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まずはびっくり行状を暴露されたヒロインから。
「酷すぎるわ、ラティ君! 私、私そんな事 … ッ!」
うんうんそーだよねー。いくらホントの事だったとしてもさすがにこれは否定しておきたいわねー。同性としては判らないでもない。実際ここまで酷いとは思わなかったし。
この涙ながらの抗議に色ボケパーティも便乗する。
「そ、そうだぞ! イライザがそんなふしだらな!」
「ふしだらも何も、お前ら身に覚えアリアリだろ? 何だったっけ? 『殿下には逆らえない』『本当に愛しているのは貴方だけ』とか言われたろ?」
「何で知って …! あっ」
はい、自爆ー。
ポロッと口を滑らせた騎士団長の長男が慌てて自分の口を押さえたけど、もう遅い。本当に皆、身に覚えがあったみたいで互いを微妙な目で睨み合った。それを見てニヤリと口元を歪ませ、ラスティは更なる爆弾を落っことす。
「俺もそう言われて押し倒されかけたからなー。ついでに教えておいてやるけど、俺達下級生の間じゃ、その女は『チェリーイーター』って呼ばれてるから」
何それ、どこのB級映画モンスター !? マンイーターみたいで怖いな!
「実際は青田刈りしよーとして殆どに逃げられてたけどな!」
逃げられたんかい!
いやでも殆どって … いや言うまい。強く生きろ少年。ホロリ。
「酷い! 違うわ! 違います! 信じて皆!」
いやー、我が弟ながら酷いね! 容赦ないね! 徹底してるね! というか、敵情視察押し付けられた鬱憤晴らし入ってないかい? ごめん、弟!
あれ、おねーちゃんが反省している間に何故かアレもコレも私が指示した事になってるぞーあれれー?
扇の下でニラニラ笑いが止まらなくて困るわーこいつらホントに周りが見えてないのね。これだけ笑い者にされているのに、それが何故なのか、全く判ってないのならしょーがない。完全にトドメ刺すか。
せっかく悪のラスボス呼ばわりされたんだから、私が締めて差し上げましょう。
「みっともなく益体のない事を喚き散らすのはいい加減になさいませ。恥ずかしい」
「何だと !? 無礼な口を叩くのも大概にしろ! そうやってイライザをいじめていたのだな! この悪女め!」
「無礼はどちらです!」
パシン!
声を張るのと同時に手に打ちつけた扇は、小気味いい程鮮烈な音を立てて場に響いた。
「考え違いも甚だしい! 婚約者といっても貴方方は全員婿に入る身ですよ! 例え婚姻を結んだとしても爵位も実権も一切与えられない身! それが婚姻前から揃いも揃って1人の情婦に骨抜きにされての大言壮語とは片腹痛いですわ!」
「な … ッ! なん … !」
あれ、アホ王子、それすら判ってなかったのか。
確かに順当に考えれば男が家を継ぐのが大半ではあるけれど、婿養子に実権与えたら乗っ取られるって危惧しちゃうのが貴族の怖いところ。実際、信用して爵位とか渡した途端に本来の相続者である奥さんが謎の死を遂げた上に、すぐさま年の合わない連れ子(でも実子)付きの後妻迎えたクズ野郎がいたらしくて、今ではあくまでもその家の実子が全てを継ぐようになっている。
「そんな …!」
ん? 何でヒロインまでショック受けてんだろうって思ったら、ラスティが不快気に鼻を鳴らした。
「どーせ頭ン中で、王妃になる自分、それに傅く高位貴族のあいつらって図式ができあがってたんだろ。馬鹿じゃねーの」
ああ、納得。
つまり、ヒロインは王子以外のお馬鹿達もスイーツ仲間達の爵位とかがそっくり手に入るもんだと思っていたと。地位も名誉も持っているイケメンに囲まれてきゃっきゃうふふの逆ハー満喫、のつもりだったと。
この世界が乙女ゲームだと信じきって都合の悪い事には目を瞑ってきた彼女の敗因が結局そこなんだろうなあ。どれだけ酷似していいようとも、ここはリセットやセーブのできるゲームじゃない。ステータスだって好感度パラメータだって出てこない現実だって受け入れられなかった結果がこれだと、いつか気付くのだろうか。それともこの後リセットボタンを探して狂うのだろうか。
そう思えば哀れですらあるけれど、だからといって踏み台になってやる気は毛頭ない。
私はもう一度、今度は穏やかに扇で手を打つと、やれやれとばかりに首を振った。
「大体、今更婚約がどうのこうのと … 。簒奪目的なのがバレバレですわよ」
「簒奪だと !?」
「侮辱するか !?」
おや、本気で怒ってる? つまり、自分達の未来予想図がそうだと本気で判ってない? すげーな恋愛脳。いや、むしろ不倫脳?
