意地と意地
ナツメグです、夜分遅くに失礼します。
今回も引き続き、獣人の村編。
ガルザードという男が、何故アルシエルに固執するのかというのは以前示した通りですが、
それ故にどこまでも食い下がるしぶとさにもご注目!
21話、どうぞ!
「行軍中だから馬車が出せませんってお前そりゃどういうことだよ!!」
「馬鹿野郎誰が戦地に好きで突っ込むんだ!俺の馬車を棺桶にする気か!」
軍が動くということは即ち戦いが起こるということ。
その規模が大なり小なり、国外への移動を認めるわけにはいかない。
それを認められるのは、
「…しかたねぇなシオンちゃん…」
「泣き言言ってらんないわよ」
「強壮剤ぶち込んでダッシュっスね」
「また筋肉付いちゃう…嫌になるわね」
彼ら、自由外遠征業者こと、冒険者のみ。
「どれくらいかかる?」
「死ぬ気で走りゃ、一週間くらいか…今からじゃ間に合わねぇ」
「けど放っておくのは心配だわ、一日で終わる戦いとは限らないのよ」
「ただの杞憂で、祝杯を上げるだけで済むとかならいいんスけどね…」
国境付近までなら馬車も利用できる。
ありったけの強壮剤と武器、その他最低限の荷物だけを持って馬車に乗り込む。
ステップに足を掛けたところで、シオンは一度だけ街に振り返って目を向けた。
「…………」
戦地が国外ともあってか、獣人の村はおろか、戦闘が起こるという事実を気にかける様子の人間はほとんどいない。
隅っこで獣人の子供たちだけが、ソワソワしていた。
「(…どいつもこいつも…ッ!)」
苛立ちが募る。
どうしてここまで非情になれるのか、彼女には一片たりとも理解することが出来なかった。
「いくぞシオンちゃん!」
「…わかってる!」
誰かが傷ついている現実を前にして、笑っていられる幸せを思い知らせてやりたい。
そんな気分だ。
「村から出ていった人はいませんね?」
「点呼は既に終わっておる」
「では…始めます」
シエルが、魔法陣に手をついて、その力を直に流し込む。
祈るように目を閉じ、全神経、産毛の先までも意識を一点に向けていく。
「天使の衣に我が身を委ねん」
小さな声で呟く。
最大最高最強最硬、ただただ強く強く、あらゆるものを守るために。
「其は愛と慈しみ、其は純粋なる拒絶」
唱える。
持てる力の全てを、ただ一つの魔法に込めて。
「此処より先は御使いの隠れ家、如何なる法を以ても触れられぬと知れ」
終わりの見えない、戦いが始まる。
「絶対慈空」
呼び起こされた術の名は絶対慈空。
次元を隔絶する障壁を空間に強引に“差し込む”魔術。
光の壁を生むのでも、岩石を盾のように隆起させるのでもない。
文字通り“異次元”を“差し込む”。
「これが…今の私の全力です…ッ!」
シエルが練磨し、培ってきた魔術の集大成、次元魔法。
世界を越えることこそままならないものの、こと時空の操作においては、免許皆伝級と言ってもいい。
「おぉ…村が…壁に包まれておる…!」
「これからは、村への出入りはおろか、砂粒一つでさえも通しません…!」
世界の理を捻じ曲げる次元魔法の壁は、単純な魔法障壁などとは比べるべくもないほどの、圧倒的強度を誇る。
後は根比べ。
シエルが力尽きるのが先か、ガルザードと兵団の精魂と物資が果てるのが先か。
「来いッ!私は私のやり方で戦うぞ!ガルザード!!」
「これは…ッ!?」
「ガルザード様…!あの壁に阻まれ、村に進入できません!全方位です!」
予想外の返答だった。
ここまで出向いた以上、直接対決で勝負を決めてくると思った。
そういう単純な女だと思っていた。
だが、
「…ほう…そう来たか…アルシエル…ッ!」
違った。
なんと狡猾な女か…狙ったのか偶然かは不明だが、とんでもない奇策だ。
「そうか…私を手ぶらで帰らせれば私の足元が崩される…そして…」
何よりも頭に来るのは、この作戦の根幹に見え隠れする、奴からの一つのメッセージだ。
それは確信を伴ってガルザードの脳内に響き渡り、ブチブチと血管を破ってくる。
