第4話 わがままな婚約者
「随分と無邪気に見せているな」
オーギュストは婚約者として紹介されたロザリーを初めて目にしたとき、そう独りごちた。
「オーギュスト様」
婚約してから、ロザリーはオーギュストの後ろをよくついて回った。
「ねえねえ、紅茶が飲みたいわ」
「カップケーキが食べたいの」
彼女は小さなわがままを繰り返す。
「またか」
「だって、食べたいんだもの」
「……全く」
オーギュストがそう言いながら用意してやると、彼女は本当に美味しそうに食べる。小動物か、と思わずつぶやいた。
彼女は本当に朗らかで、城の使用人ともすぐに仲良くなった。
「ねえ、あっちの薔薇が欲しいの」
「かしこまりました。この木の剪定が終わりましたら……」
「今欲しいの!」
「……どうしても、ですか?」
「ええ」
ロザリーはそう言って、庭師に中庭の薔薇を切らせる。
……さっきまで庭師がいた場所に、人の頭ほどの木の実が落ちてきた。
また別の日、使用人が書庫の掃除をしようとしていると、ロザリーが声をかけた。
「私の部屋にある、りんごのネックレスを取ってきて」
「……あとで……」
「今すぐがいい」
「……今すぐですか?」
「ええ。今すぐよ」
「……かしこまりました」
使用人はそう言って彼女の部屋に向かう。数分後、ネックレスを手に戻ってきた。その時だった。
書庫から轟音が聞こえた。床が抜けたのだ。幸い書庫には誰もおらず、ケガ人は出なかった。
「……偶然か?」
オーギュストは静かに首を傾げていた。
◇
「オーギュスト様、お茶会しましょう?」
「……今か?」
その日、オーギュストには視察の予定があった。今出なければ、予定時刻の十分前には着かない。
「……十分だけ、十分だけでいいから!」
「……はあ。十分だけだぞ」
私も大概弱いな。オーギュストは小さくつぶやく。そのままガゼボに用意されたテーブルについた。ロザリーは小さな口でクッキーを少しずつ食べている。
(……リスみたいだな)
オーギュストはぽつりと呟いた。
「昨日ね、虹を見たの。綺麗だった」
「よかったな」
彼はそう言いながら、彼女の髪を一房手に取る。
「……どうかしたの?」
「いや、きれいな色だと思っただけだ」
「ありがとう。元気出る色でしょ?」
「ああ。君らしい」
オーギュストは静かに笑う。そろそろ十分だ。行かなくては。
そう思って立ち上がった時だった。
「殿下が! 王太子殿下が!」
大臣が慌てて走っている。オーギュストは彼に「落ち着け、どうした?」と問いかけた。
「はい! 実は! ……あれ?」
「……どうした?」
「……まだ、出発されていなかったのですか?」
「そうだが」
「……良かった! 良かった!」
大臣はその目から大粒の涙を流す。
「……何があった?」
「ファレーズで、崖崩れが!」
オーギュストの背中に寒いものが走る。予定通りに出発していれば、今ごろファレーズにいた。オーギュストは思わずロザリーを見る。
ロザリーは「オーギュストさまが無事でよかったわ」と笑っていた。
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