変わらぬ前世と変えていく今
途中から視点がノエルに戻ります。
最悪な過去の夢から目覚めたヴィンセントは、エルドレッドに慰められた。泣いていたから酷い顔をしていたのだ。
エルドレッドの無限よしよしから逃げられないでいると、一仕事終えたトラヴィスとアンジェリカが東の宮に戻ってきて、晩餐を共にすることが決定した。
その日は結局何も行動を起こせず、それどころか翌日も何もできなかった。
昨日、エメラインが言っていた警護こと、懐かしのブラックウッド家の隠密がヴィンセントの周辺に配備されたのだ。
彼らは仕事に忠実で、人懐っこかった。
「殿下の角かっけぇ」
「鱗とか強そう。いいなぁ」
「その目最高っすね。威圧感ある」
前世は身分を気にせぬ気安さが嬉しかったが、今となっては周囲にいない態度に扱いかねた。
その上、こっそり離宮を出ようにも三人いると誰かに必ず気づかれる。
力に物を言わせて逃げることもできるが、そんなことをしたら更なる精鋭が大挙して押し寄せるだけだ。
ヴィンセントはいつも通りに過ごさざるをえなかった。
そして、もう会わないと決めていたノエルとの茶会を迎えてしまったのだ。
仕方なく庭の生垣に身を隠すことにした。
「……ヴィンセント様、何やってるんですか」
「静かに、パーシヴァル。ノエルに見つかる」
「いや、ブラックウッド嬢なら匂いですでに気づいているのでは……」
「!?」
パーシヴァルの指摘にヴィンセントは動揺した。
確かに彼女の嗅覚ならある程度離れないと、どこにいるかまでわかってしまう。
ヴィンセントは隠れていた生垣からコソコソと移動を開始した。
来るなと言ったのに、時間通りに現れたノエルはいつものガゼボでゆったりと座っている。
どうやらまだ彼らには気づいていないようだ。ヴィンセントは風下で、なおかつノエルが見える場所を探した。
「ヴィンセント様、もう観念しましょうよ。あなたはブラックウッド嬢が大好きでしょう」
「うるさい。勝手に決めつけるな」
「じゃあ、何で会わないくせにここに来たんですか。苦手な侍女たちと話してちゃんと茶菓子の手配もするし。本当に婚約する気がないなら全部無視して執務室にいればいいんですよ」
「……」
そんなことはヴィンセントが一番よくわかっている。
出来ないからこんな情け無い有様になっているのだ。
あの『ノエル』と瓜二つというだけでも特別な彼女は、ヴィンセントにとって唯一無二の番でもある。あれを無視するのは無理だ。
近くにいれば側にいたくなるし、触れられたら触れたくなる。
できれば毎日会いたいし、可愛い声を聞き逃したくない。
そして彼以外の人間を側に置かないでほしい。
会うたびにそんな欲望が強くなる。
そして彼女は彼を拒まなかった。だから、許されない一線を越えてしまったのだ。
彼女の先祖を死なせた前世を持ち、化け物である彼に彼女と結ばれる権利などない。
わかっている。わかっているのだ。
(……それでも、彼女の近くにいたい)
せめて、今だけは。
そんな願いを胸の内に秘め、姿勢を低くすれば匂いも届かないのではと、しゃがみ歩きを始めたヴィンセントの上に影が差す。
「そんな歩き方をすると服が汚れますよ。殿下」
「えっ……」
彼の鼻先に爽やかなセレストブルーの布が翻る。
恐る恐る視線を上に上げると、腰に手を当てたノエルが彼を見下ろしていた。なんだか呆れたような表情である。
ヴィンセントは思わず、さっきまで彼女がいたはずのガゼボを振り返っていた。当然そこには誰もいない。
「な、なななななぜここが」