「ぶつかればまず負けない…私にはこの壁を破れんと…そう言いたいのだな…アルシエルウウウウウ!!!!!」
あまりにも強勢、あまりにも前のめり。
勝てる見込みがなければこのような作戦を取ろうはずもない。
持久戦は想定していない、ガルバンディアまでの帰りを考慮すると物資は持っても5日程度か。
「ならば耐えて見せろ…!全軍に通達する!村東部に集結し、一点集中で火力を向けよ!魔術師を中心に隊列を組め!」
アルシエルといえども、200の兵の攻撃を5日間も受け切れるものか。
ここにいるのは鍛え抜かれた屈強な戦士と、ガルザード本人の指導の下技術を研鑽し続けた魔術師達。
そして、
「私も行くぞ…」
一つの壁を越えるために、プライドも、そして自分自身さえも捨て前に進んできた一人の男。
「アルシエル…ゥウ!!!」
空間ごと断絶された村の内部には、音は聞こえることが無い。
しかし、今外で何が起こっているのか、想像に難くない。
耳が捉えずとも、脳が、本能が直感する。
轟く怒号、剣や槍の金属音、爆撃のような魔術の轟音。
「…おかぁさん…」
「…大丈夫、アルシエル様が守ってくれるから」
村人達の心境も穏やかではいられない。
その姿を横目に、村長もまた、不安に心を悩ませる。
シエルは依然として魔力を伝え続けている。
これから彼女には、一秒たりとて気を抜くことが許されない。
そんな苦行のような重く苦しい時が、数日もの間は流れ続けるというのだ。
「…アルシエル殿…」
「…今のところは問題ありません、この程度ならば存外余裕があるかもしれません」
今はまだ、汗一つ流す気配すら無い。
設置して放置する部類の魔術障壁とは異なり、自らが魔力を流し続ける障壁は、傷が入ろうとも即座に修復が可能。
だが、当然ながら、求められる集中力、体力、気力、どれを取っても尋常ならざるもの。
彼女がどこまで持ち堪えられるのかは、未知数だった。
「出来ることがあれば言ってくれ…アルシエル殿だけに無理をさせるのは我々とて心苦しい」
「そうですね…それじゃあ、ちょっとお腹が空いてきたので、簡単なご飯を頂けますか」
今はまだ、余裕そのもの。
今は、まだ。
「走れェェ!!」
「くっそ…あんたら足速いわね…ッ!」
一方、道無き道を直線距離で駆け抜ける四人。
使用した強壮剤とは、一時的に筋力を増強し、痛みや疲労の感覚を大きく軽減する、冒険者御用達の道具。
それを用いて、獣のような速度で草を分け、土を跳ね、木々をすり抜け走って行く。
「…私でもこんな忍者みたいな動きができんのね」
「ニンジャ…?は知らんが、思考に身体が追いつく感覚は気持ちいいだろう」
「効果が切れると死ぬほど疲れるけどね」
「脅かしちゃダメっスよ、そんなパッと切れないっスよ」
強壮剤の効果時間は一本でおよそ半日。
長いようにも感じられるが、こんな薬を丸々飲む者の方がまず珍しい。
「(シエル…)」
今こうしている間にも、シエルが戦っている。
彼女が何を企んでいるかは想像出来ないものの、彼女を一人にさせるのは恐ろしい。
「アイツだ…!」
「アイツ…?シオンちゃん、どうしたんだ」
先日、シオンたちの前に現れたあの男。
あの男が何かをシエルに吹き込んだ…今回も恐らく、奴が関わっている。
「胡散臭い魔術師が…関わってんのよ…!」
「ちょ、ちょっとシオンちゃん!」
「待つっスよー!」
シエルには及ばないであろうが、奴が相当の実力者であるのは何となく理解できる。
しかし、実力の差を越えた何かが、小骨のように引っかかり、不安を煽るのだ。
「(待ってて…!)」
自分に何が出来るのか、何が出来ないのか、そんな悩みは今では瑣末なものでしかない。
小賢しい理屈でなく、今シオンは、彼女の下へと向かわねばならない。
そう、何かが告げている。
初日、開戦。
ガルザード率いる兵団、残存兵力100%。
利用可能な残存物資、79%。
士気、最高潮。
タイムリミット推定、残り4日。




