レイヴァルの書 第1節 救済を望む魔王とホシを探す仮神(かみ)(2)
レイヴァルのプロローグの続き しっかり書きたかったところなのでそれなりに
「神になり損ねた候補生の一人に、何の用かな?」
リシェルはわずかに表情を引き締めた。
魔王が預言者となることを望むなど、彼女の知る限り前例はない。
仮神が預言者を得る道は二つしかない。一つは、自ら世界を巡って見出すこと。もう一つは、預言者を志す者の祈りに応え、その手を取ること。
ならば――。
目の前の魔王は、自ら神に選ばれることを望んだというのか。
「もちろん、リシェル様にお仕えし、預言者として神室へ至り、新たな真神の世を築くためです」
レイヴァルは静かに片膝をついた。
その所作は騎士の誓いにも似て、寸分の淀みもない。
だが、、一リル半(2メートル)近い、人の背丈を半身ほども上回る巨躯が片膝をついたところで、なおリシェルを見下ろしてしまう。そのせいで厳かな忠誠の儀礼はどこか締まりがなく、リシェルは思わず苦笑を漏らしそうになった。
「悪いけど、ボクは形式ばった誓いには興味がないんだ」
軽く肩をすくめ、リシェルはレイヴァルを見つめる。
「魔王であるキミが、なぜ預言者になろうとするのか。本当の理由を聞かせてほしい」
その一言で、レイヴァルの瞳が鋭く細まった。
刹那の沈黙。
仮神を納得させる答えを、彼は頭の中で組み立てる。すべてを語るほど愚かでもなければ、正直者でもない。
「オレは、人間と争い、その果てにどちらかが滅ぶなら、それも一つの結末だと思っている」
リシェルは黙って耳を傾ける。
「だが、人間の神が世界そのものを滅ぼすというなら話は別だ」
レイヴァルはまっすぐリシェルを見据えた。
「神が世界を滅ぼすというなら――オレはそれを止める」
一拍置いて、リシェルは吹き出した。
「魔王が世界を救う?」
肩を震わせながら笑う。
「ハハハ……長く生きてきたけど、そんな冗談は初めて聞いたよ」
その笑いには嘲りが混じっていた。
――とんだ夢想家だ。
興が冷め、帰ろうかと腰を浮かせかけたとき、レイヴァルが静かに口を開く。
「……それは表向きの理由だ」
リシェルの動きが止まる。
「表向き?」
「真神とその信仰者に挑む。そのために仮神の加護を得る。そう言えば、誰も疑わない」
「じゃあ、本当は?」
レイヴァルはゆっくり立ち上がった。
いつの間にか、二人の立場は逆転していた。
小柄なリシェルを、長身の魔王が見下ろしている。
「一つ聞かせてくれ」
低く響く声。
「お前は、国家にとって信仰とは何だと思う?」
唐突な問いだった。
しかしリシェルは迷わない。
「救済だよ」
即答する。
「そして支配でもある」
「違う」
間髪入れず、レイヴァルは否定した。
リシェルの眉がぴくりと動く。
「信仰は国家を動かす機構だ」
「……機構?」
「国家は民を守る」
レイヴァルは淡々と言葉を重ねる。
「だが、国家はすべての民を救うことはできない」
「救われなかった者は神に縋る」
「神はその苦しみを受け止め、信仰は絶望の受け皿となる」
リシェルは黙って聞いていた。
「そして王が神を握れば、その絶望さえ国家の力へ変えられる」
静寂が落ちた。
「前の魔王が敗れた理由は単純だ」
レイヴァルは鼻で笑う。
「神も、信仰も利用できなかった」
「それだけだ」
リシェルは言葉を失った。
預言者を選び続けてきた長い歳月の中で、神を救済と語る者は数え切れないほど見てきた。
支配の道具と考える王もいた。
しかし。
神を国家という仕組みの一部に過ぎないと言い切った者は、一人としていなかった。
「キミは……」
声が震える。
「ボクを、この国の仕組みに組み込むつもりなのかい?」
「安心しろ」
レイヴァルは笑った。
「お前だけじゃない」
その笑みは穏やかでありながら、どこか底知れなかった。
「神も」
「信仰も」
「魔王であるオレ自身も」
「すべて国家という仕組みの中へ組み込む」
その声に迷いはない。
「一度壊れたネルシオンを、より良い国家へ創り直す」
「そのために、お前にはオレと運命をともにしてもらう」