「私の鼻を舐めて貰っては困りますね。この庭の範囲なら余裕で誰がどこにいるか特定できます」
視界の端でパーシヴァルが「ほらみろ」と言わんばかりに肩をすくめている。
そんなことに気を取られていたら、ノエルにがっしりと両肩を掴まれていた。ふわりと香る彼女の香りに激しく動揺する。
「殿下、私たちには対話が必要だと思うのです。話し合いましょう」
「ひ、ひひ必要ない。はな、離してくれないか!」
「離したらお逃げになるでしょう? まぁ、私の力では殿下に全力で抵抗されたらひとたまりもありませんが。流石の私も無事ではすまないでしょうね」
そう示唆されて、体が固まる。
獣人は人間に比べれば頑丈な体を持っているが、それにも限度がある。
間違っても彼女を傷つける訳にはいかないと思ったら、恐怖で動けなくなった。
「申し訳ありません、パーシヴァル様。殿下と二人っきりで話したいのですが」
「かしこまりました。声の聞こえぬ範囲で待機しています」
「ありがとうございます」
彼の意志を無視して話が纏まり、ノエルと二人残される。
ノエルは「逃げないで下さいね」と前置きをしてから肩を解放した。
「とりあえず立って下さい。本当に服が汚れますよ」
「あ、ああ」
自然に差し出された手を取って、ヴィンセントはぎくしゃくと立ち上がった。
ノエルは彼の服についた草や土を払い落としている。
慣れない近しい距離と甲斐甲斐しい世話に、ヴィンセントは動揺が治らず、なんと言っていいかわからなかった。
「……殿下、突然ですが、今から私はおかしな話をします」
「えっ?」
「こいつ頭おかしいなって思っても最後まで聞いて下さい」
「ええ……?」
「うーん……。どこから話し始めましょうか……」
ノエルは戸惑うヴィンセントの返事を待たず、話を始めた。
「殿下はこの世界を作り、見守る双子神が若くして死を迎えた者を掬い上げ、加護を与えて生まれ変わらせるという話をご存じですか?」
「あ、ああ……。有名な伝承だな」
突然の問いかけに目が泳ぐ。
彼が正にその伝承の通り生まれ変わったかもしれないからだ。
優しい家族に恵まれたのはきっと神の加護だろう。
前世の記憶を覚えているのは多分、前のような過ちを犯すなという思し召しだとヴィンセントは考えていた。
「その伝承、本当かも知れません。私、前世の記憶があるんです」
「は……?」
突然の告白に頭が真っ白になった。
そして咄嗟に前世の婚約者を思い出し、口の中が干上がる。
同じ名前、よく似た容姿。まだノエルは何も言っていないのに彼女の姿に『ノエル』が重なって見えた。
「前世の私もやっぱりブラックウッド家に生まれ、名前もノエルといいました。顔もよく似た地味な感じで。妹ではなく兄がいました。サディアスという名で……」
「あ、あぁ……」
彼女の口から次々と聞き覚えのある素性が語られる。どっと冷や汗が吹き出す。ヴィンセントは跪いていた。
「殿下!? どうしました。酷い顔色で……」
「すまない……。すまない! ぼくがあなたを殺した!」
もうノエルの顔を見ることが出来ず、顔を両手で覆って身を折った。
彼女は。懐かしくも慕わしい彼女は、彼が一番近づいてはいけない相手だった。
「ぼくは、前世の君の婚約者だったヴィンセントだ! 君には謝ることすら許されないことをした」
「殿下……」
「不愉快だろう……。今日を限りに君の前には二度と姿を見せない」
「殿下」
「前世のことに加え、今世も様々な迷惑をかけてしまった。死を以てお詫びする!」
「殿下! いえ、ヴィンセント様! ちょっと顔を上げて下さい!
