変貌の前触れ
「…ここが自由外遠征業組合…所謂冒険者ギルドです!」
「なんだか賑やかなのね…!」
人でごった返す首都の中心部にありながらも、そこだけ、一際その騒がしさが飛び抜けているのが外からでもわかる。
シオンとシエルが正面に見据えるそれが、通称冒険者ギルド。
所属に囚われず自由に浮浪する冒険者の主な収益源となるのが、ここで取り扱われる依頼の達成報酬となる。
彼らは気の向くままに転々と移動するため、金銭面においては各地に設置されたギルドに依存するところが大きい。
ギルドには、民間の小さな悩み事やちょっとした手伝いから、自らの手を煩わせたくない貴族たちの小間使い、果ては国からの正式な依頼まで多種多様に舞い込む。
それに要する労力、依頼者の財力や希望などを加味し、ギルド駐在の係員による審査の結果、適正な、時にはそれよりも多い報酬が決定され、達成すれば支払われる。
「だー!うるさくって説明があんまり聞こえなかったー!」
「は、はは…つまりは、暇でお金に困った腕の立つ冒険者を利用した何でも屋さん…ですよ!」
「そ、それはわかったけど…これなんなの?」
とんでもない騒ぎだ。
真っ昼間にも関わらず、男女入り乱れた賑やかな宴のような騒音。
元いた世界のパチンコ屋やゲームセンターも相当のものだったが、ここもそれに匹敵するレベルのものであるとシオンは耳を塞ぎながら思った。
「冒険者っていうと腕が自慢の豪傑ですから…騒ぐのが好きな人も多いんです!なので集まるとお酒ばっかり飲むんですー!」
「それじゃ無法地帯みたいなもんじゃない…でえい!行くわよ!!」
シオンがバンと扉を足で開ける。
耳を塞ぎながらでないと鼓膜がおかしくなりそうだからだ。
「おっ?新顔か」
視線がシオンに集まる。
なんとなく居心地が悪いと感じていると、後ろからシエルが続く。
「あっ、お邪魔しちゃいました?」
静まり返るギルド。
彼女が足を踏み入れた途端、誰もが口を閉ざした…否、口は開いていた。
「シ、シエル?大丈夫なの?」
「えーと…」
と、
次の瞬間。
「シエルーッ!!!」
「シエルさんだーっ!!」
「アルシエルさーん!!!」
「久しぶりじゃないかよーッ!!」
一斉に沸き立つ冒険者達の歓声の嵐に呑まれ、今度はシエルが居心地悪そうにしている。
「なっ…にこれェ?!」
「あ、いやその…ちょっと冒険者には名が売れてまして…」
二人が話していると、大柄の男が近付いて来て、その体躯に見合った大声で話し始める。
「ちょーッとなんてモンじゃねぇよ!!今や歴史に名を残す程にまで昇華した大魔術師アルシエルだぜ!!嬢ちゃん知らねェで一緒にいたのかい?」
「知ってはいたけど…やっぱりすごいものなの?」
「あーッたりめぇよ!!シエルちゃんと一緒に冒険に出て死んだ奴はいねェしな!!」
「へぇー…」
次元越えがどうのとか、魔法がどうのとか言われてもイマイチ実感のできないシオンであったが、自分の知らないシエルの強さに、徐々に興味が湧いてきた。
「そっ、そりゃちゃんと魔法を勉強してからギルドに通ったんですもの!未熟な頃の私が来たって足手纏いにしかならないってわかってたからです!」
「アンタがここの仕事請け負い始めたの15の頃じゃねェかよ!充分すごいことだぜ!!」
シエルは現在19歳だ。
それはつまり、四年前には既に魔術師として大成していたことを意味する。
そして、その進化は止まらず、
「それに聞いたぜ!ついに次元魔法に成功したそうじゃねェか!!」
「えっそれマジ?!」
「シエルさん次元越えまでやってのけたんですか?!」
再び皆が騒ぎ出す。
どうにも冒険者というのは耳聡い連中のようで、シオンが来たのもほんの数日前だというのに、シエルの偉業を既に知っているようだった。