「おや、違うとでも? 先程我が弟が指摘した事は一切考えていないと? ではなぜその方に心惹かれた時点で婚約解消なさらなかったのです? 爵位も何も手に入らないと知ってショックを受けていらしたのです?」
「そ、それは …!」
お馬鹿達は反論できずに口をもごつかせ、ヒロインをちらちらと見やった。完全に掌で転がされてたな、これは。
つまり、ヒロインはアホ王子と結婚する気満々、アホ王子以外のお馬鹿は当然あぶれる。イコール、さっきラスティが言った通りそれぞれの婚約者と結婚はする。それで自分達の生活は安泰、と。
馬鹿にするのも大概にしろよ、この腐れ共。
ヒロインにいいように乗せられていると予測はついていたとはいえ、実際に目の前で否定されないのを見ると心底怒りが沸いてくる。ここまで堕ちた馬鹿共の体たらくと、堕としたこの女に。
最早この場は彼らにとって完全な敵地と化した。お馬鹿が喚き始めた辺りまではまだ、茶番を眺めている娯楽感覚の貴族達もいただろう。だがここに至ってまだそんな生温い目でこの場を見る方はいまい。そして、この場にいるのはただの貴族だけではない。国のトップを始めとする皆々様までがご列席なのだ。つまり、この国そのものが敵となった。もう誰も救ってはくれない。
「それとも? このような場で大々的に、そしてありもしない罪とやらで私を責め立てれば、自分達が悲恋の主人公としてこの場の皆様がよくやった、おめでとうと祝福して下さるとでも思っておいででしたの?」
ようやく、本当にようやく己の立場の危うさが脳に届いたのか、お馬鹿達の顔から完全に血の気が引いた。しかし、アホとヒロインはまだ諦めていないのか、ひしと抱き合ったままこちらを睨みつけている。
「ああ言えばこう言う …! 昔からお前はそうだ! 可愛げのない最低の女だ!」
「そう思われていたのでしたら何故これまでに婚約解消なさらなかったのです?」
「父上がお許しにならなかったからだ! そうでなければお前など …!」
「お許しが出なかった意味をひとつもお判りになっていませんのね」
「何だと !?」
「はっきり申し上げれば貴方の受け入れ先が我が家しかなかったからですわ。まさか何の役職もなく、このまま王宮で遊んで暮らせるとでも思っていたのですか?」
「俺は王になるのだぞ!」
「いいえ。陛下はまだどなたも王太子とお定めになっておられません。逆に言えば、貴方が王太子になれなかった時の為に、陛下は婚約解消をお許しにならなかった」
そう、どう転んでもこのアホが生きていけるようにという親心。押し付けられるこっちはたまったもんじゃないけれど、その気持ちは判らなくもない。それをこいつは全く理解していないばかりか、こんな場で、後足で砂をかけるような真似をした。ならば、もうこれ以上の問答はナシだ。左右の仲間達はおろか、会場中が今か今かとウズウズしているのだから。
大体、さっき私は「全員婿養子の身」とはっきり言ってやったじゃないか。アホはとっくに王太子候補から外されてるっての。
そして、完全に引導を渡されなくてはならない状況にまで自分を追いつめた愚かさを、コイツは理解できるのだろうかね~。
私は、素早く周りとアイコンタクトを交わすと、色ボケパーティ全員を見据えた。
「貴方方からの婚約破棄などできないとは判っていますが、なさりたいならどうぞご勝手に。お好きになさいませ」
―― オイ。だから何故そこでショックを受けるか馬鹿共。まさかここに至ってまだ私達がお前らに惚れてるとか思っていたんじゃなかろーな? 特にそこのアホ王子! 私だって初対面時からお前なぞ眼中にないわ! 大嫌いだわ! 自惚れんなアホウ!
