根付く悪意、断ち切る勇気
ナツメグです!
5話早くしますとか大言壮語も甚だしいのにこの始末でもうしわけない!
今回はいよいよ夢への第一歩となります。
しかしながら前途は多難。
お店を開くのはもうちょっと先?!
それでは人の心に視点を置いた第5話、どうぞ!
「さて、行きましょうかね」
「はっ、はいっ!」
シエルから借りたコートに袖を通し、気合一発両頬をパチンと叩いたシオンの号令と共に、改めて気を引き締めるシエル。
「…………」
しかしシオンは、そんな彼女の姿に…その服装にも、どうしても辛いものを感じざるを得ない。
シエルは、魔術師らしくローブを羽織っているのだが…目深に被ったフードから前だけが見えるようにしており、顔を出そうとしないのだ。
「(…そんなにも酷いの、獣人の扱いって…?)」
差別と言われても、平和の国日本で生まれ育ったシオンからすれば、ピンと来ていないのもまた事実。
道徳の授業や人権学習だけでは解することの出来ないものを、これから彼女は知ることになる。
「…いい陽気ね」
「この季節は普段はもう少し寒いんですけれど…すこし厚着だったかも知れませんね」
他愛ないやり取り。
しかしながらもその中にどことなく漂う緊張感。
二人の少女の行く手を決める決戦が始まろうとしているのだ。
気を紛らわすのでも精一杯だ。
大通りに出る。
大戦から二百年が経過したとはいえ、隣国との小競り合いが頻繁に続いているようで、賑わいを見せる首都も、至るところに甲冑を身に纏う兵士の姿が見られた。
「物騒なもんね…」
「魔物の侵入への警戒もそうですけれど、今じゃ他国からの刺客なんてのもありえない話じゃないですからね…」
「へぇ………あれ、待って、今アンタ魔物って…」
しかし、シオンの声は突然の怒声にかき消されることとなる。
「まァーた街に出てきやがったのかい!獣混じり!!」
「…………」
声の主は二人が通りがかった露店の女性のようだ。
「せめて人様に汚い顔を見せないとこだけは褒めてやろうかね!ハンッ!」
顔を隠していても、シエル程の大魔術師となれば、自然と顔は知られる。
シエルは、獣人だって人間と変わらないのだという主張のために魔法を学びその名を知らしめたと言うが…
「(…これじゃ、堂々とできないわけか…)」
魔法に疎い連中からすれば、獣人がどうせ姑息な手でも使い上り詰め、人間社会で付け上がっているに過ぎないという印象を持たれてしまうのだった。
「…行きましょう、シオンさん」
「アンタも何があったか知らないけど、そんな奴に取り込まれる前に縁を切りな!ロクなことにならないからねェ!」
「…………」
ゲラゲラと笑いながら口汚く罵る女性を尻目に、二人は歩を進める。
あくまでも獣人は、社会的には立場の保証された存在だ。
だが、獣の血を許さない風潮が貴族を中心に広まり、今なお深く人々の心に根ざしているのだった。
先程のように声を上げて罵倒する人間の方が珍しいというのも事実だが、
「…ぁにチラチラ見てんのよ、そこのアンタ」
それならば獣人が差別の目を向けられないのかというと、そんなことはとてもありえない話だった。
「…'&♡♪’="&♥'',?」
「?!」
シオンが声をかけた男性の返答だ。
だが、突然何を言っているのか分からなくなった。
これは…
「シオンさん…私は平気ですから…」
「…シエル…」
シエルが、一時的に翻訳魔法を切ったのだ。
「…………」
こんなものにこの少女は独りで耐え続けてきたのか。
歳も背丈も、シオンとほとんど変わらない。
にも関わらず、優しさを見失わず、一切の歪みもなく強く生き続けてきたのか。
そんな彼女を思うと、シオンは、握った拳を押さえつけるので必死だった。
「…そうね」
首都の役場にあたる施設。
国政を担う国王及び大臣が選任した人物がそこで職を務め、各地方にも派遣されるという。
しかしながらそれは当然、ある程度上の人間の息を吹き込まれているということ。
国への協力を断ったシエルのことがどう伝わっているか、わかったものではない。
「…入ります」
「えぇ」
普通ならばあまり行く機会もない場所なので緊張がピークとなるところではあるが、
「こちとら警察にも病院にも散々お世話になったものでね」
こういった堅苦しい雰囲気には、シオンはうんざりしていた。
半年前の、両親の結婚記念日から、ずっと。
「…私は先に申請してきます、シオンさんは…」
「わかってる、住民登録でしょ?パパッと済ませるから先にお願いね」
「…はい!」
そんなシオンの様子に、シエルも元気づけられたようだった。
どんなに言っても社会的には認められた立場なのだ、案外すんなり行くのかもしれない。
「ごめんなさーい、住民登録しまーす」
「少々お待ちくださーい」
