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エピローグ:一番星の輝く場所で

 大学を卒業し、それぞれの道を歩みはじめて数年。


 俺とアヤノは東京の地にいた。二人の生活は穏やかで、そして確かな温もりに満ちていた。


 その日、俺たちが足を運んだのは、都内にある日本屈指の巨大ドーム会場だった。


 信じられないことに、大学時代は兼業地方アイドルグループにいたのだけど、卒業と同時に東京に出て行った。


「アイドルになる」と言って姿を消したリカは、たった3年でこの日本最高峰のステージにソロで立つトップアーティストへと駆け上がっていた。


 「関係者パス、こちらになります」


 スタッフに案内され、俺たちは本番前の静まり返った控室のドアを叩いた。


(ガチャ)


 そこにいたのは、テレビや雑誌で見る、まばゆいほどの輝きを放つトップアイドル・リカの姿だった。けれど、俺たちを見つけた瞬間、彼女はパッと少女のような笑顔に戻った。


「ヨータ、来てくれたんだ。ありがと。アヤノさんも」

「招待されたからな。すげえな、リカ。まさか本当にドームのステージに立つなんてさ」


「でしょ? あたしの才能をなめないでよ」


 ふん、と得意げに鼻を鳴らすリカ。その横で、アヤノが穏やかに微笑んでお辞儀をした。


「リカさん、すごいです。本当に、おめでとうございます」

「……ありがと、アヤノさん。相変わらず隙のない美人ね」


 少しだけ気まずいような、けれど昔のようなトゲの全くない空気が流れる中で、俺はふと疑問に思ったことを口にした。


「そういえばさ、なんで本番前なんだ? 普通、こういう楽屋への顔出しって、ライブが終わったあとじゃねえの?」


 俺の問いかけに、リカは「はぁ?」と大げさに呆れたような顔をして腰に手を当てた。


「そりゃ、本番のあとなんて全力出し尽くしてボロボロだもん。ステージ前はプロのメイクさんとかが最っ高にかわいくしてくれるからに決まってるでしょ!」


 自分をよく見せたいのか、それとも未だに俺に未練があるのか……。


「それに、終わった後の汗だくの姿じゃなくて、一番最高の状態の私をヨータに見せて、『あぁ、逃した魚は大きかったなぁ』って後悔させられないじゃない!」


 後者だった……。


 相変わらずの調子に、俺は思わず苦笑いを浮かべた。


「いやいや、お陰様でうちはうまくやってるからさ」


 その瞬間。


「――っ痛っ!?」


 不意を突いて、俺の足のつま先がギュッと踏みつけられた。顔を上げたらぷいと拗ねて横を向くリカの姿があった。


「な、なにすんだよ急に……!」

「あら、失礼。ヒールが当たってしまいましたわ」


 とぼけたような口調とは裏腹に、その瞳には悔しさと、隠しきれない嫉妬の色が浮かんでいた。昔から、図星を突かれたり悔しいことがあると、すぐにこうやって手が出るところは変わっていない。


 アヤノはそんな俺たちのやり取りを、どこか楽しそうに、そして温かい瞳で見つめていた。


 そんな彼女に、俺はふと思い出したように告げた。


 「そういえばさ」

「ん?」

「今度、俺たち……家を建てるんだ」


 その言葉に、リカの動きがほんの一瞬だけピタリと止まった。


 それは、1周目の人生では当たり前に描いていて、2周目の世界では彼女が欲しくて狂おしいほど執着し、けれど絶対に手に入らなかった「ヨータとの家庭(マイホーム)」そのものを意味する言葉だったからだ。


 リカはわずかに目を丸くしたあと、悔しさを飲み込むように、いつもの強がりな笑みを貼り直した。


「へぇ……。すごいじゃん、一人前だね」

「ああ。色々と、準備してるとこさ」

「そっか……」


 リカは自分の胸元にそっと手を当て、それからまるで何気ない世間話のように尋ねた。


「子どもは?」

「……まだだよ」


 そのやり取りのすぐ隣で、アヤノは何も言わず、ただふわりと微笑みながら、自分の下腹部にそっと右手を重ねた。


 言葉はなくとも、その仕草だけで、これから訪れる新しい命の気配と、二人の間に芽生えている未来の温もりがすべてリカに伝わった。


 リカの瞳が、わずかに揺らいだ。


 それは嫉妬でも、絶望でもなかった。かつて自分が執着し、縛り付けようとして壊してしまった「本当の幸せの形」が、今、目の前にあるという現実への、どこか清々しいまでの納得だった。


 「そっか……」


 リカは満足したように息を吐き出すと、これ以上ないほど晴れやかな笑顔を作った。


「負けたなぁ、完全にあたしの完敗か……」

「リカ?」


「ううん、何でもない! さて、お客さんを待たせるわけにいかないし、そろそろ本番に行ってて来ようかな」


 幼馴染のリカの顔からアーティストリカへと変わった。


「……客席から、一番すごいステージ見せてあげるから、二人ともしっかり目を開けて見ててよね!」


 彼女はそう言い残すと、振り返り、まばゆい光の満ちるステージへと歩き出した。


 その背中は、誰に頼ることもなく、自分の足で未来を切り開く本物のトップスターのものだった。


      *


 ドームを揺らす大歓声が遠ざかり、俺たちは静まり返った自宅のリビングに戻っていた。


 テレビ画面には、特番で映し出されているリカの華やかな歌声と笑顔が流れている。


 「すごい活躍だね、リカさん」


 ソファに腰掛けたアヤノが、お茶をすすりながらぽつりと言った。


「ああ。あいつなら、どこにいってもやっていけるさ」


 俺はソファの隣に座り、アヤノの肩をそっと抱き寄せた。


 窓の外には、静かで穏やかな夜が広がっている。


 過去の記憶も、呪いのようなスキルも、すべてはあの黄昏の教室の向こう側に置いてきた。


 俺たちが選んだこの新しい未来には、温かい光と、確かな足音が満ちていた。


 ここでアヤノが言った。


「まだ言ってなかったけど、良いお知らせがあるの」


 どうやら、子どもたちは俺の方に来たみたいだな。


〈了〉


■お礼

ここまでお付き合いくださりありがとうございました。

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