「だって …」
と、私達は顔を見合わせ笑みを交わす。そして、
「とっくにこちらから破棄済みですから!」
前もって練習したわけでもないのに4人綺麗に揃った発言に、これまでずっと成り行きを見守ってくれていた周囲の方々から笑い声と喝采の声が上がった。なんてたって、色ボケパーティが浮かれていた間に根回しはばっちりしましたからね!
スイーツ仲間達の輝かんばかりの笑顔が本気で眩しい。もちろん私だって満面の笑みですよ! やっと自由になれた!
色ボケパーティのあの顔! ああ、本当にすっきりした!
「そんな … いつの間に …!」
お馬鹿達の間から呆然とした声が上がると、ミケイア達が一斉に話し始めた。
「あら、半年以上前から先様には打診してましたのよ?」
「ええ、どこぞのご令嬢にご執心だと聞いてすぐでしたわね」
「先様もそれを全くご存じなくて … 。調べるから待って欲しいと言われましたわ」
「それはそうですわよね~。自分の息子が婚約者を放っておいて他の女性に骨抜きになっているなんて、普通ありえませんもの」
「事実を確認されてからも随分待たされましたわ~」
「一時の気の迷いとお信じになりたかったのでしょうけど、結局折れて下さいましたわ」
「私はお菓子をお届けした時に、先様の奥方様が大層お怒りになられて、その場で承諾してくださいましたわ」
「あ、私も同じですわ」
うおお、すごいなマシンガントーク。そして各家のスイーツ。
何せ、女性陣の心をつかんで離さないスイーツですからね。そりゃ自分のトコの息子がそれを婚約者にねだった挙句浮気相手に貢ごうとしているっぽい、と察したら激怒するでしょうとも。ちなみに私の時も王妃様大激怒でしたよ、怖かった …。あの時は理由が判らなかったから余計怖かった …。
でもまだよーまだ終わらんよ! 自業自得という言葉を噛みしめてもらわなきゃいけませんからね~。
「良かったじゃありませんか。これで皆様晴れて自由の身ですよ? お好きなだけ真実の愛とやらを育めばよろしいわ。―― もっとも」
私は扇の下でニヤリと底意地の悪い笑みを浮かべた。
「無一文の宿無しでどこまでその愛が続くか、見ものですわね?」
「はあ !?」
今度は色ボケパーティの声が綺麗に揃った。
「ふざけるな! 一体何を言っている!」
「あら、事実ですわよ? 婚約破棄は仕方ないとして、皆様の生家からそれぞれお手紙が来たでしょう? 卒業までに生活を改めなければ勘当する、と」
「なッ! 馬鹿な! そんな手紙は見ていない! 嘘をつくな!」
「いえ、間違いなくお届けしました」
と、ここで、お馬鹿達の侍従達が揃って前に出てきた。彼らを代表するように一歩前に出たのは、アホ王子の侍従だ。
「国王陛下、並びに王妃殿下から何通もお手紙が届いておりましたが、中も改めずに破り捨てたのはあなたです。他のお家からも同じように届き、やはり見向きもしなかったと聞いております」
一斉に頷く従者達。彼らもお馬鹿達に苦言を呈しては辛く当たられていたから、庇う様子は全くない。
「そ、それは …!」
この時の状況も実は耳に入っているのよね。休みにも寮から帰宅せず、学園内の評判も酷い、婚約者もないがしろにして女の尻を追い掛け回している状況だから、それを嗜めるお説教ばかりの内容にうんざりして無視する様になったって。だから婚約破棄の事も勘当の事も、侍従達が説得しようとしても聞く耳持たず罵倒で返していたくせに、どうしてそこで彼らの事を裏切り者という目で見られるのか判らない。
「―― 私どもの力不足でございました。しかし、無事この学園をご卒業なさった時点で皆様はすべての後ろ盾をなくされました。私どもも主の元に帰らせていただきます。それから、寮のお部屋の事はご心配なく。すべて恙なく処分させて頂いておりますので、このまま後顧の憂いなくどうぞ御発ち下さい」
そうして彼らは揃って優雅に礼をすると、会場の皆様方にも頭を下げ、来た時と同じく静かに退場した。彼らが去って行った先はそのまま残り、会場出口までの一本道が出来上がる。まるで、色ボケパーティに「さっさと出ていけ」と言わんばかりの舞台ね。当人達は状況の激変についていけていないようだけど。
と、そこに、この茶番劇最後の人物が登場する。早い話がマイパパン。
「おや、君達まだいたのかい」
うーん、今日もイケメンですね、パパン!
