その4
「あーあ、絶対怒られちゃうよなあ」
恨めしそうにケータイを見る助手クン。そしてそれを尻目に、立っている二人の会話は続いており
「……となると」
白子君、目を落とし
「これって、泥棒ですかねえ?」
このいきなりの発言に、思わず隣を向いた寅夫さん
「はああ? そんな事なんて、このわしにわかるわけないだろ?」
「あ、それもそうでした……でも」
青年、辺りに目をやりながら
「特に金目の物もなさそうだしなあ」
「し、失礼すぎだろが」
確かに暴言だったが
「じゃあ、何かあるんですか?」
これにすかさず江藤さん、ハッキリと
「あらせん!」
ここで詰まった青年刑事。一見、泥棒らしき被害者だが、この家には盗むほどのものが見当たらないのだ。
そこに、この光景を黙って見守ってた田部君が口を開いてきた。相変わらず、肩肘ついたまま横たわっているのだが
「江藤さん? じゃあ、先ほどの話の続きでも」
「お、そうじゃったな」
そう言った案外律儀な寅夫さん、おにぎり君と向かい合わせにゴロンと転がり
「どこまで話したかいの?」
「ピッツアという名で、種はロシアンブルー、というところまでですよ」
「ああ、そうじゃった。で、その子が昨日突然いなくなったんじゃ」
「突然?」
こう聞き返し、少々天井に目をやって考え込んだ助手。やがて、そのおでこが光ったように見え
「それこそ盗まれたのでは?」
これに相手が
「ま、まさか……あ、いや確かにあの子は引き篭もりタイプだったしな」
「江藤さん、ひょっとしたら?」
これに頭を働かせていた寅夫さん、つい
「ん? まだ何か、このおにぎり?」
「せめて、君づけくらいは……」
一言だけ反発した田部君、その短い首を精一杯上げ、足元の先の方で倒れたままの男に目をやっている。
「あいつの仕業ではないでしょうか?」
意外な言葉に寅夫さん、目を大きく見開き
「な、何ですと?」
「昨日ピッツアちゃんを盗む事に成功し、図に乗って今日は別の猫ちゃんも盗もうと」
「おお、なるほど! さすが探偵さんじゃわい!」
この会話が、聞きたくないのに耳に入っている白子刑事。ぽそっと
「何を勝手に、二人で話に花を咲かせてるんだ?」
だがこの時、検視に当たっていた警察官から
「白子刑事。見ての通り、背中より凶器のナイフで一突きです。そして血が流れていないのは、そいつが栓代わりになってるからでしょう」
「そうですか。では、いつ頃刺されたんですか?」
「おそらくは、死後二ないし三時間くらいではないかと。まあ、詳しくは解剖してみないと」
「わかりました。では早速、解剖に回してください」
やがて、現場写真撮影やら指紋採取やら、一通り終えた警察関係者たち。今、ぞろぞろと引き上げかけている中――いきなり耳をつんざくは、急ブレーキの音?
「な、何だ何だ?」
口々に言う警察官らだったが、なおもそこに、今度はこれまたデカイ衝突音
「じ、事故だ!」
そして慌てて外へと飛び出した彼ら、その目に入ってきたのは――はたして、一台のオンボロ軽自動車が電柱にぶつかっており、何とおまけにもうもうと煙まで吐いている。
「は、早く、運転手を救出しろ!」
だが、そこに車のドアが開き――いや外れ落ち、中からよろよろと出てきたのは
「ブホブホッ。な、何でいきなりブレーキが利かなくなるんだあ? もう!」
掌で顔辺りをさかんに仰いでいる木俣さん、腹いせで思いっきり愛車を蹴飛ばしたところ
「あ、あっ……ひ、左のドアまで……」
すこぶる風通しが良くなった車を、唖然と眺める瓶底眼鏡。そこに近寄ってきた警官だったが、相手があまりにも悲痛なる顔をしてるのを見て
「だ、大丈夫ですか? ど、どこか、お怪我でも?」
だが探偵さん、それどころではなく
「く、車、買い替えだとお? く、くそったれ……」
「どこが痛いんです?」
「はん?」
ようやく相手に気づいた木俣さん、思わず手を上げ
「こ、この頭じゃ!」