貴族院での立ち位置
「あなた、いったい誰に向かって口を聞いているのかしら?」
腕を胸の前で組んで静かに、しかしどこか威圧感を感じる様子でそう発言したのはアンジェラである。
そして凝ったデザインのされた絨毯が敷かれたその廊下に、真っ青な顔でたたずむのは、つい最近までわたしたちと一緒にいつも行動していた女の子のうちの一人。確か、男爵家の子だった気がする。
栗色のふんわりとした髪の毛がどこか癒される小柄で可愛らしい子だ。
「も、申し訳ございませんアンジェラ様!わ、わたくしそんなつもりで言ったわけでは……」
ふるふる震えながら今にも涙がこぼれ落ちそうな目で頭を下げる姿に心から同情する。
いつも一緒に行動していたからといって、何も仲がよかったという訳ではない。
ただ、勝手についてきていただけといえばそうだし、だけどわたしたちもいいように使ってしまっていたのも事実。食事のときに席をとっておいてくれたり、「あの子最近生意気ね。」なんて言おうものなら頼んでもいないのにその子が呼び出されて制裁されていたりする。
まあ、いくら友達ではないといっても、まわりからみたらこの子はわたしたちのいわば取り巻きというやつだろう。
一緒にいることを許したわけでも望んだわけでもないが、拒否したわけでもない。
だから今まで金魚の糞のようについてまわっていたのだろうけれど、それでわたしたちと同じ立場だと勘違いしてしまったらしいこの子はつい言ってしまった。「当然私も混ぜてくださるでしょう?」と。
何に?と言われると大したことはない。わたしがアンジェラの家、アシュフォード家に遊びにいくという、よくある会話だ。
それに
「うらやましいですわ。」
「わたくしも混ぜてくださいませ。」
「アンジェラ様とローゼマリー様は本当に仲がよろしいのね。」
という会話のなかに
「当然、わたくしも混ぜてくださるでしょう?」
と冗談めかして言ってしまったのがどうやらアンジェラの気にさわってしまったらしい。
そんなことで?とわたしは思ってしまうけれど、上位貴族として誇りと自信をもっているアンジェラにとっては男爵家の分際でそう言われたことが気にくわなかったようだ。
そして冒頭に戻る。
現在わたしたちは15歳になった。
3年制の貴族院にはいり、2年目になるが貴族は貴族。いくら建前上、学院内では爵位は関係ないとうたっていても、上の爵位のものに逆らうバカはいない。卒業したあとが怖いから。
そしてわたしたちは侯爵家であり侯爵家のなかでも古株で資産も多いアシュフォード家とコーグリッシュ家であったため、入学したころから他からの対応が全く違った。
おまけにアシュフォード、コーグリッシュ共にふたりずつ同時に入学してくるのだから同じ学年の子たちには本当に同情する。やりにくいだろうに。
それでもがんばって取り入ろうと努力するこたちをわたしは評価するよ。鬱陶しかったけれど。
男爵家の令嬢を冷ややかに見つめるアンジェラの後ろからその様子を他の取り巻きの子達と一緒に見つめるわたし。
正直すごくこの場をさりたい。
だって、どこからどうみても悪者はこちらだ。ただでさえ貴族主義のアンジェラやルシアンのせいで下位貴族のものたちからはあまり印象がよくないというのに。
確かにあのこも貴族としてはあまり言葉がよくなかったかもしれないけど、こんな目立つ廊下でそんな大々的にせめなくても…。
ほら、あつまってきたまわりの視線が痛い…。
「…アンジェラ、わざわざ足をとめることではないでしょう?捨て置きましょう?私、足が疲れましたわ。」
ふぅ、とわざとらしく頬に手を当てて困ったように自分の足を見つめれば、お手を…とすぐさま隣にいた令嬢が手を差しのべてくれる。
「まあ、ありがとう。だけど必要ありません。すぐに移動しますから。」
それに足は全く疲れてはいないからね。
手を引っ込めた令嬢にもう一度笑顔を向けてから、わたしを見ているアンジェラに視線を向けて、今やわたしの安定の顔となっている笑顔のまま、口を開く。
「もういいのではなくて?その子も反省しているようですし、二度とそんな愚かな発言はしないでしょう?ねえ?そこのあなた。」
そう言って首を傾げて男爵家の娘に同意を求めると、ガバっと顔を上げて「もちろんでございます!本当に出過ぎた真似を!申し訳ございません!」と声をあげた。
