やるべきこと、やりたいこと
どうも、ナツメグです!
今回は挿絵入りとなりますが、画力はアレなので過度な期待はしないでくださいね。
今回はいつにも増して長くなりましたが、なんだかもうこれくらいがデフォでもいいんじゃないかなって…いいよね?よくない?
それでは第7話、どうぞ!
「…………」
「…………」
馬車に揺られるシエルの面持ちは頑として固いままだ。
冒険者ギルドの時からずっとそうだ。
いつものあの柔らかい微笑みは、その面影さえも残さず消えている。
「ぁー……」
耐えきれないとばかりに、シオンが口を開く。
「アレね、冒険者ってのは…他の人と違って獣人がどうのとか言わないのね」
暗い雰囲気を晴らそうというには幾分話題がデリケートな問題ではあるが、実際問題気にはなっていた。
彼らは、シエルが獣人の血を持つと知っていてなお、彼女を尊敬しているようだったためだ。
「え……あぁ、そうですね…本当にいい人ばかりで…何度も助けてもらいました」
「やっぱり、シエルってすごいのね」
「そんなこと…ないですよ」
軽く笑っては見せるものの、無理をしているのが容易にわかる。
「…………」
本当はシオンだって怖かった。
何人もの屈強な戦士達が敗れ去り、死者さえも出しているような化け物の住処に向かおうというのだ。
シエルが並外れた強さだからといっても、シオンは未だそれを実感出来ていない。
本当に死ぬかもしれない、そう感じてもいる。
だが、それでも彼女に付いていきたいと願うのは、やはり彼女への特別な思いからか。
足を引っ張るのは重々承知の上であっても、それでも、知りたいと思った。
この世界の過酷さと、それを生き抜いてきた一人の少女の力強さを。
「(…それに…)」
それだけではない。
シオンには、何故だかシエルを放っておくことができなかった。
「(…一人にさせたら…危ない気がする)
直感だった。
「お客さん、悪いけどここまでだ」
馬車は速度を落とし、やがて止まった。
「ここんとこ物騒だからな、ちょっと悪いがここからは危なくて進めねぇ」
「いえ、大丈夫です、ありがとうございました」
「おう、お代はちゃんと安くしとくからよ、頑張ってこいよ」
馬車のステップを降りて辺りに目を向けると、そこは一面の荒野だった。
天候は晴れ、心地の良い陽気で、半袖で丁度いいくらいだと感じる。
道はもうしばらく先まで整備されているようだが、それも魔物の住処に近付くとやがては途絶えるらしい。
「それじゃあ、後は歩きです…今夜は野宿になりますけれど、明日の午前中には着きますから」
「あ、うん…わかった、行きましょう」
街は遥か後方、振り返っても米粒のように小さくなったそれが見えるだけ。
馬車は、また数日後に迎えに来るらしい。
「…数日で、見つかるといいんだけど」
「東の洞窟っていうのは、そんな呼び名でも通るほどの大洞窟ではありますが、内部に分かれ道はほとんどないですし、深さもそれほどではありません」
「なるほどね…」
「…なので、冒険者に憧れた新米でも…気軽にそこでの採取依頼を受けたりしてしまうんです」
「!」
複雑でないということは、冒険に慣れていなくても困ることは無いということ。
だから冒険に長く携わっていないような者でもさほど危険性を感じない。
そんなところに、突然強大な化け物が現れたなら…。
「…だから、シエルじゃないとダメなのね」
「…これ以上の被害者を出すわけには行きません」
依頼のためだけではない。
これは、誰かがケリをつけなくてはならない問題だった。
15キロほど歩いただろうか。
既に日は落ち、夜の帷が薄気味悪さを色濃く演出する。
「その岩の陰で野宿にしましょう」
「えぇ…わかった、わ…」
「大丈夫ですか?やっぱり慣れてないシオンさんじゃ…」
「い、いえ、平気よこんなもん…」
ようやく一息つき、腰を下ろす。
歩いているときはシエルに付いていくのに必死であまり気にならなかったが、足の痛みはそれほど無い。
というのも、石造りの道ではあるが、その道がえらく綺麗なのだ。
小石を平に敷き、隙間に砂利やら粘土やらを細かく埋め込んでいる。
「アスファルト…とも違うけれど…」
「元々他の次元よりもこの世界の発展は遅れている…というのは過去の大魔術師の記述ですが…」
「それって…その人が自分で見たってこと…?」
「それほどの魔術師だったようです…この道も他の物も、その魔術師の記述を元に可能な限り復元したものです」
自ら次元を飛び越え、別世界から別世界へ渡り歩き、やがて元いた世界へと帰りつき、屍と手記を故郷の土に埋める。
人の身の、限られた生の内で成すにはあまりにも困難。
しかしながらそれを成し遂げ、存在し得なかった技術、概念を数多く持ち込んだ。
「失ったものは多い大戦でしたが…200年でここまで立て直せたのは彼の遺した功績によるものに違いないでしょう」
「じゃあ、技術が失われたっていうのは…」
