第47話 望まぬ再会
背後からの強襲だったというのに、勇者の対応は冷静だった。
剣から放たれた光を収めたかと思えば、振り向きざまに薙ぎ払う。
剣を持たずに飛び込んだトウマは、咄嗟に地面を蹴って後ろへと引き下がった。
周囲の人々は、突如現れたトウマの姿に騒然とする。
「だ、誰なんだあれは……」
「勇者様に襲い掛かるなんて!」
「あいつも、人類の敵か!!」
トウマが被っている禍々しい兜も相まってか、人間たちの視線は厳しい。突き刺されるような視線に、鳥肌が立ちそうだった。
だが、痛いくらいの緊張感に包まれる中でも、勇者の態度は変わらない。
「やはり、君か」
「やはり?」
「ここに来る前、異世界の門へと行ったんだ。何やら騒がしいとは思っていたけど……君がやったんだろう?」
連れ去られるところだった異世界人を助けたことを言っているのだろう。トウマは頷きながらも、こう言葉を返した。
「俺は、間違ったことはしていない。弱き者を放っておくことなどできないからな」
「何を言っているんだ、君は。アレは僕らの所有物だぞ。君がやったのは、僕ら人間のモノを略奪したも同然。許される行為ではない」
「彼はモノなどではない!」
「いいや、モノさ。死んだ人間も、扱いはモノになるんだ。僕らの手の内に堕ちた彼らは、死人も同然。――すなわち、僕らの所有物ということさ」
「人間の価値基準など、知らん! だが、生きている者を虐げる行為は、どんな世界で生きる者が相手だろうと見過ごせるものか!!」
「それが、君がこの場に出てきた理由か? ふんっ、下らないな。所詮は、弱者同士の傷の舐め合いじゃないか」
軽蔑するように言い、勇者は倒れる異世界人へと目を向けた。
「コレを助けに来たんだろう? でも、助けてどうなる? 助けたからといって、君たちの世界が救われる訳でもあるまい」
「苦しんでいる者を助けるのに、理由など必要ない」
トウマは勇者を睨みながら、手甲を僅かにずらした。露出した肌へと犬歯を突き立て、血を流す。
全身から溢れる魔力を血へ流し込み、右手に剣を作り出した。禍々しい血色の剣を一振りすると、周囲の人間たちから怯えるような声が漏れた。
「そんな禍々しい剣を握る君が、弱き者を救うヒーローにでもなったつもりか? だが、君のやっていることは正義じゃない。自分の考えを他者へ押し付けているだけだ。そう言うのを、偽善と呼ぶんだよ」
「民を騙している貴様には言われたくないな。仲間すらも傷つけているというのに」
「何のことだ?」
「とぼけるな! ルミアちゃんが処刑されるのだろう? 貴様が、そう仕組んだな!?」
ルミアが処刑される理由など、勇者が何かしたから以外に考えられない。彼女は人を救っていたはずだ。正義に則って、行動をしていたはずだ。
そんな彼女が、何の理由もなく処刑されるはずがない。
しかし、勇者は首を振り、呆れたように返した。
「何を勘違いしているんだ? 僕は何もしていない。ただ、彼女がおかしなことを言いだしただけさ」
「おかしなこと、だと……?」
「彼女は魔族が敵ではないと言い出したんだ。牢に入れられても意見を変えない……だから、反逆者として処刑される」
「なっ……!」
勇者の言葉に、トウマは瞠目した。
ルミアは、魔族のために人間に働きかけようとしたのだ。このままでは、魔族は人間に滅ぼされてしまうから。
だが、それが原因で、彼女は反逆罪に問われている。
(俺たちのせいで、ルミアちゃんが処刑されようとしているということか……!)
「どうした? 今さら、彼女を助けたことを悔やむつもりか?」
俯くトウマへ、勇者は口角を持ち上げて言った。トウマの心などお見通しだと言わんばかりに。
「そうだ、君だ。君さえ余計なことをしなければ、彼女は死ぬこともなかったんだ」
自業自得、とでもいうつもりか?
確かに、勇者からルミアを奪ったのはトウマだ。しかし、ルミアを助けたのは、勇者らがルミアを虐げていたからだ。
あのまま放っておいても、ルミアは勇者かその仲間たちに殺されていた。トウマ自身、彼女を助けたことを間違ったことだとは思っていない。
ただ、悔しい。
自分がきちんとしていれば、ルミアを助けられたかもしれない。もっと強ければ、そもそも勇者に連れていかれることもなかった!
