ep.5もうひとつの結末へ
システム 表記修正 20260404
街に戻ったヴィータは、久しぶりの空気を確かめるようにゆっくり歩いていました。人々の視線が自分に向けられている気がしても、深く考えることはありません。ただ、見慣れた石畳や店先の匂いに、ようやく帰ってきたのだと静かに息をつきました。
そのとき、通りの向こうから小さな影がこちらへ駆けてきます。兄のヴィータの帰りを今か今かと心待ちにしていた妹のクイニーが、手を振りながら走ってきました。
「おにいちゃん、お帰りなさい! 怪物退治のご褒美って何だったの? 」
「……ご褒美? 」
クイニーの言葉に、ヴィータは思わず足を止めました。胸の奥に、説明のつかないざわめきが広がっていきます。ついさっきまで確かだったはずの時間が、ふと揺らいだように感じられました。
ヴィータの怪訝そうな様子に、クイニーは不思議そうに首をかしげます。けれど兄の隣に立つルードベキアに気づくと、はにかんだように頬を赤らめました。
「は、初めまして……。私は妹のクイニーです」
「私はルードベキアよ。よろしくね」
ルードベキアはクイニーの手を取って微笑みました。その一方で、ヴィータはハッとしたような表情を浮かべています。ここが王様の謁見から帰ってきた”あの時”の過去なのだと気がついたのです。彼は嬉しそうに、怪物退治の褒美は“お嫁さん”だったのだとクイニーに伝え、クイニーは姉ができたことを心から喜びました。
「ルードベキアお姉ちゃんって呼んでもいい? ――そうだわ。獣王ガンドルのおもちゃ箱に姉妹の証があるの。それを分けましょう」
「待って……その箱、ガンドルさまからもらったの? 」
ルードベキアは答えを聞いた瞬間、わずかに目を見開きました。それがヴィータの“盗んできたもの”だと知り、胸の奥に静かな痛みが広がっていきます。彼女はふたりを見つめ、箱は返さなければならないと静かに告げました。
ヴィータとクイニーは不安そうに顔を寄せ合い、怒ったガンドルに殺されてしまうかもしれない、と怯えが表情にじみます。ルードベキアはその不安を受け止めるように、そっと微笑みました。
「クイニー、料理上手だと評判なあなたにお願いがあるの。獣王ガンドル様のために美味しい料理を作ってくれる? それを持っていけばきっと喜んで下さるわ」
「分かったわ! 私に任せてね。彼は何が好きかしら? 」
クイニーは急いで家に帰ると、楽しそうに料理を作り始めます。そして出来上がった美味しそうなアップルパイと、鶏肉とほうれん草が入ったキッシュを大きな籠に入れました。お詫びの手紙と、白いチューリップを1輪添えて……。
クイニーに留守番を任せたヴィータはルードベキアとたくさんの怪物がいる森にやってきました。ヴィータは大声で獣王ガンドルの名前を叫びます。
すると ――、長くて赤い髪を揺らした獣王ガンドルが現れました。狼のような大きな耳を横にピンと張ってとても不機嫌そうな顔をしています。
「お前! 俺の大事なおもちゃ箱を盗ったヤツだな! 」
ヴィータは箱を持ち帰ったことを心から謝り、籠の中の料理を見せました。しかし、獣王ガンドルは警戒しているようで、低い唸り声をあげています。ルードベキアは料理をひと口ずつかじり、にっこりと微笑みました。
その様子に安心したのか、獣王ガンドルは籠を受け取り、クイニーが作ったアップルパイとキッシュを大きな手でつかんで、あっという間にたいらげてしまいました。
「こんなに美味いものを食べたのは初めてだ! 」
獣王ガンドルはすっかりご機嫌です。鼻歌交じりに、おもちゃ箱から黄金の林檎を取り出すと、ルードベキアに渡しました。
「箱を返しにきた心意気と、美味い料理のお礼にこれをやろう。でも、期待するなよ。それは、ただの林檎だ。ガハハハ! 」
「獣王ガンドルさま、こんなに素敵なものをありがとう」
ルードベキアの嬉しそうな笑顔を見て、獣王ガンドルは照れ臭そうに頭をポリポリと搔いています。だが、次の瞬間にはヴィータのほうへ真剣なまなざしを向けました。
「ヴィータ、その笛は魔族のものだな。やつらの魔法の匂いがプンプンしやがるぞ。そいつは怪物の命を容易く奪えるが……同時に、お前を蝕んでいく。壊した方がいいぞ」
忠告を終えた獣王ガンドルは、突如、樹木を鋭い銀の爪で輪切りにしました。フードを目深にかぶった魔族たちもいっしょに切り裂かれ ――塵となりました。そして、大きな声で笑いながら、獣王ガンドルは深い森の中へ……消えていきました。
「怪物退治はもうやめる。ルードベキア、こんな僕とずっと一緒にいてくれるかい? 」
家に帰るとすぐに薪割り用オノで魔法の笛を壊したヴィータがそう言いました。ルードベキアは顔を赤らめながら頷きます。ふたりは街にある小さな神殿に行き、天王ルルリカの像の前で誓い合いました。
おしまい。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
オリジナルのオーディン王の人形物語では、人形は光の王女に壊され、命を失います。
ヴィータは光の王女の手を取り、魔法の笛に呑まれて怪物となり、オーディン王に討たれてしまいます。
そして世界は、娘を失ったルルリカの涙で洗い流されてしまう──そんな運命でした。
けれど、この世界線のヴィータは光の王女ではなく、人形の手を取ります。
ハッピーエンドを願ったヴィータの想いが、読んでくださった方の心に少しでも残れば嬉しいです。