「ほら、アンジェラ。そう言っているのだし許してあげましょう?」
「マリー、あなたって本当に甘いわ。」
「ふふ、そうかしら?わざわざその子のために足を止めるなんて優しいアンジェラ。もう行きましょう?ルシアンが待ちくたびれて声をあらげるのが目に浮かびます。」
「そうね、ルシアンの機嫌が悪くなると面倒だわ。」
お前が言うな。とは思ったけど、もちろん今はそんなこと言わないよ。
顔をしかめてため息をついたアンジェラはその子のことをひと睨みするとわたしに行きましょう、と声をかけて歩き始めた。
わたしもはい、と返事をして歩き出せば、今まで回りで見守っていた取り巻きたちもほっと息をついてからいつも通りわたしたちの後をついてくる。
そこでふと、わたしは思い出したかのように足を止めて振り替えれば、あわてて取り巻きと一緒にわたしたちについてこようとする男爵家令嬢に「そこのあなた」と指を指した。
まさかわたしに呼び止められるとは思っていなかったらしいその子はびくっと肩を震わせて立ち止まりどもりながらも返事をした。
「あなたはもうついてこなくてよろしくてよ?…二度と。」
にこりと先程とは変わらない笑顔で伝え、そのあとは一度も振り返らずに足を進めた。
つゆをかえす一瞬、顔を先程と同様に青ざめさせた令嬢の顔が見えたけれど仕方がない。
アンジェラと一緒にいる以上わたしも割りきらなくちゃいけないし、アンジェラに比べると優しい罰だと思うわ。
そう納得して歩を進めていれば
「マリーは甘いのか甘くないのかわからないわね。」
と満足そうな顔をしたアンジェラがいた。
わたしの行動はやっぱり間違ってはいなかったみたい。よかった。
「遅いぞ。お前たち」
取り巻きたちと学食の入り口で別れ、目的の人物のもとまで来ると、案の定頬杖をついて不機嫌そうにこちらを睨み付けるルシアンがいた。
「お行儀が悪くてよ?ルシアン」
そんなルシアンにふんっと鼻で笑ったアンジェラは、機嫌が悪いルシアンなど全く気にもしないで同じテーブルの席につく。
「遅くなりました。申し訳ありませんバッカス様。」
それに対し、わたしは眉を下げてバッカス様にだけ謝ると、アンジェラの隣に座る。
「いいや、言うほど待っていないよマリー。君は今日も可愛いね。」
「おい、マリー。何故バッカスにだけ謝罪をするんだ愚妹め。」
「ルシアン、お前はいつもいつも態度が悪いぞ。いくら妹とはいえ女性に対する態度じゃない」
「まあ!聞いたかしらマリー!バッカスがこんなことを言うなんて私に対する自分の態度を自覚していないのかしら?」
「アンジェ、君って奴は本当に…」
マリーマリーマリー。
いつの間にかわたしの愛称になっていたマリー。
ローゼマリーなのだから、誰かひとりくらいロゼと呼んでくれても良いものなのに、今では母様以外わたしをそう呼ぶひとはいなくなった。
だからといって傷心しているわたしはもういない。
花街でのわたしロゼと、貴族になったローゼマリーとは別人なのだから。ロゼと呼ばれると、それはそれで花街のことを思い出してよくない。
もしわたしがロゼのままだったなら、今ごろはとっくにお客をとっている年齢だ。だけど、いまだに誰にもからだを明け渡してはいないのだから不思議だ。
きっと花街で年の近かったこたちはみんなお客をとっているのに置いていかれた気分だ。
いったい今は誰が売れっ子なのだろう。
本当ならわたしが母様のように売れっ子になる予定だったのに。
花街をでて5年以上もたてばきっともうそこは別世界。
花街から出たことがなくて、理解できなかったことも、今のわたしならわかる。
あそこは世間ではあまり印象の良くないところだということも学んだ。わたしと母様が花街出身だと言うことを絶対に他言してはいけないとお父様に言われた理由もわかった。
おそらく、それがバレれば、アンジェラをはじめ、お兄様たちですらわたしたち親子を蔑ろにするかもしれないということは想像できる。
だからといって、育った場所を嫌いにはなれないけれど。
未発達だった体も15歳になれば、出るところは出てほとんど大人のからだと同じになる。
まだ成長の余地はありそうだが、嬉しいことに、スタイルは母様譲りのナイスバディ。