ええい! 最後まで話を聞けこの野郎!!」
頑なに頭を下げて謝っていたヴィンセントだったが、角を掴まれ、力ずくで顔を上げられた。
ノエルは怒っていた。
「最後までちゃんと聞いて下さいと前置きしたはずですよ!」
「でも、ぼくは……」
ヴィンセントは戸惑った。ノエルは怒っている。怒ってはいるが、それは彼が話を遮ったからだ。その表情から憎悪は感じ取れなかった。
「ヴィンセント様が前世のあの方だと知ってちょっと驚きました。でも、ちょっとだけです。予想はしてました」
「な……。どうして……」
「匂いです。あなたの匂い、びっくりするほど前世と同じなんですよ。それに顔立ちも似てますし……。最近は性格が違い過ぎるんで別人かと思ってましたが。
でも、そもそも前世の私はどんな性格かわかるほどあの方のことを知りませんでしたね」
自嘲するように苦く笑ったノエルを見て、ヴィンセントは喉の奥から熱いものが込み上げた。
また会えたことが嬉しい。生きていることが嬉しい。彼に気づいてくれたことが嬉しい。
しかし、再会は出来ても二人が結ばれる未来はない。
自分勝手な理由でノエルを死なせたヴィンセントに彼女を愛する資格はなかった。そのことに胸が引き絞られるように痛み、ついに涙が零れる。
「ヴィンセント様、泣いてもいいですから、体は起こしましょう。服が汚れますよ」
「わか、った……」
「あと、私の話を聞いて下さい。今度は途中で遮らないで下さいね」
「……うん」
ヴィンセントは子供のようにあやされながら体を起こした。二人並んで芝生に座る。
ノエルは取り出したハンカチで止まらない彼の涙を拭いながら話し出した。
「前世の私にとって、あの方は番で、とても特別な人でした」
「えっ!」
「話の腰を折らないで下さい」
「だ、だって、そんなこと、一言も……」
「前世のあなたはミカエラに番だからという理由で付き纏われていたでしょう? 初めましてで、付き合いの浅い私からも番だと言われたら怖いだろうと思って、内緒にしてたんです。家族には伝えてありましたけど」
「……」
衝撃で涙が止まり、彼女の気遣いに胸を打たれる。
確かに周りは敵だらけのあの状況でノエルに「番だ」と言われたら、ヴィンセントはミカエラと同じ手合いだと警戒しただろう。
同時に自分の愚かさをまたひとつ見つけ、止まった涙がすぐに復活した。
自分の番を囮に使い、あまつさえ死なせたなんて愚か者はきっと彼くらいだ。
「……私はあなたを愛していました。だから、隠し事をされて辛かった。好きになる前に恋人がいることを話してくれたなら、苦しくても、あなたの幸せのために協力できたのに」
「それは」
「待って下さい。続きがありますから。……辛くて悲しくて、恨みました。でも、あなたのことが好きなまま、私は死んだ」
初めて吐露されたノエルの気持ちにヴィンセントは喜びと苦しみに悶えた。改めて、彼は酷い男だったと自覚する。
「でも、それは過去のことです」
ノエルはその一言でばっさりと前世を切り捨てた。
ヴィンセントはハッと顔を上げる。彼女はいっそ清々しいほど晴れやかな表情をしていた。
「百年前の私とあなたは何も通じ合わないまま終わってしまいました。それはもはや変えようがありませんし、やり直しもできません。
だから、今のヴィンセント様が前世の責任を感じる必要はないのです」
「それは違う……!」
「違いません。
ねぇ、ヴィンセント様。私、前世とほとんど変わらない姿ですけど、違うところはあるんですよ。
今の私は前より器用で、クッキー以外にも色々なお菓子が作れます。勿論、前世では出来たことで、今は出来ないこともありますが。
あなたもそうではありませんか?」
ヴィンセントは言葉に詰まった。
今の彼は前世とかなり違っている。一番はキメラとして生まれたことだ。
化け物の彼は恐れられ、家族以外には遠巻きにされている。
前世もミカエラのせいで遠巻きにはされていたが、優秀な王子と評判の前と今では注がれる視線の質が違う。
それに男たちとの付き合いは普通にあったから、前世のヴィンセントはそこそこ人あしらいが上手かった。
今は生まれてこの方家族としか会話をしていないので、上手く出来る自信がない。