と、
「公爵様!」
ヒロインの目がギラッと光った。うわ、マジでか。攻略対象最後の1人がパパンだなんて何て冗談だと思っていたのに、こいつマジで狙いに来た! 使い物にならなくなったお馬鹿達にさっさと見切りをつけたか、目を潤ませながらパパンに駆け寄るヒロイン。
「お助け下さい、公爵様!私、私 …!」
「助ける? 変なことを言うね。これは君が望んだ事だろう? 我が国の有望な人材を軒並み籠絡したんだから、十分満足だろう? それで私に助けを乞うなんてどんな了見なのかな?」
おお、ヒロインの突進を見事に交わしたパパンの冷静な突っ込み!
そしてここでラスティの容赦ない補足!
「あれだろ、あいつらにこれ以上貢がせられなくなったから親父殿に乗り換えようってハラだろ」
「え、正気かい?」
パパン、本気で冷たいな!
でもまあ当然かな。我が両親は相変わらず仲睦まじいし、何よりパパンだって色ボケパーティの事はよく知っている。おかげであのアホとの婚約があっさり破棄できたとほくそ笑んでいたからね~。第一、その辺の事情がなくたって、いきなり取り縋ってくるようなぶしつけな女を庇って保護してやるような義理はない。これが暴漢に追われてるとかゆー状況ならいざ知らず、逆にどー見たって条件のよさそうな男に鞍替えしようとしているのが見え見えだもの。無理だもの。年齢的な物もあるし、確かに正気を疑われてもしょーがないわな。
「そんな、酷い …!」
正気を疑われたヒロインが素でびっくりしてるっぽいけど、むしろそれにこっちがびっくりだわ。それはパパンも同じらしく、珍しく呆れ口調を隠しもしないでこう告げた。
「親子程の年の差がある上に妻子ある、というか、自分が冤罪着せて殺そうとした子の父親に媚を売って保身を謀ろうとしているんだから正気を疑われても当然だろう。どうして庇ってもらえると思うんだ?」
「え、でも、だって … アイオスロ公爵家は …」
「不仲だ、とでも言いたいのかね、君は。娘ばかりか家ごと侮辱してくれるとは嬉しいね。私を好色家と呼ぶか、淫婦が」
あ、やばい。パパンが本気でキレた。これはマジで物理的にヒロインの首が飛ぶ …!
