第10話:絵馬に託す未来と、静かな決意
参道の人波を抜け、楼門をくぐると、境内の空気はどこかひんやりと澄んでいた。 手水舎で清めてから本殿へと向かい、二人並んでお賽銭を投げ入れる。二礼二拍手一礼。
一回目の人生の高校時代、俺は「リカと同じ大学に行けたらいいな」なんてぼんやりとした理由だけで進路を選んでいた。自分のやりたいことなんて何一つ考えず、ただ流されるままに生きていた。
けれど、今は違う。 パンパン、と静かな境内に拍手の音が響く中、俺は目を閉じ、心の中で静かに言葉を紡いだ。
さっきの梅が枝餅の店の機械……。俺にとってはかなりの衝撃だった。
単に見ただけだったら、それほどの衝撃は感じなかっただろう。
「あのフタの動き、その自重や角度を計算して作られているんですよ。だから、決まったところでフタは開いて、決まったところでは押し付けるんです。アームとか、カムとか……そんなギミックは物理につながっていて、その物理を解くためのツールとして数学があるんです」
アヤノさんの目はキラキラしていた。
学校の数学や物理は俺にとって「つまらないもの」の代表だった。国語や英語は社会に出たら必要だと思う事はある。でも、数学とか物理とか、そんなものは必要だと思っていなかった。
ところが、俺が好きなあの機械は物理と数学で動いているのだという。なんだそれ。めっちゃ気になる。
あんなのに囲まれる生活ができたら楽しいだろうなぁ……。
(俺の本当の『好き』が見つかりました。これからは、自分の意志で機械の道を学びたいです。どうか見守ってください)
神様への俺のお願いはそんな感じだった。
もっとも、既にタイムリープで二度目の人生を叶えてくれているので、俺の願いなんて叶えられる訳はないのだけど……。
隣を見ると、アヤノさんも深く頭を下げ、真剣な表情で手を合わせていた。眼鏡の脇から覗く横顔が、境内を包む木漏れ日に照らされてどこか神秘的に見えた。
「――よしっ」
お参りを終え、胸を張って息を吐くアヤノさん。
「沢渡くん、絵馬も書いていきませんか? せっかく学問の神様に来たんですから」
「そうだな。書こうか」
絵馬を二枚買い、並んで小さな台に向かう。 アヤノさんはサラサラと丁寧な文字で『志望校合格・みんなが笑顔で過ごせますように』と書いていた。彼女らしい、優しくまっすぐな願い事だ。
俺は少しペンを走らせる手を止め、木の板を見つめた。 一回目の人生では到底思い浮かばなかった目標。――今の俺が本当に進みたい道。それは……
「がちゃがちゃしたやつを触るとこ」
「がちゃがちゃしたやつ……? 機械ですね。大学だったら『工学部』とかでしょうか」
「工学部……」
これまで考えもしなかった部だ。もしかして、理系……!?
とりあえず、絵馬に書いたお願いごとはこうだ。
『志望工学部合格・自分の足で歩む人生を』
そう書き込むと、なんだか背筋が伸びるような気がした。
「わ、沢渡くん……『工学部』ですか?」
横から俺の絵馬を覗き込んだアヤノさんが、パッと目を見開いた。
「うん。昨日の本と、さっきの梅が枝餅のマシーンを見て、はっきり分かったんだ。俺、やっぱり機械の構造とか自動化の仕組みを学ぶ道に進みたい」
「……! すごいです、沢渡くん! 自分の『好き』からやりたいことを見つけるなんて、本当に素敵だと思います!」
アヤノさんは自分のことのように顔をほころばせ、心からの祝福を送ってくれた。 誰かに自分の夢を笑われない、それどころかこんなにも素直に喜んでもらえる。その事実が、俺の胸をじんわりと温かく満たしていく。
二台並んで絵馬掛けに絵馬を結びつける。 風が吹くと、無数の絵馬が一斉にカラカラと心地よい音を立てて揺れた。
◇
帰りの電車の中。陽が傾き始めた車内に、橙色の優しい光が差し込んでいる。
「今日は……本当に楽しかったです。急なお誘いだったのに、付き合ってくれてありがとうございました」
隣に座るアヤノさんが、膝の上で手を握りしめながら、少し恥ずかしそうに言った。
「お礼を言うのは俺の方だよ。如月さんのおかげで、自分がこれからどう生きたいか、ハッキリ見えた気がするんだ。本当にありがとう」
「ふふ、どういたしまして。……あ、そういえば」
アヤノさんはお茶目に首をかしげると、人差し指を口元に当てて微笑んだ。
「隠れ構造オタク同盟の活動、またやりましょうね。今度はどこか、もっとマニアックな工場見学とか……探しておきますから!」
「はは、最高だな。楽しみに待ってるよ」
二人で顔を見合わせて笑い合う。
一回目の人生では感じたことのなかった、胸の奥から湧き上がるような生きている実感。 隣で楽しそうに車窓の景色を眺めるアヤノさんを見つめながら、俺は誓った。
もう二度と、誰かに振り回される人生には戻らない。 二度目の青春は、俺の描いた軌道の上に、しっかりと伸び始めていた。