代わりに今の彼は前世よりもずっと肉体的に強い。
彼を恐れて近づかない講師の代わりをしてくれた兄と、前世の記憶を頼りに身体を鍛えた。
よく力加減を誤るし、正直剣を持つより徒手の方が強くなってしまったが、婚約者が刺されそうになってもその前に襲撃者を撃退する自信があった。
でも、それとこれとは話が別だ。ヴィンセントはノエルを殺してしまったことを忘れるなんてできない。
「別に、忘れろと言ってるわけではないんです」
ノエルがヴィンセントの心を読んだかのように続ける。
「前世の記憶のある私たちが、その影響を受けずに生きていくなんて、到底不可能です。忘れなくていい。でも、前世に引きずられすぎてもいけないと思うんです」
涙でぼやける視界の中、ノエルは穏やかに、優しく、そして、ほんのり頬を染めて笑った。
「私、今のヴィンセント様が好きですよ。周りを傷つけたくないから冷たい態度をとって遠ざける臆病なところとか、結局押しに弱いところとか。
あなたはとっても強いのに、弱くて優しい。まだ恋しているかはわかりませんけど、婚約してもいいかなって思えるくらい好きです」
衝撃に固まる彼の頬を柔らかいノエルの手が撫でる。
硬い鱗で覆われている方だ。傷をつけてしまうとわかっていてもその手に擦り寄りたい衝動に駆られた。
「ヴィンセント様は私のこと、どう思っておいでですか? あなたの気持ちを教えてください」
ヴィンセントは両腕を広げ、ノエルを抱き込んでいた。
まるで獲物に食らいつく獣のような自分を止めることができなかった。
「ノエル」
「はい」
「ノエル」
「なんですか?」
「……君のことが、好きだ。愛してる」
「えっ? 本当ですか?」
弱気な彼は顔を見て告白できなかった。
ノエルは気にした様子もなく、意外なことを聞いたという感じで軽く受け止めた。
「な、なんだか照れちゃいますね……。でも」
ノエルはそこで言葉を切った。
胸を押され、抱擁を解いたヴィンセントは正面からノエルの顔を見た。
「とても、嬉しいです。ヴィンセント様」
笑顔を浮かべるノエルに明るい日差しが降り注ぐ。目が眩んで、二重にぶれて見えた。
心からの喜びが溢れた声は滲み、どこか遠い、過去から届いた気がした。
もっと早く、言えば良かった。
ヴィンセントの心に浮かんだのはそんな言葉だった。もっと早く、遥か昔に誰かが言いたかった言葉だ。
ただ、そう思ったのはほんの一瞬のこと。
目の前にいるのは紛れもなく今のノエルで、ここにいるヴィンセントも今の彼でしかない。
(ああ、確かにあれはもう取り返しのつかない過去なんだな)
どれだけ後悔しても、自分を罰しても、なかったことにはできない。
彼がずっと前世の記憶に囚われていたのは「あの日をやり直したい」という前世の自分の無意識の願いのせいなのかもしれない。
でもそれは、もう今のヴィンセントではどうにもできないと、やっと腑に落ちた。
「ところで、あの」
腕の中のノエルが恥ずかしそうにモジモジと指を絡め、俯いた。
「あ、愛してると言って頂けて、すごく嬉しいのですが、私、まだそこまでの気持ちではなくて……」
ノエルはまつ毛を震わせヴィンセントを見上げた。
「私に恋を教えてくださいますか?」
色づいた頬。不安気に揺れる瞳。潤んだ唇。
いつも落ち着いたノエルとは正反対の表情にヴィンセントの思考は弾けた。
「っ……!!」
「あの、ヴィンセント様! ちょっと痛い!」
色々と言葉にならず、ヴィンセントは再びぎゅうぎゅうノエルを抱きしめた。
ノエルからは抗議の声が上がったが、色々限界の彼には聞こえていなかった。
◇◇◇
(あれ、この体勢不味いのでは……)
前世と互いの気持ちを確かめ合ったノエルはふと今の状況を客観的に見て、そう気づいた。
ヴィンセントの力強い抱擁は幾分緩んだが、いつの間にやら膝へ乗り上げている。ヴィンセントの手は背中や腰の辺りを撫で回していた。
「ノエル……。ノエル……」
ヴィンセントは彼女の名前を呼びながら頬や首に自分の頬を擦り付けている。大きな獣に懐かれている気分だ。
ただ、ハァハァと息遣いが荒い。
(これどうしたらいいの?)