確かにゲームでは我が家は冷え切った家族として描かれている。でなきゃ血のつながった姉を弟が断罪し、父がそれを容認した上で娘を着の身着のまま放逐したりはしないだろう。それでもそもそもの原因というか、前提がおかしいけどな! 娘を駒としてしか見ていない設定なら、王子の浮気が原因、イコール、それをネタに利権を王家に要求、とくるだろう。本当はそう思っていなくとも、「うちの可愛い娘が王子に弄ばれた」「傷物になった娘が不憫」とか何とか言えば、王家としても外聞が悪いから何がしかの詫びはしなくてはならない。特にウチは公爵家だ。その発言力、影響力は無視できない。
それなのにゲームではテンプレバッドエンドになっているんだから貴族ナメてんのかって話なんだよねー。その上パパンまでヒロインの取り巻きになるとか、ナイナイナイナイ。いくらフィクションでもありえないっつーの。
そして現実では音に聞こえた愛妻家で子煩悩なパパンに対し、このヒロインの発言は二重三重にやばい。リアルスプラッタは御免蒙るのでフォローというか、話を逸らしに入るとする。
「お父様、もう皆様お帰りになられましたの?」
楚々と歩み寄り、周囲を見回してみせると、大きく深呼吸をしてひとまず怒気を散らしたパパンがこちらを向いてくれた。
「ああ。陛下ご夫妻はもとより、他家の方々も引き上げたよ。だから私もレティのエスコートをしようと思ってね」
「まあ …」
どうよ、この完璧な紳士っぷり。そっとスマートに差し出された左肘にゆったりと手を置き、
「ありがとうございます、お父様」
と微笑めば、優しい笑顔が返ってくる。どうよどうよ、ウチのパパンはかっこいいだろう! アホ丸出しの俺様「元」王子なんか目じゃないわ。周りの女性達からも感嘆のため息が洩れる。なのにヒロインからは歯軋りが聞こえてきそうだ。
聞こえる、といえば、お馬鹿達のロミオコールが少し離れた所で始まっているようで、それをスイーツ仲間達がバッサバッサと切り捨てているようだ。
浮気男ってどーしてああも女が自分にベタ惚れしてて別れたくないと泣いて縋ってくるのが当然って思うのかしら。自分が振られるはずがないという根拠のない自信がどこから沸いて出るのかいっぺん頭カチ割って調べてみたいもんだわー。
あれかしら、浮気イコールモテる俺、イコール女の方から寄ってくる。モテるんだからしょうがないってか。ざけんな猿が。
パパンを止めに来たはずが、知らず親子揃ってキレかけている有様だったんだけど、そこでヒロインを回収しに来たアホがまた噛み付いてきた。
「おい! 父上達がお帰りになったというのはどういう事だ! でたらめを言うな!」
「本当の事だよ。来賓席を見れば判る事じゃないか。そして君は廃嫡され王籍も失った。君にも判るように言うとね、君は親子の縁を切られたのさ。良かったじゃないか」
「何が …!」
と反論しかけたアホを遮ってパパンが畳み掛ける。
「だって『王子じゃない君』を認めてくれたから彼女を選んだんだろう? そう見てもらえない事が不満だったんだろう? だけどこれで皆が『王子じゃない君』を見てくれるじゃないか。義務の義の字も果たそうとすらしなかった君が、一体何に王族たる重責を感じていたのか知らないが、だが、これで双方丸く収まるというものだ」
「無礼者! この俺に対して何たる暴言! 娘も娘なら親も親だ! 誰か! この反逆者共を取り押さえろ!」
誰が反逆者やねん。
たぶん、この場の全員の心が一致したと思うわー。アホップル以外、皆白けた目になっているのが見なくても判る。こいつホントにあの顔見せ以来全く成長してねーなー。
当然、誰一人動かないからアホが焦り始める。
「どうした !? この俺が命じているんだぞ! 早くしろ!」
「無駄よ。たった今お父様が判りやすく教えて下さったでしょうに。お前は王族じゃなくなったって。ホラ、何の柵もなくなったのだから喜び勇んで旅立つところじゃない。せっかく皆様が道を開けてくださっているのだから早く行って頂戴」
もうその必要がなくなったのと、呆れ果てて取り繕う気にもなれなかったから、ほぼ素の口調でそう返し、先程できた出口までの一本道を指し示す。
「レティーナ! 貴様!」
「平民の君に私の愛娘を呼び捨てる権利はない。1度だけ見逃すからさっさと行きたまえ」
「へっ、平民だと … !?」
パパンの容赦ない一言に、流石に絶句するアホをもう見たくなかったので、さっさと摘み出せとラスティに視線をやる。途端嫌そ~に顔を歪めたラスティだったが、このままでは埒が明かないのは重々判っているのでため息1つで動いてくれた。ありがとう、弟よ!
