第15話:パーッと弾けて、熱く語って
「今日、何かありました?」
放課後の図書室。卒アルの作業がひと段落したところで、アヤノさんが俺の顔をじっと覗き込んできた。
「え? なんで?」
「なんか、さっきからずっと難しい顔をしてる」
「そっか……」
今朝のリカとのやり取りが、無意識のうちに表情に出ていたらしい。普段はおとなしいのに、アヤノさんは本当に人のことをよく見ている。
「……なんかさ、パーッとしたい気分なんだよね」
くさくさしてるより身体を動かしたい性格なんだよな、俺。
「パーッと、ですか。じゃあ……バッティングセンター? カラオケ? プラモデル?」
……ん? えーっと、なんか最後に変なのが混ざってなかったか?
心の中でこっそりツッコミを入れた。でも、俺の態度で伝わったのだろう。
アヤノさんは慌てたように目を泳がせた。普段の落ち着いた雰囲気とのギャップがなんだか可笑しい。
「えーい、全部だ!」
「ぷっ……最高ですね、それ」
アヤノさんが小さく吹き出し、図書室の空気がふっと和らいだ。
結局、放課後に二人で向かったのは近くのバッティングセンターだった。
――キン。キン。
カキーンという心地よい快音とは程遠い、どん詰まりの鈍い音が打席に響く。引っ掛けた感じっていうのかな。
俺は野球経験もないし、バッティングも下手くそだ。どうせ二十〜三十球振って当たるのは数球程度。打ったところでまともに前に飛ばず、手にマメができるのが目に見えている。
だけど、無心でボールに向き合えるバッティングセンターの雰囲気が、昔からなぜか好きだった。
打席を出て額の汗を拭いていると、ベンチで見ていたアヤノさんが首を傾げた。
「沢渡くん、バッセン好きでしょ?」
「え、なんで分かったの?」
「え? あ、うんと、えっと……」
アヤノさんが慌てて左右を見てる。どうした、どうした。
「えっと、……雰囲気で!」
ドヤ顔で言い切るアヤノさんだったが、俺がじっと見つめると「あ、決してストーカー的に観察してたとかじゃなくて!」と急に焦り出した。
文学少女は洞察力もすごいらしいが、慌てる様子が新鮮で可愛らしい。
「次は私も行きますね」
打席に入ったアヤノさん。華奢な体つきだし、ボールに押し負けるんじゃないかと
心配していたのだが――
「タンタン……メーン!」
なぜか剣道のような謎の掛け声とともに、コンパクトで鋭いスイングが繰り出された。
そこは「チャーシューメン」じゃないだろうか。あれはゴルフだったっけ。
――カキーーーーン!
快音を残して打ち上げられたボールは、綺麗な描線を描いてバッティングセンターの奥にある的に見事命中した。
「すごっ! 経験者!?」
なんか、動きに無駄がないっていうか、しなやかな動きで、堂に入ってる。
「まさか。私、一応女ですよ? 丘バッターです」
陸の上で格好ばかりつける『丘サーファー』の野球版だろうか。不器用なんだか器用なんだか分からないネーミングセンスだが、スイングは本物だった。
すると場内にデデデデーン!と派手なファンファーレが鳴り響いた。なんと的に当ててホームラン賞が出たらしい。
「はい、プレゼントです」
受付で景品を引き換えて戻ってきた。なんでもポイントを貯めていたっていうからしょっちゅうホームランを打っているのかも。
アヤノさんは俺に大きな箱を差し出してきた。
「え、もらっていいの!? ……って、ガンプラ!?」
景品一覧にあったガンプラをもらってきてくれたらしい。箱の横についた値段を見て俺は目を見張った。
「ガンプラか……え、これ今二千円もすんの!?」
俺の知っている子どもの頃のガンプラは、一個三百円程度だったはずだ。時代の進化に驚く俺の横で、アヤノさんが身を乗り出してきた。
「あれ?色、塗らなくていいんだ」
「今は塗装しなくても、パーツ自体に色がついているんですよ」
「すげー。部品が多いなぁ!」
「そうなんです! 見てください、この箱の中の枠……ランナーって言うんですけど」
「うん」
ここでアヤノさんの目の色が変わった気がした。
「一つのランナーの中に、青と赤と黄色と白……違う色の樹脂が一緒に成形されてるんです! 一つの金型に種類の違う樹脂を流し込むなんて、樹脂成形のレベルで見ても世界最高峰なんですよ!? 金型の精度もコンマ数ミリ単位で……」
「……アヤノさん、物知りだなあ」
熱っぽく語るアヤノさんのあまりの熱量に、俺はついニヤニヤと笑いながら見入ってしまった。
「……あ! ご、ごめんなさい! 私、つい自分の世界に入っちゃって……!」
俺の視線に気づいたアヤノさんが、顔を真っ赤にしてパッと口を押さえた。
「ううん、本当に好きなんだね」
「えっ、いや……その、あの……!」
「女子で機械とかモノづくりが好きなのって、なんか珍しくてカッコいいよ」
「機械……? あ、うん。私、機械を見るのも触るのも好きなんです……」
恥ずかしそうに視線を泳がせるアヤノさんを見ていると、胸の奥がなんだかくすぐったいような、妙な気分になった。
その日の夜。
アヤノさんからもらったガンプラを自室の机に広げ、俺は夢中になってパーツを組み立てた。カチッとパーツが噛み合い、少しずつ形になっていく立体物。
久しぶりに触れるプラモデルに、俺は子どものように大興奮していたのだった。