「ただでさえ貴重な技術指南書や優秀な人材を残さず焼き払った大戦であった上に、頼みの綱の記述のうち大戦後まで残ったのは半分ほど…全13の異界探訪記のうち、わずかに6冊でした」
「…全ての手記が失われていたら…もっと酷かったのね」
「はい…」
焚きつけた炎に照らされる物憂げなシエルの表情。
かの大魔術師に今にも追いつかんとする彼女としても、思うところがあるのだろう。
己の為すべきこと、それと矛盾する内に秘めた願望、大きな力と小さな夢。
シエルの肩には、今なお大魔術師としての責任感が捨てきれないままのしかかっているのかもしれない。
「…………」
それでは、そんな中、シオンに何が出来るだろう。
彼女一人に、大したことなど何一つとして出来ないかもしれない。
けれど、小さなことなら、できる。
右も左も分からないこんな世界で、特別なことなど何も出来なくても。
「お弁当、食べましょうか」
「へ?あ、え?」
これでいい。
こんなことでいい。
大したことじゃなくても、ほんの少しでも彼女の支えになれればいい。
暗雲を吹き飛ばせないなら、足元だけでも照らせばいいのだ。
「ほら、シエルも!」
「あ……はい!」
彼女の代わりに明かりを掲げただけでも、その分彼女は手が空くから。
「「いただきます!」」
それだけでも、充分だ。
「…シ、シオンさん?大丈夫ですか?」
「ぜェーッ、だ、大丈…ヒューッ、ぜェーッ」
結局洞窟に着いたのは翌日の昼前で、その頃にはシオンは疲れに疲れを重ねて満身創痍そのものだった。
「よ、よほォーし、行くわよ〜」
「は、はぁ…ほんと、無理しないでくださいよー!」
出したことのないような声が出る。
というよりも、もはやおおよそ声と呼べるものではない。
息も絶え絶えとはこのことかと、未知の疲労感と闘いながらもシオンは必死にシエルに付いて行く。
洞窟の内部に入ると、日の傾き方が悪いのか入口付近でさえもほとんど真っ暗だった。
風が空洞を抜けていく音が響き、既におぞましい怪物と対峙しているかのような気分に晒される。
「…暗いわね…」
「ランタンが…確か荷物に…ありました、点けますね」
シエルが鞄からランタンを取り出し、指をパチンと弾くと火が点った。
「持つわね」
「お願いします」
シオンがランタンを受け取る。
ぼんやりと照らし出される岩肌。
ゴツゴツとした岩の陰影が光で浮き彫りになり、不気味さすらも覚える。
壁に手をつきながらゆっくりと奥深くへと歩みを進める。
「足元、気をつけてくださいね」
「えぇ…ありがとう」
シエルの声が、また引き締まった真剣なトーンへと変化した。
シエルだけならまだしも、今回はシオンもいる。
シオンにとっては余程の危険が伴うということなのだろう。
緊張感が身体に走り、筋肉が硬直する。
一歩、また一歩と進むにつれて、よりそれは増していく。
硬い岩の足場を踏みしめているはずなのに、自分がフワフワ浮いているような感覚を覚えた。
数十分ほど歩いたところで、二人の耳が音を捉える。
「…また、風かしら?」
「…いえ、これは…」
先程聞いたそれよりも低い音。
奥から這い寄るように響くその音は、風のものではない。
「…おそらく、魔物の鳴き声です」
「……っ」
思わず息を潜める。
すぐそこにいるのではないと分かっていても、ふとした拍子に気取られるのではないかと本能で危険を避けようとする。
「…近づいています」
「…………」
音は少しずつ近くなる。
天井から垂れる水に濡らされテラテラと明かりを反射する岩が、危険信号のように恐怖を煽る。
焦燥感に体を乗っ取られそうになる。
動きを止める、という体の動きを意識しなくてはならないほどに。
やがて足音までがはっきりと聞こえるようになる。
足音に合わせて心臓の音が加速し、無意識に口を塞ぐ。
ドスドスと、その質量の大きさを誇示するかのような重い足音。
「…………」
「……ーッ!!」
恐怖に心が砕かれ、涙が溢れそうになる、まさにその時。
シオンが掲げるランタンが、その醜くも恐ろしい怪物の姿を映し出した。
「ッーー!!!!!」
「結構大きいですね」
余りにもおぞましく、あまりにも不快。
中途半端で不完全なその姿が、人の内に眠る根源的な恐怖と不安をかき立てる。
「シッ、シシシシシシエルーッ!」
「大丈夫です、隠れていてください」
魔物がけたたましい雄叫びを上げる。
応じるようにシエルが杖を振りかざす。
彼女の顔には、余裕さえ感じさせる笑みが浮かんでいた。
その頼もしい姿が、もしかしたら既に、両者の実力の差を物語っているのかもしれない。
シオンは慌てて岩陰に身を隠す。
ランタンは気付いたら手を離れている。
落としたということにすら気付かなかった。
魔物は身を縮め、今にも飛びかからんと身構えている。
一方でシエルには、変化も動揺もない。
時間にして数秒、感覚にして数十分もの静寂の後に。
開戦の狼煙が上がる。
「行きますよ」