、美しい。



「ロゼったら、おバカさんね?閉じ込められて退屈なら抜け出せばいい話じゃない?」


「え?」


 ごくあたり前にそう言われてしまって、そっかそうだねと納得しそうになる。


 しかしすぐに、いやいやいやいや、今はそんな自由に好き勝手なところにいける身分じゃないはずだと思い直す。


「…抜け出すって、そんなことできるの?」


 そう簡単じゃないとわかっていても少し期待を持って母様に問いかけてみる。

 そして、母様ははっきりとこう言った。



「色仕掛けよ。」


と。






「ただ頼めばいいじゃない。ロゼったら知らないの?屋敷の警護をしているのはみんな男の人なのよ?」



 後れ毛をかきあげながら「20時から庭の見張りをしているルイスはなかなかにうまいわよ。」という聞いてもいない情報までくれたがそんなことは今はどうでもいい。


「母様ったら、屋敷から抜け出してたの?!ずるい!自分ばっかり!どうして教えてくれないの?」



 いつどこで鉄仮面のメイドが聞き耳をたてているかわからないので、幾分か声を落としながらも母様を問い詰めると、「だってロゼが抜け出したいと思ってるだなんて知らなかったもの。」と言われた。


「お友達もできたみたいだし、お兄様たちとも仲良しだったから、てっきりもう馴染んでるのかと思ったの。ロゼったらすっかりおしとやかになったんだもの。」



 そう言われると、確かに最近は花街に帰りたいとかそんなことは言わなくなったけど、それはもう帰れないんだとあきらめてたから言うだけ無駄だと思っていただけだ。



「慣れてはきたけどやっぱり息苦しいときもあるの!わたしもお付きなしで城下町を散策してみたいわ。」


「まあ、そうだったの。ごめんね?じゃあロゼも今度からは抜け出しちゃいましょう。」


 ね、決まり!と手をあわせて笑いかけられたけど、さあ、抜け出しましょう。いってきます。とはいかないでしょ?



「…抜け出すっていっても、この服じゃ目立つじゃない…。」


 サンスには服の調達を断られたし。


 そう落ち込んでいると、母様はベットの下からどこか見覚えのあるトランクを引っ張り出してきた。

 ああ、花街からここにくるときに母様が持ってきた荷物だ。


 まだ残ってたんだ!


 わたしはお父様に綺麗なドレスに着替えさせられたあとに戸惑うままにつれてこられたので、何も持ってくる暇がなかったけど、母様は小さいトランクではあるもののしっかり荷造りをしていた。



 開けたそのトランクのなかには2着のシンプルなワンピースとフラットなシューズが二足入っていた。


 ここにきたときにはきっとわたしには大きくてきれなかっただろうそのワンピースも、今のわたしなら着られそうなサイズだ。


 母様が、2着のうちのひとつ、うすいグレーのワンピースと緑色の靴をわたしに渡してくれた。

 シンプルといっても、さすがは薔薇園一の娼婦。そんな安っぽいものではない。庶民の中でも、少しリッチな娘に見えるだろう。


「これ、ロゼにあげるわ。見つからないようにかくしておくのよ?」


 そういったあとに、母様が屋敷を抜け出すルートを教えてくれる。


 母様と見張りがいちゃこらする予定の時間である。

 その時間はその場所は穴が開いているので、こっそり抜け出せと。そのかわり、帰りは自分で何とかしろと言われた。


 なんとかって、つまりは、そういうこと。


 さすがに夜は危ないのでもちろん日中。


 常に見張っていたメイドたちも今では結構放置プレイだ。


 夕食の時間までに戻れば問題ないだろう。




 役立たずサンスなんて頼らなくても、こんなに身近に救世主がいた。

 もっとはやくに気づけなかったのが悔やまれる。



 だけど!いける!いける!城下町!



 ぎゅっと母様にもらったワンピースと靴を抱き締めてわたしはくるりとその場をまわると母様にお礼をいってメイドに見られないように足早で自分の部屋へと戻った。




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