その2
電話を終えた木俣さん、一人ブツクサ言いながら、例の山科家からくすねてきたボトルに手を伸ばしている。
「もらったのだ!」
――と、平気で嘘をつく。
ちょうどその時、間の抜けたチャイムが聞こえてきた。
「ん?」
モニターを確認する、キッチンドランカーならぬオフィスドランカー。大家じゃない事を祈りつつ――だが、相手は見知らぬ人物だ。
「お? 依頼か?」
「私は、金余美千代と申しますが、実はこの度お願いしたい事がありまして」
早速、ソファーへと通された相手の女。四十代半ば辺りだろうか?
「先日の銀行強盗を野次馬として見ていたところ、偶然木俣さんの演説を拝聴いたしまして」
そう。陣頭指揮を執っていた船虫警部のメガホンを奪い取り、探偵事務所の宣伝をしでかした、あの時である。だが、断じて演説なる高尚な代物ではなかったはず。
「ああ、あれで依頼をこちらまで?」
「ええ、ええ」
「やった甲斐がありましたわ」
つい、ニヤリと笑う女流探偵。すでに相手の顔が札束に見えている。
「それで、そのご依頼の内容とは?」
これにテーブルを挟んでいる相手が、身を乗り出してき
「実は先日、父が亡くなりまして」
「ああ、それはご愁傷さまでございます」
頭を下げつつ、心にもない事をさらりと口にするヤナ女。
「あ、恐れ入ります。で、その遺産を相続するに当たりまして、親族の前で遺言状が公開される運びとなりまして」
これを聞き、思わず涎を垂れそうになった木俣さん。
「ゆ、ゆい……コホン。それで、この私に何をしろと?」
「あ、はい。実は、その場に立ち会っていただきたいと……まあ、善意の第三者ということで」
本来ならば、その欠片すらないので即刻断るべき内容なのだが
「ああ、それはうってつけの事務所を選ばれましたね! 何を隠そう、この木俣マキ。その幼少の頃より、付けられたあだ名が『善子ちゃん』だったんですよ!」
『子』なんてどこにも付いてないくせに、誠に言いたい方題である。
「そ、そうでしたか」
相手は首を傾げながらも先を続け
「では謝礼金、二十万円で如何でしょうか?」
「に、二十万?」
学習効果で、語尾に『も』をつけなかった木俣さん。そのおかげで、相手の口から出てきたのが
「や、安すぎますか?」
これに、その鋭き顎へと手をやる金の亡者。さあ、ここからが役者として腕の見せ所だ。
「おかげさまで当探偵事務所も、かなりの数の依頼を受けておりますもので。所謂、猫の手も借りたいかなって」
いままさに、猫に囲まれてる助手が聞いたら、くしゃみの一つでもしそうだ。
「では、二十五万円で如何です?」
「御免なさい。汚い話に聞こえますが、やはり経営してゆくには依頼料の高いものから手を付けたい……あ、つい本音が! 嫌だなあ、このマキの馬鹿馬鹿!」
だが、少なくとも木俣さんよりもはるかに素直な相手。
「で、では三十万円……これで何卒お願いいたします」
「うーん」
これ以上引き上げたら、他所へ行くかもしれない――一瞬の判断によって、ここで笑顔を繕う偽善者。
「そこまでご評価賜りますならば……わかりました! この木俣、何とかお力になりましょう!」
「あ、有難うございます!」
さらに深く頭を下げた美千代さん、バッグより一枚の紙を取り出し
「これが私どもの住所でございます。それで公開の日時ですが……三日後の三月二十六日の正午からとなっておりますもので……」