リシェルは息を呑んだ。
その言葉に嘘はない。
誠実だった。
だからこそ恐ろしい。
自分を利用することを隠そうともしない。
それでいて、自分自身すら道具にすると言い切る。
この男は狂っている。
だが。
この狂気は、世界を変える。
放っておけば、何を成し遂げるかわからない。
ならば。
最後まで見届ける責任が、自分にはある。
――どうせ終わる世界だ。
こんな異常な選択肢が、一つくらいあってもいい。
リシェルは小さく息を吐き、笑みを作った。
「わかったよ」
「レイヴァル」
「キミを預言者として認めよう」
「キミが築く国家の行く末を、この目で見届ける」
その笑顔はぎこちなかった。
レイヴァルも、それに気づいていた。
かつて人間を救済へ導いた仮神が、魔王の国家構想へ加担する。
それは、あまりにも皮肉だった。
「ところで」
リシェルは視線をわずかに宙へと漂わせる。
「ボクにも一つ頼みがある」
「頼み?」
「キミは――ホシというものを知っているかい?」
「ホシ?」
レイヴァルは首をかしげた。
「聞いたこともない」
「この世界が生まれる前に存在したものらしい」
リシェルはどこか遠くを見るような目で言った。
「この世界が色から生まれたように、その昔、世界はホシから生まれたと聞いたことがあるんだ」
レイヴァルは記憶をたどる。
そんな存在は知らない。
宝石か。
遺物か。
それとも神話そのものか。
何一つ見当もつかなかった。
「悪いが、知らない」
「そうか」
リシェルは肩をすくめて笑った。
「でも、預言者にするという決定は変わらない」
そう言って右手を差し出す。
「もし見つける機会があれば、ボクの代わりに探してほしい」
「実のところね」
少しだけ寂しそうに笑う。
「もう人間の救済にも、真神にも、神室にも興味はない」
「だけど」
「誰も見たことのないホシだけは、一度見てみたいんだ」
レイヴァルは無言でその手を握った。
指先から、氷水が流れ込むような冷たい感覚が一瞬だけ走る。
しかし、それだけだった。
「これで終わり」
リシェルはあまりにも気軽に笑う。
「今日からキミは預言者だ」
その声音は、世界の命運を決めた者とは思えないほど軽やかだった。
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◎ヴァルセニア用語集◎
◯神と信仰
この世界において、神と信仰は次のような仕組みで成り立っている。
・真神・仮神
人々を導く超越的存在。神は預言者や使徒を定め、彼らを通じて神託(預言)を授ける。
仮神は、自らの預言が現実となるたびに神としての権能を強め、やがて真神へ至るとされる。
神の権能は**「救済」「奇跡」「審判」**の三つに大別される。ただし、その力は預言者や使徒を介してのみ行使でき、神自身が直接世界へ干渉することはできない。
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・預言者・使徒
神から預言を授かり、それを実現することで信仰者を導く者。
預言者は神によってただ一人選ばれる特別な存在である。一方、使徒は神や預言者の意思など、複数の方法によって任命される。
預言者や使徒には、神の預言を必ず実現しなければならないという強制力はない。しかし、これまで真神へ至った神々に仕えた預言者や使徒は、例外なく神託に忠実であり続けたと伝えられている。
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・信仰者
神、預言者、使徒の教えに従い、それぞれが掲げる理想世界の実現を目指す人々の総称。
かつて信仰は「すべての人類を救済する」という理想を掲げていた。しかし、長い歴史の中でその理念は失われ、今日では神々も信仰者も、それぞれ異なる理想と目的を抱いている。
もはや『すべての人類の救済』という理想を掲げる神は存在しない。
レイヴァルのプロローグは次で終わり。サクサク進めたいけどなかなかどうしてこれが難しい