ドレスでどんなにかくそうと思っても見えてしまう谷間。首のしまるタイプのドレスはダサいのできないけど。
男性の視線がそこに集中しているのは不快感どころか気分がいい。
参加するにつれて慣れた社交界では、アンジェラとわたしは黒いバラと赤いバラと呼ばれるほどに男性たちから高嶺の花として想いを寄せられる存在になった。
それほどに自分で言うのもなんだが見目が良い。
プライド高くお高い存在の美しいアンジェラ。
いつも笑顔でおっとりとした癒しのローゼマリー。
ああ、花街でこの容姿を活用できないのがとてももったいない。
「マリー、いい加減お父上に頼んでくれないか?もうずっと、アシュフォード家から君への婚約を申し込む手紙を送っているというのに未だにコーグリッシュ家当主から色好い返事をもらえないんだ。」
「バッカス様、それは私がお父様に言ったところでどうにかなるものではありませんわ。私だって嫁ぐということはお家同士の都合があるということも存じております。」
「…僕が侯爵家だからいけないというのか?」
その通り。
アシュフォード家に遊びにきたわたしとルシアンは、勝手知ったる様子でアシュフォード家でそれぞれくつろぎながら、バッカス様やアンジェラと会話を楽しんでいたのだが、バッカス様がわたしを庭へと誘った。
ああ、面倒くさいな、と思いながらも笑顔で頷くわたし。
これが始めてではないので、アンジェラもルシアンもまたか、と言う顔をするだけで大して気にも止めていない。
バッカス様がわたしに好意を寄せているのは誰から見ても一目瞭然で、というかバッカス様自体が隠そうともしていない。
アシュフォード家のしっかり手入れのされた庭をバッカス様と歩いていれば、大きな木のそばでバッカス様に婚約のことを切り出された。
15歳にもなると、貴族院から卒業すると女性はすぐに結婚してしまうこが多い。そのため、貴族院にいる令嬢は婚約者がいるこがほとんどだ。
それは幼いころから決められている子だったり、貴族院で出会い両家の了承が得られた場合だったりと様々だが、侯爵家であるというのにわたしにはまだいない。そして、アンジェラにも。
上位貴族なので、婚期が遅めでも、誰かしら捕まえられるということもあるが、一番の理由は、よりいい家に嫁がせたいというお父様たちの考えゆえだろう。
幸いにも、王家の継承権が果てしなく遠いがわたしたちに似た年ごろの王子が3人ほどいて、そのうちの2人はまだ婚約者がいない。
そして公爵家にも1人、婚約者のいない年頃の殿方がいる。
おそらくアシュフォード家の当主も、わたしのお父様もそちらに自分達の娘を嫁がせたいのだろう。
自分達の娘は世を騒がせている見目のよい令嬢。可能性は、ほかの令嬢に比べると高い。
わたしにもアンジェラにも腐るほどの婚約の申し込みの手紙が舞い込んでいるにもかかわらず、それをひとつもうけとらないのにはそういった理由がある。
バッカス様がいくら有力な侯爵家と言えども、残念ながら我が家も同レベルの侯爵家。
伯爵家や、男爵、子爵だったのならまた話は変わってきていたかもしれないが、アシュフォード家に嫁いだところで、コーグリッシュ家には可もなく不可もない状態。
アシュフォード家の当主は、嫁いできてくれるならば、侯爵家でも構わないというスタンスのようだが、おそらく、アンジェラをコーグリッシュ家に嫁にくれといっても色好い返事は返ってこないだろう。
つまりはそういうことなのだ。
「マリー、僕は君が他の男のものになるだなんてそんなのは耐えられないよ。僕が君に出会ったときから君にひかれているのを知っているだろう?」
「…そんなことを申されたところで、私にはどうしようも出来ません。私だって、できることならどこぞの知らぬ殿方に嫁ぐよりバッカス様のところへいけたならばとは思いますが。」
「…マリーには、そこに僕への気持ちはないの?」
「バッカス様…。」
め、め、め、め、めんどくさー!!!!
気がつけば、木に背をつけて追い込まれている状態。
壁ドンならぬ木ドン。
ああまたよくわからない知識が頭のなかに。
「いやならはねのけてくれて構わないよ。」
そういってどんどん近づいてくるバッカス様の顔。
ああ、これはもう………