気が済むまでハァハァさせておけばいいのか。自分からそろそろ離して欲しいと訴えるべきか。
だんだん手が際どい部分を撫でている感触に狼狽えながらもどうしていいかわからず、されるがままになっていた。
「ぼくの番、ぼくだけの……」
その時聞き捨てならないことをヴィンセントが呟いた。
ゴッ
それは前世の話だと訂正しようとしたノエルの耳に鈍い殴打の音がして、ヴィンセントの首が折れそうな勢いで曲がる。
ノエルは悲鳴も出ないほど驚いた。
「……欲求不満とはいえ、淑女を襲うとは紳士の風上にも置けませんね、ヴィンセント様」
近くにいた庭師に借りたらしい大きなシャベルを振りかぶっていたのはパーシヴァルだ。殴ったと思われる金属部分に血は付いていないが、ヴィンセントは倒れたきり起き上がらない。
青筋を作って怒るパーシヴァルの後ろでリサが心配そうに彼女を見ている。
「まったく、自殺しそうだと心底心配してたのに、盛りつきやがって……」
「ヴィンセント様ー! だだだ、だいじょうぶですか!」
「ブラックウッド嬢。今のうちにそのケダモノから離れてください。甘やかすとつけ上がります」
パーシヴァルはガッとシャベルを地面に突き刺し寄りかかる。
その秀麗な美貌は不機嫌そうに歪み、舌打ちまでしていた。
そんな彼と頭を押さえて蹲るヴィンセントを交互に見ていたノエルはそっと袖を引かれる。
リサである。彼女は痛みにのたうつヴィンセントを油断なく睨みながら慎重にノエルを遠ざけた。
戸惑いながらリサに手を引かれるまま立ち上がったノエルは、シャベルの先を黒い影が横に払うのを視界の隅に捉えた。
ヴィンセントの腕だ。シャベルは弾き飛ばされ、それを支えにしていたパーシヴァルが体勢を崩す。
「うおっ!」
「パーシヴァルッ、やりすぎだ!」
「あれくらいやらんとあんたびくともしないでしょう!?」
ごろりと地面に転がったというのにパーシヴァルは威勢よく怒鳴り返す。
こんな時だが、ノエルは感心した。ヴィンセントは頭を押さえて涙目であるが、その顔は普通の感覚では怖いはずだ。それに怯まないあたり本当に胆が据わっている。
「……止めてくれて、感謝する」
「まったくですよ。よりによって屋外でことに及ぼうなんてケダモノ以下です」
「そ、そこまでするつもりはなかった……!」
「本当に? ちゃんと理性を保てていましたか?」
「……」
ヴィンセントは沈黙を貫いた。
それ以上追及する気はパーシヴァルにもないようで、立ち上がったヴィンセントの服についていた土や草は手早く払い落とす。
ノエルが無意識で手を出そうとすると視線で制された。
「ブラックウッド嬢は駄目ですよ。また調子に乗りますから」
「……信用がないことだ」
「同じ男ですからね。ええ。気持ちはわかりますとも。想いが通じ合って嬉しかったんですよね。でも未婚の男女には許されないあれこれがあるってわかって下さいね」
「それくらいわかっている」
「わかっていても行動が伴わないと意味がないんですよ」
ぽんぽんと言い合う二人をノエルは信じられない気持ちで見ていた。
少し前までパーシヴァルの言葉をとにかく無視していたヴィンセントを知っているだけに、普通に会話が成立している時点で驚きだ。