そんな風に楽観しながら、シオンは淡々と手続きを進めるのだった。
「す、すみません…」
「…はい」
しかし、そんなシオンの淡い期待は早くも砕け散ることとなったのだった。
「そ、その…お店を、お弁当屋さんを出したいので、に、認可を…頂きたくて…」
「…獣人が?」
「…っ」
覚悟はあった。
だが、そのダメージはやはり大きい。
「…じゅ、獣人の血なんて関係はありません!獣人だって人間と変わりません!」
「ふざけたことを!タダで認めてもらえると思っているのか!!獣混じりの売国奴め!!」
「なっ…!!確かに協力を断りこそしましたが私は最高位魔術師として国に公認された存在です!扱いが理不尽すぎます!」
「ギャーギャーうっさいわね」
ここで、手続きを済ませたシオンが戻ってきた。
「シ、シオンさん!もういいんですか?」
「異界から来ましたつったら苦笑いで特例承認もらったわよ、そりゃ身分証明できないし仮登録にもなるわよね」
「は、はぁ…」
「ところで」
シオンが、先程シエルと口論していた職員にキッと目を向ける。
「…異界と仰いましたね、この獣人が次元越えまで果たすとは…」
「この獣人じゃなくてシエルね、アルシエル」
汚れた獣人というレッテルを貼り激しく非難する割に、魔術の腕は確かに認めているようだ。
いや、認めざるを得ないほどにまで別格なのだろうか。
「…あなたはこの…いえ、アルシエルと一緒に経営するのですか」
「…えぇ、私の監督としても認めるわけにはいかないのかしら?そっちも仕事は仕事で割り切ってくれない?」
「…条件があります」
「(…来たか)」
やはり条件がつく。
一度は楽観したとはいえ、条件も覚悟の上。
「(逆に言えばそれさえクリアすれば片付く話よ)」
どちらにせよ恐らく食い下がれるのはここまで。
条件を飲み、どんな手を使ってでもそれを乗り越えるしかあるまい。
「聞くわ」
「…私の兄の消息が不明になっています」
「……続けて」
個人的な依頼。
となればやはりというか流石にというか、獣人だから条件をつけろなどという取り決めはないらしい。
単純にこの男の性格の問題だろう。
ひょっとすると、この条件をつけることを想定してシエルの申請を断っていただけかもしれない。
「…ギルドに母が依頼を出していますが…東の洞窟に採集依頼で向かってからずっと、帰らないのです」
「…探して連れ戻してこいって?」
しかし職員は首を横に振る。
口元が震えている。
「…母はまだ生きていると思っているようですが…東の洞窟は、先日強力な変異個体の魔物が確認された場所です」
「(魔物…)」
先程シエルに聞きそびれたが…
案の定、この世界は怪物の住み着く世界らしい。
その魔物とやらの変異個体。
「…そういうこと」
「…せめて遺品だけでも持ち帰ってください…変異個体の出現以来、請け負ってくれる冒険者も…誰もいません…」
魔物なんて空想の物語の中でしか知らないシオンでも、冒険者とやらが避けるような相手では厳しい戦いを強いられるのだろうと、なんとなく予想できた。
「……その時は、仇もちゃんと取ります」
「…お前は獣人だが…魔術師としては最高位だ…上の人間がなんと言おうと…情けないが頼る相手がいない…」
その表情は苦悶と悔恨に塗れていた。
あれほどに言っておいて依頼をするというのも、彼には相当な決断だったろう。
プライドを捨ててでも、兄を…その形見を、回収したかったのだろう。
だが、それなら尚のこと。
「わかったわ、それじゃあちゃんと依頼をこなしたら、」
変われる人間は、変わらねばならない。
「もう獣人ってだけでガンくれたり罵るのはやめなさい、それから衛生管理局にもちゃんと申請を回すこと」
「……結果次第です」
「シオンさん…」
この男だけでも、たった一人でも。
くだらない差別意識に囚われるなんて馬鹿げている。
だから、変えたい。
「行くわよシエル、ギルドとかいうところで請け負えるんでしょう?」
「あっ、は、はいっ!」
「待ってくれ!!」
二人を呼び止める。
男にはもう、プライドも何ない。
あるのは、大切な兄弟を思う気持ちと、
「…汚いことをして、すまなかった…許してくれ…」
卑怯と知りながらも強引な手段でシエルに依頼を請けさせた、己を恥じらう気持ちだ。
「…私なら、平気です」
シエルは、どこまでも優しかった。
優しかったから、ここまで上り詰めた。
「だから…ほんのちょっと、獣人のこと…考えてください」
そして、これからも。
ナツメグです、5話をお読みいただきありがとうございます!
さて次回ですが、少々お時間いただきます!
更新がローペースで申し訳ない!
その代わりボリュームたっぷりにドドンとお届けします!しばしお待ちを!
ではまた次回でお会い出来ることを楽しみにしてます!