プロローグ
俺は普段から朝というものに弱い。それは寝起きは態度が悪いとか貧血だからという類いではない。単純に早起きができないのだ。
それが休日だったらなおのことだ。お昼頃まで寝ているのは当たり前で昼飯の時間帯に家族と顔を会わせるというのも日常だ。
そして本日は日曜日。朝7時。
「起きろっつーの!!」
春も半ばで毛布にくるまる時期ではないのだが、それを無理矢理引き離そうとする妹がいる。
「……分かってるって、あと二時間だけ」
「いや、全然分かってないからね?ほらっ」
断固として起きるつもりは無いのだが、毛布から出る様子が無いのを見かねてか、妹がわき腹を割りと強めに踏んでくる。
重いから痛いとかいう理由ではなく明らかに内臓を狙った攻撃に反射的に身体を飛び起こす。
「…沙弥……痛い」
「あ、起きた?」
妹の名前。さや。こちらの反応に対して満面の笑みで対応してくれる。腹立たしい。
「いや、起こしてくれって言ったっけ?」
「は?昨日学校に部活がうんちゃらだから、7時起きだりー、とか言ってたじゃん」
「いや、起こしてくれって頼んでねーし」
「たまたま早く起きたから起こしてあげたの。 ありがたく思って?」
「………」
気が利くのか迷惑なのか堂々とした態度でそう言われるととても否定をできる雰囲気ではなくて、ただただ無言で布団から出ることにした。
「日曜日に学校とか…ないわー」
折角の日曜日に早起き、しかも学校に行く。さらには中学三年間プラス高校で一年間を帰宅部を貫いた俺が部活に行くという有り様。
あれもこれも全て一人の先輩のせいだと思うと悔しさが込み上げてくる。
「あら、あんた。 なんでこんなに早く起きてるの!」
この時間帯にリビングに座ってると母親からはこんな台詞が飛んでくる。自分の今までの生活が問題なのだがなんとなく、うざい。
「沙弥が起こしたー」
「え、なんであんたまでこんなに早起きしてるのよ!」
母親は洗濯物が沢山入ったかごを抱えながら目の前を歩きながら沙弥にまでそんなことを言う。そんなに可笑しい光景でもないだろと毒づきながら食パンをかじりながらYシャツを手にしながらだらだらと着替えを始める。
「おかしいわよ! 沙弥だって休日はあんたが起きる少し前に起きる、それが普通よー?どうしたの?なんか用事?」
「うっせーなー。昨日話しただろ、部活だよ。ぶかつ。」
ベランダの方から大きな声で忙しなくこちらの頭が可笑しくなったのでは?という風な勢いで声を掛けてくる。沙弥はあくびをしながらテレビで朝の戦隊物をどうでも良さそうに見ている。
「そう言えば言ってたわねー。あんたが部活とか驚いたものねー。 で、沙弥は?」
「あたしはたまたま。 目が覚めちゃって眠れないだけ」
母親と沙弥がそんな話をしている間にも着替え終わり、壁に掛かった時計をちらりと見ると通学鞄を取りに一度自室に戻るために階段を上がっていく。
階段を上がるだけでもなんとなく気が重く。部活をしに行くというだけでため息が自然と漏れてしまう。この俺が仲間と楽しく青春を楽しむなんて自分でも想像できないし吐き気がする。
なにも入ってない形だけの鞄を手に持つとそのまま足早に階段を降りてそのまま玄関に向かう。
「沙弥、あんた用事でもあるの?」
「ないって」
「じゃあお兄ちゃん起こすために早起きしたの?」
「……ち、違うから。マジで黙ってくれる?」
見送りが無いまま静かに扉を閉めると生温い風を感じながら学校へと向かって歩き始めた。
うちの学校はとある私立高校で中学高校と合体してしまっているマンモス校だ。
俺自身は中等部から居たわけでは無く、沙弥がこの高校を物凄い推してくるので去年の今ごろ入学をしてきた。偏差値もそこそこあるので、勉強が嫌いな俺は楽に入れた訳では無いのだが。
肝心の沙弥は制服が可愛いから、という理由でこの中学に来ており、来年はこの高校を受験して俺の後輩として入るのだろう。
そして問題の部活の話。
基本的に部活に関する事項は良心的で内容が余程ふざけたものではない限り立ち上げられる事を認められている。しかし、原則として部員を三人。顧問を一人。これがないと立ち上げられない。
この良心的な学校方針のせいで色々な部活が乱立している。
ポピュラーなところで野球、サッカー、テニス。マイナーなところで麻雀、ダーツ、アームレスリングと、なんでもある。
しかし、大会などで成績を残せないなどという部活には部費が支給されずにただの溜まり場となっている。
しばらく歩けば近いもので学校の門に着いてしまう。校舎の中では吹奏楽部がラッパのでかいやつを吹いてる。グラウンドでは野球部が走っている。
そんな音を聴きながら色々な部活が勧誘のチラシを張っている掲示板の前で立ち止まってしまう。
「…はぁ」
一昨日にここで立ち止まらなければ、先輩に会わないし部活にも入らない。俺は相変わらずの生活を送れていた筈なのだ。
「…だーれだ」
人が割りと真剣に落ち込んでいたのだが不意に背後から目隠しをされて耳元で女の子から声を掛けられる。
俺はこの学校に昔からの幼馴染みや悪友とというような女友達もいない。それどころか部活に所属していなかったので特に仲の良い女友達が一人もいない。
「……先輩ですよね」
「きゃー、サイキック?エスパー?それとも愛の力ってやつ?」
「違いますね、手を離してください」
「あら照れ屋さん?」
終始棒読みでこちらの気持ちを逆撫でしているのかにたにたとしているのが見えなくても分かる。
最初に出会った時もひたすらに遊ばれた。
「……さて、帰るか」
「…さて、部活に行こーっと」
目隠しから解放されれば直ぐ様帰ってしまおうと校門に向かって身体を向けるのだが、いつの間に取ったのかポケットに入れていた筈の俺の携帯を弄りながらこちらと反対に校舎に向かって歩いていく。
「………」
「ふむふむ、質素な電話帳だねぇ」
「先輩!俺も部活行きます…」
「そう?なら返してあげる」
悔しい。腹立つ。ムカつく。
必死にそんな感情を隠しながら先輩から差し出された携帯をひったくりながら後を着いて歩いていく。
気のせいか自分の周りだけがむわっと暑いような嫌な気分に大きくため息をついた。