二人を見ているうちにリサがささっとドレスの汚れや髪の乱れを整えていく。
「ノエル様、お怪我は?」
「大丈夫」
小声の問いかけに答えるとリサの表情が緩む。
そういえばリサたちはこちらが見えても会話の内容はわからない距離に控えていたのだ。
突然しゃがみ込んだり、抱き合ったりしていた彼女たちをどんな気持ちで見守っていたのだろう。
会話の内容は聞かれていなくとも一部始終を目撃されていたと思うと急に気恥ずかしくなった。
ほどほどに身なりを整えられた二人はガゼボの席に着いた。パーシヴァルの淹れたハーブティーを飲み一息つく。
「ところでお二人は婚約されるということでよろしいですか」
ブフッとヴィンセントが茶を吹き出す。ノエルも危うく喉に菓子がつまりそうになった。
「まさかあんなことをやっておいて責任をとるつもりがないと……?」
「違う!!」
目が据わったパーシヴァルに咳き込んでいたヴィンセントが言い返す。
「その、あの、ぼ、ぼくは彼女が好きだが、か、彼女の気持ちはまだそこまでではないというか……。と、とにかくお互いの気持ちが追いつくまで保留だ」
「さっき一発キメようとしてたくせに何今さら誠実ぶってんですか」
「お前女性の前だぞ控えろ!」
「公開プレイしようとしてた奴に言われたくねぇよ!」
遠慮のないパーシヴァルの物言いにノエルは目を白黒させながら、当人たちがいいと言えばいつでも婚約できるんだな、と気づいた。
でも、ヴィンセントはノエルが恋をするまで待ってくれると言う。
素直に嬉しいと思った。
それに約束の茶会はまだ半分。あと二週間は婚約者でなくともヴィンセントに会えるのだ。
友達とも言えず、婚約者でもない。そんな関係でいられる期間があると思うとこそばゆくも嬉しい気持ちが湧いてくる。
「あの、ヴィンセント様」
ノエルが声を掛けると言い争っていた二人はピタリと止まる。
「これから婚約を前提としたお付き合いをお願いします!」
ぺこりと勢いよく頭を下げる。何故か直後に何かが破裂するような音がした。
「こ、こちらこそ、お願いします……」
敬語の返事に顔を上げると、顔を真っ赤にしたヴィンセントと、粉砕したティーカップを黙々と片付けるパーシヴァルがいた。また力加減を失敗したらしい。
しかしそれがノエルの申し出に動揺したからだと思うと面映い。
片付けが終わり、新しく茶を淹れ直すと、パーシヴァルとリサは再び側を離れ、二人っきりになった。
声が聞こえない距離であることを確認してから、ノエルは口を開いた。
「ヴィンセント様、まずはあなたの話が聞きたいです」
「何が聞きたいんだ?」
「遠い、昔の話を。前のあなたが何を思っていたか、教えてほしいのです。そして、私の話もたくさん聞いて下さい」
「……ああ。勿論だ」
その日の二人は約束の時間が過ぎても、懐かしく、少し胸が痛くなる話を続けた。
「ああいうことってヴィンセント殿下から言うことじゃないですかねぇ」
「ま、いいじゃないですか。お似合いだと思いますよ」
眉間に皺を寄せるパーシヴァルににこにこと笑うリサがそう返す。
少しぎこちなくも初々しい様子の主人の横で、従者たちはそんな会話をしていた。




