私に与えられた道。
合併前。
新しくなる制服を取りに来たアヤとカナ。
カナは、純粋に恋愛を楽しもうとしているが、アヤの表情は優れず……?
「あのひと、すっごくイケメンだったね!」
「カナってば……」
私たちは、体育館までたどり着きました。カナと言ったら、どうやら沖田さんのことが気になって仕方がないようなのです。
「青い目だったけど、やっぱりカラコンかなぁ」
「たぶん、そうだと思うけど……それにしては、自然すぎる輝きのような……」
「そこがいいのよ~! まぁ、あの派手頭も、可愛かったけど」
土方さん、この言葉を聞いていたらまた怒っていただろうなぁ…なんて、思えてしまいます。
「ふたりとも素敵だったけど……あのふたり、出来てるのかな?」
「出来てる?」
私は首を傾げて、カナの顔を見つめました。するとカナは、大きく頷きました。
「そーよ! 恋人どーしってこと!」
「……ふたりは、男同士よ?」
私は眉をひそめて、ふたりがお付き合いしている様子を想像してみました。なるほど……似合わなくはないと思ってしまう私がいました。けれどもあのふたりは、そんな次元の繋がりではないと、私は思うのです。もっと深いところで繋がっている……そんな気がしてなりませんでした。
「たぶん、違います」
「どうして? 私は、出来てると思うなぁ」
体育館には、そこそこの列ができていました。ここに居る女学園の生徒と、新入生が女子生徒ということになります。ただし、女学園の生徒の全てがそのまま合併で優伽丘に入るわけではありませんでした。まったく別の私立の高校へ、転入する生徒も、少なくありませんでした。そのため、おそらくは女子生徒と男子生徒の比率ならば、男子生徒の方が圧倒的に多くなりそうです。
「それじゃあ、近藤さんにアタックするの?」
「そうしようかなぁ……性格は悪そうだったけど」
私は冗談で言ったつもりだったのに、カナといったらその気になっていました。たったほんの少し接触しただけだというのに、もう好意を寄せられるなんて……私には、考えられませんでした。
「アヤ、私たちの番だよ!」
「あ、うん」
制服を支給している先生も、みな男性ばかりでした。顔立ちも、整っていると思います。そのような先生方とやり取りを出来ることに、こころを浮かせる女学園の生徒は、少なくないようです。なにぶん、女学園の先生は、皆女性教師だったものですから、耐性というものがないのです。
小学校こそ共学だったものの、中学からは私は女子校へ通っていました。昨日から続く男性との接触に、戸惑いを感じていました。こんなことで、あと一年。無事に学校生活を送ることが出来るのでしょうか。
でも、一年……。
たった一年、我慢したら……。
何故、私が他の女学園生徒がしたように、別の学校へと転入しなかったかというと、そこには理由がありました。
それは、私が光ノ丘学園学長の、たったひとりの「孫娘」だったからです。
そのような私には、ひと知れず課せられた使命がありました。合併された新たな学校内に、女学園の風習を、自然と取り込ませる……というものです。そのため私は、生徒会の執行部員……いえ、生徒会長になろうとしたのです。
しかしいざ「敵陣」に入り込んでみると、相手もまた、この学校の継承者ということが判明してしまい……私は、すっかり怖気付いてしまいました。
思い返せば、これまでの人生。私は敷かれたレールの上をただ単純に、生きてきたとも言えます。困難なこともありませんでしたし、勉学に困ったこともありませんでした。ありがたいことに、祖母の家は裕福な家系でしたから、衣食に困ることもありません。ずっと、委員長や生徒会に属してきた為なのか、祖母の影響力からなのか、先生方からの信頼も厚く、また、友達にも恵まれていました。ただし、それは女社会での出来事。男性の居る社会に出たことのなかった私には、これからの生活は、自分が思い描いていたようにはいかないように、思えてきて不安になるのです。
「アヤ? どうしたの?」
カナもまた、お嬢様学校というだけあって、家柄もよく、お金持ちの家系でした。ただ、世間一般的な「お嬢様」というよりは、見た目こそ清楚なものの、活発で明朗な女の子でした。
「見てみて? 新しい制服! 似合う?」
グレーのボレロに紫のリボン。なかなか、可愛らしい制服でした。あまり、私服というものを持ち合わせていなかった私は、その制服を見て、袖を通すのが楽しみになりました。
「とても似合っているよ、カナ」
「本当!? ありがとう! アヤも着てみないとね! はい、試着!」
「え、ぁ、うん……」
そう言うと、私は簡易更衣室の中で着替えを始めました。まずはカッターシャツに腕を通し、グレーのベストを着込む。膝上のフレアスカートを履くと、Sサイズでぴったりのウエストで、若干の調節が利くその金具を動かし、より腰にフィットさせると、紫のリボンを付けて、胸ポケットに小さなエンブレムのあるボレロを着てみて、カナの前に出ました。これまでのエメラルドグリーンのワンピース型の制服とは、デザインも色も、まったく違うものでした。
「どう、かな?」
「すっごく似合ってるよ! サイズも、それで大丈夫そうだね」
「うん」
一六〇センチの私はMサイズのものを。女の子としては背丈の高いカナは、背丈が一七〇センチほどあり、Lサイズの制服を選んでいました。これまで着ていた女学園の制服は、優伽丘の校章が入った紙袋に入れてもらって、私たちはそれを受け取ると、直ぐに体育館を後にしました。新しい制服だと、なんだかまだ自分でも見慣れなくて、それに、相手の陣地に来たのだという思いがして、落ち着きません。
「アヤ、寮に戻る? それとも、せっかく来たんだし……散策する?」
カナをはじめ、殆どの女学園の生徒が、私が光ノ丘女学園の学長の孫娘であることを、知っていました。けれども、ただ、そういう肩書きがあるだけとの認識であり、この度の合併に関しての、私の役目など、知るはずがありません。
私は、カナの問いかけに対して少し悩みました。確かに、敵陣を偵察することは大切ですし、今日は昨日とは違い、カナも一緒。変な輩に絡まれる心配も、そこまでないはずです。優伽丘の先生方もいらっしゃることですし、そこは大丈夫かと思われます。ただ……やはり、男性に対しての耐性がない私には、荷が重く、さらには私のことを知ってかしらずかの近藤さんの、宣戦布告。それを前にして私は、どうしていいのか、わからなくなっていました。
(学園長のためには、会長になるべきですが……私に、票が集まるのかしら)
立候補をしてみたところで、劣勢であることは明らかでした。この学校では私はただの、無名であるとある女子生徒のひとり。
「アヤ? 具合、悪いの?」
「あ、ううん。今日は帰ろう? また、新学期がはじまったら、オリエンテーションとかあるだろうし……」
「そうだね。じゃ、帰ろっか!」
私たちは結局、このまま寮へ帰ることにしました。
一年。
たった一年。
私に残された猶予は……。