第76話 幸せになったおじさん
そして、ファビは鎧ではなくなった。
黒髪黒目の端正な顔立ち。少年にも少女にも見える華奢な体躯……ただし、その全身には細い線の模様が走り、体の節々に、鱗のように装甲が張り付いている。
この世界に生まれ落ちた新種族。受肉した鎧。
『鎧人』だ。
〈『断罪剣十八番“禁”夜想曲』で、ファビの罪を斬って女体化させるとはね……〉
姿形は変わっても、その声は変わらない。
場所は工房。追いついてきたテシ子に運んで貰い、俺達は無事『大鍛冶城』に戻ってきたのである。テシ子とコルンさんには休息を取らせている。
それから俺達はファビ、ラティーシャちゃんと宝物庫に寄ってから工房に行き、『断罪剣十八番“禁”夜想曲』でファビを斬り、その罪――拉致監禁及び融合未遂――を切ることで、罰を与えた。
すなわち女体への受肉である。
ファビは、己の肌をさわさわと撫でて、〈ふみゅん〉と甘やかな吐息を漏らした。
〈この体、ちょっと敏感すぎるよ〉
「元々なかったものを得たわけですから、慣れるまで時間がかかるのですよ。あと、拉致監禁への罰則として、刺激に対して快楽を感じやすくなっているようのです」
ラティーシャちゃんがニコニコ笑いながらファビの脇腹をつつく。ファビが〈はにゃん〉と言いながら身をよじらせた。
「慣れれば戦闘も可能でしょう。ケンゾーさん、鑑定結果は?」
俺は『鑑定術の眼鏡』を通して、ファビの状態をチェックしていた。
「――うん。あるよ。ちゃんと、魂が」
ファビが、小さく息を呑んだ。
●
《名前》ファビ・イザヨイ
《年齢/性別/種族》0歳/女性型/鎧人
《レベル》0
《生命力》320
《力》112
《知恵》75
《素早さ》581
《運》98
《状態》敏感、被虐、求愛
●
「やはり。魂とは何なのか、というのは未だ解き明かされていないものなのですが、肉体に宿るもの……というのが定説なのです。しかし、これはこの世界の定説に過ぎません。ケンゾーさんによって生み出された架空の英雄であるファビさんは、この世界の中で肉体を得たことで、この世界のルールにおいて、魂が可視化された……と、一旦、仮説を提言しておくのです」
〈よくわかんないけど、ファビ、これで相棒とえっちできるんだよね? 相棒、いつする?〉
「しないが?」
ファビが頬を膨らませてむくれた。
おお。表情がわかりやすい。かわいいな。
「ケンゾーさんは先にボクと結婚して世継ぎを作るので、それからなのです」
「それもしないが?」
ラティーシャちゃんも頬を膨らませてむくれた。
「……まあ、その、なんだ。まだ、しない」
言うと、二人が目を丸くした。
……いい歳の大人だから、歯切れが悪いのも格好悪いが、勘弁してほしい。
だって、二人とも子供だ。
だが。
「なんていうかなァ。怖かったんだ。俺、好かれるの、慣れてないし。ふたりは、自慢の家族みたいなもので……その自慢の家族に釣り合う旦那になれるか、俺はぜんぜん自信がなかったし、だいたいやっぱり、子供にしか見えないし」
それでも、この世界で生きていくならば、俺達の居場所を守るならば、覚悟を決めて進まないといけない道があった。……俺は、その覚悟がなかったのだろう。
「足りないのは、俺のほうなんだよ。偶然ゲームをやりこんでただけの、おじさんだぜ? 片や天才魔術師、片や無敵の鎧。二人とも性格が良くて、俺なんかが釣り合えるわけがないって。……だから、逃げてた。ごめん。ほんとうにごめん」
〈それじゃあ……〉
ファビが囁くように言った。
〈覚悟が決まった、ってこと?〉
「うん。でも、俺にもおじさんとして、ずらせない線引きがある」
「……年齢なのです?」
そうだ、と頷く。
「ふたりとも、もうちょっと大人に……そうだな、ラティーシャちゃんが十八歳になったらさ。俺からプロポーズする。それまでに、俺は二人に釣り合えると自信を持って言えるくらい、領主として、人間として、成長するよ」
二人は、ほとんど胸ぐらを掴むくらいの勢いで俺に詰め寄って来た。
きらきらした四つの瞳が、まっすぐ俺を貫いている。
〈……言ったね? 吐いたつばは飲み込めないからね?〉
「ボク、その言葉ぜったいに忘れないのですよ。覚悟しておくのです」
「怖いんだよォ、確認の仕方がさァ……」
苦笑して、俺は二人を抱きしめた。
「おじさん、頑張るよ。これからも。これまで以上に、さ」
●
さて。
その後のことを、少しだけ語っておくとしよう。
もちろん、俺達にはたくさんの冒険と戦いが待っているけれど、それを記すには、羊皮紙が何枚あっても足りやしないから、簡単にだけ。
俺は第一夫人としてラティーシャちゃんを、第二夫人としてファビを迎え、それぞれ子供にも恵まれた。
……その、他にも妻や愛人が何人か出来てしまったけれども。王族の姫や、コルンさんや、騎士達や……この話はよしておこう。
この話の要点は、そこじゃない。
転生したけど俺だけゲームが違う――そんな始まり方をした異世界生活だったけれど、ゲームのシステムが違っても、社会の仕組みが違っても、そんなの、大したことじゃなかったんだ、と今なら思う。
大切なのは、俺達が努力を惜しまず、協力を拒まず、一所懸命生活しているってこと。
そして、温かい家庭を持って、楽しく暮らしている、ということだ。
それは、普通の幸せだと言って良いものだ。
おじさんの得たものとして、これ以上のない大成果だろ?
だから、俺はこれからも頑張っていこうと思う。
頑張って、生きていこうと――そう思う。
これにこのお話は完結とさせていただきます。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
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