ルミアを危険に曝したのは、トウマの責任だ。
悔しさに剣を強く握りしめ、赤い双眸で勇者を睨みつけた。勇者は余裕そうな笑みを浮かべている。
いや、何でこんなに余裕ぶって、話なんてしているんだ?
トウマは、はたと気づく。
瞬間、頭上から風を切る音が聞こえてきた。
光に満ちた街の頭上から、何かが落ちてくる。
それは、驟雨の如き矢の猛襲だった。
「な……ッ!!」
勇者は、自分に向けることで、彼の仲間が放った矢からトウマの気を逸らしていたのだ。
気づいたときには、避けられない位置にあった。トウマは腕を交差させ、降り注ぐ矢を腕で防ごうとした。
「魔王様ッ!!」
矢が腕に突き刺さる直前、路地裏から飛び出してきたマイナがトウマを突き飛ばした。二人してもつれながら転がり、降ってきた矢からギリギリで回避する。
「チッ……まだ仲間がいたのか」
地面に転がるトウマらへと吐き捨てるように言い、剣を振り上げる勇者。銀色の光を反射する凶器を振り下ろそうとした瞬間、彼の背後にリュウトが現れた。
「ふッ――!!」
リュウトは短い呼気を吐き出し、風を斬る勢いで刀を走らせる。だが、死角から放たれた攻撃に勇者は気づいた。
地面を蹴りだすと横へ飛び退って回避。ステップを踏むような軽やかな足取りで、リュウトから距離を置いた。
勇者が離れたところで、トウマはマイナと共に起き上がった。勇者へと目を配らせれば、彼の背後に二人の人間が現れた。
魔王城が襲撃された際にもいた、堅鎧士と弓使いの男だ。
「ったく、こんなところで魔王と再会するなんてよぉ……今度こそ捻り潰してやらぁ!」
「ワタシたちに雪辱を与えたのです。命乞いをしたくなるほどに、苦しませてから殺して差し上げましょう」
魔王城での出来事をまだ覚えているのか、二人の目は怒りで燃えていた。
「……何が殺すや」
刀を一振りし、今度はリュウトが言い返した。
「あんたらの相手は、俺で十分や」
「ボクもやるにゃ……!」
マイナもメイド服の裾をたくし上げると、太ももに隠し持っていた短刀を引き抜いた。両手でそれを構え、鋭い目を勇者の仲間たちへと向ける。
「魔王様は、先に教会に行ってにゃ。ここはボクらが抑えるにゃ」
「……そうか。君たちは神聖教会に用があるのか」
マイナの言葉を聞いて、勇者が反応を返した。
「どうやら、君はあそこにルミアがいるという情報を嗅ぎつけたようだね。だが、あそこにルミアはもういない」
「何……!?」
まさか、情報は嘘だったのか?
一瞬、頭にそんな考えがよぎる。しかし、次の勇者の言葉で、それは否定された。
「ルミアが神聖教会にいることをどこで知ったのかは分からないが、彼女は既に移送されている。三日後の処刑のためにね」
処刑は神聖教会で行うわけではないらしい。ならば、どこに……?
「……ルミアちゃんの居場所を教えろ」
「教えるわけがないだろう? まあ、僕に勝てたら考えてあげなくもないけれどね」
挑発するように言って、勇者は白銀に煌く剣をこちらに向けて突き出してきた。
「その代わり、僕が勝った際には裏切り者について聞かせてもらおう。魔族に情報を渡すなど、そいつも反逆者だ。――殺してやる」
脅すような口調に、トウマは兜の奥で低く呻いた。
(……あの森で出会った者たちを裏切るようなことは出来ない。あそこには、異世界人もいる……!)
勇者があの場を知れば、異世界人にも危害を加えられてしまう。それに、ルミアだって助けたい。
トウマは息を呑んだ。
そして、決意と共に剣をさらに強く握りしめた。
「……俺は、貴様を倒す。もう二度と、その口を開けなくしてやる。そして、必ずルミアちゃんのことを教えてもらうぞ……!」
「やれるものなら、やってみればいいさ。ただ、神器は絶対だ」
勇者は正眼に神器を構えた。白銀の剣身から、眩い閃光が溢れ出す。
「君たち魔族に、これを止めることは絶対にできない。――格の違いを見せてやろう」
目を眇めさせると、勇者は嗤いながらそう宣言した。
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