「そっ、そうなんです…!彼女が、別次元から来てくれた私のパートナーなんです!」
「えっあっ、わ、私?」
またしてもオォーッ!!と歓声が上がる。
彼女の一言、一挙手一投足に冒険者の注目が集まっているのだから、シオンにもその凄さが否応にも感じ取れた。
「おぉ!嬢ちゃん、そういや名前はなんてンだ?」
「わ、私は飯田枝温、シオンよ、シオンでいいわ!」
「シオンか!よろしくな!」
「おっ、おう、よろしくね」
男に求められた握手に応じる。
なんだか楽しそうな奴らばかりで、シオンもそれなりに気分は悪くなかった。
少なくとも、荒れに荒れていたここ半年よりも、ずっと楽しい。
だが、今は楽しむより先にやらねばならぬことがある。
「あ…それより、シエル!」
「あっ、そうか!受付のお姉さんー!依頼リスト見せてくださーい!」
ようやく本題を思い出し、係員に依頼の一覧を見せてもらう二人。
幾つかの部類に分けられた依頼の中から、目的のものを探す。
「これでもなくて…これでもない…」
「あっこれ…なんだ、違うか…」
無心で書類を捲り続けるシオンたちに、自然と注目が集まる。
「なんだ?何を探してんだ?」
「…東の洞窟で行方不明になった人を探す依頼です」
「……東の洞窟って、おめェ…」
「大丈夫です、私が行きますから…」
「ぁに言ってんの私も行くのよアンタが居れば死なないみたいだし…あっ、あった、コレよ!」
ようやっと目的の書類を見つけ出した二人。
しかし、周囲を見回せば、先程とは一転してお通夜のような雰囲気だ。
肩を落とし俯く者までいる。
「あ、あれ?」
「ど、どうかしました?」
シエルが問うと、ポツリポツリと冒険者たちの口から言葉が零れる。
「その依頼した婆さん…毎朝来るんだ、息子は見つかりましたか…って…」
「ウチらじゃあそこに出た化けモンに手も足も出なくて…」
「…だからその度に申し訳なくなってな…騒いでるのだって気を紛らわす為に過ぎねェ…」
役場の男の、母だろう。
彼女はきっと、誰よりも真剣に息子の帰りを待っている。
だが、依頼の申請日は1ヶ月も前。
冒険者たちも、手遅れなのは分かっている。
だがその心にだけは応えたいと、何人もの戦士達が挑み、その刃を折られ帰ってきた。
「すまねェ…ここの仕事じゃあ、国の連中は動かねェし…名うての戦士もとっくに別の街に向かった…俺達には…」
「みなさん」
シエルが、口を開く。
もう、言わなくていいと。
「大丈夫です」
もう、
「また騒ぎながら、待っていてください」
心配ないと。
「これでいい?シエル」
「はい、洞窟自体はそう遠くありませんからそのくらいで充分です」
ギルドから戻り、シエル宅で準備を整える二人。
シオンは借り物の、動きやすく頑丈な上下の簡単な服、リュックサックには空きを作っておく程度の荷物を詰める。
シエルは、魔術師らしく、ローブを着込み、杖と簡単な荷物を持っていく。
これまで聞いてきた冒険の恐ろしさを考えると、これではまるで遠足気分のようで不安に駆られる。
「本当に大丈夫なの?冒険者が太刀打ちできないような相手にこんな簡素な…」
「大丈夫ですよ、シオンさん」
しかし、そんなシオンの不安を他所に、質問に応じるシエルの声には、怒気とも取れるような力強さがあった。
「勝負は一瞬です」
見たこともない彼女の表情に息を呑むシオン。
きっとそこには、無念にも散っていった仲間たち、今も待っている母親と弟の想いまで背負い込まれているのだ。
シオンはこれから、今まで曖昧な事実として認識していたことを、形を持った姿としてその両の眼に焼き付けることとなる。
普段のシエルからは想像もできないような、その圧倒的なまでの圧倒を。
歴史に名を残す、大魔術師の姿を。
「…行きましょう」
「…えぇ」