足早にアホップルに歩み寄ったラスティは、固まっているアホとヒロインの腕をそれぞれにつかむと、力ずくで花道(ぷぷっ)を進み始めた。それに続けとばかりに、在学中彼らに迷惑かけられまくった卒業生達がまだロミオってるお馬鹿達の背中を押しやり始めた。
「離せ、無礼者!」
「ラティ君、痛い!」
という、アホップルの声に、
「やめろ! 離せ!」
「助けてくれ! ミケイア!」
「やめてよ! 平民になんかなりたくない!」
というお馬鹿達の声が続き、会場からポイッと放り出されるまで騒がしかったが、会場の、本来なら閉会まで閉じられる事のない両開きの大扉が静かに閉ざされ施錠されると、今度は会場中から大きな、本当に大きな歓声が上がった。
うんうん、この「ざまぁ」のために皆耐えてたもんねー。判るわー。
早い時期にこうなる事に決まっていたけど、色ボケパーティそれぞれのお家は最後まで信じたかっただろうし、何より最後の最後に叩き落とす、そのために学園中の人が耐え、避け、監視してきたのよねー。
色ボケパーティだけがこういうオチを用意されている事を知らなかった。ま、我欲の赴くままにそれなりに楽しめたんだからいいんじゃないの? 誰一人庇いだても制止もしようとすらしなかったんだもの、自業自得よね。
「さあ皆様!」
パンパン、と高らかに手を打ち鳴らして。
私はスイーツ仲間達の下に戻ると、揃ってにっこりと両手を広げた。
「私達の自慢のスイーツをたっぷり用意してございます! 皆様、どうぞお召し上がり下さいませ!」
わあっと新たに湧き上がった歓声を受けつつ、私達は給仕が運び込み始めた料理やスイーツの差配を開始した。
ようやっと卒業おめでとうパーティ本番と言わんばかりに和やかな会話や食事を楽しむ私の下に、この茶番劇に参加しなかった二人、シャリアとジャスティンが揃ってやってきた。
「やあ、レティーナ嬢。たいへんだったねえ」
そうにこやかに口火を切ったジャスティンは、実に好青年になっていた。反面シャリアはちょっとむくれている。何故に?
「ありがとうございます。これでようやくすっきりしましたわ。ところで、シャリアはどうしてそんな顔をしているの?」
「だって、私だけ除け者だったんですもの。つまらないわ」
「何言っているの。私達の中で被害を蒙らなかったのは貴女だけなのよ? それともなぁに? あの子爵令嬢にジャスティン様を誘惑して欲しかったの?」
と、意地悪く言い返せば、シャリアは慌ててジャスティンの腕にしがみついた。
「だ、ダメ! 絶対ダメ!」
友人の可愛すぎる反応に思わず笑いがこぼれる。そんな彼女を見つめるジャスティンのまなざしからしても、二人の仲が良好そうで何よりだ。
本当なら、私はともかく他のスイーツ仲間達だってこんな幸せな関係を保てていたはずなのだが、あの体たらくを見るに、おそらくヒロインがいなかったとしてもあのお馬鹿達は何らかのヘマをやらかしていただろう。その素養があったからこそのあの言動なのだから、あのアホ王子ともども結婚前に判明して助かったと言うべきなんだろうけど … まぁ、もう考えない事にしよう。うん。
「何にせよ、無事計画は成功したんだし、今は卒業パーティーを楽しみましょう? ジャスティン様も」
「ありがとう。私の時にこの騒ぎが起こらなくて本当に助かったよ。私1人ではどうにもならなかっただろうからね。まったく、たいしたものだよ、君達は」
と、もしかしたら巻き込まれていたかもしれなかったジャスティンだけでも助けられたのだから、きっとこれが最良の結果なのだろう。
「それにしても彼らはこれからどうするんだろうね?」
「さあ? そこまで面倒見てはいられませんわ。実のご両親にすら見放された『真実の愛』の探求者とやらですもの。それが本物なら何とかするんじゃありません?」
「ねぇ、レティ。もしかしたら彼女の家にまとめてご厄介になるのではなくて?」
「ああ、それはないよ、大丈夫」
それまで私達のやりとりを微笑ましく見ていてくれたパパンがにーっこりと嫌な方の太鼓判を押してくれた。
「あの子爵は元々高位貴族とのつながりを作らせるために彼女を養女にしたんだ。だからあの茶番で旗色が悪くなってきた途端、こそこそと逃げ出したからね。今頃養子縁組の解消手続きを済ませているんじゃないかな? 何せ当人達がその時間稼ぎをしていたようなものだしね」
うわあ。
敵方ながら鬼だな。
つまり、あの連中が困って子爵家に転がり込もうとしても関係ありませんって顔で跳ね除けるつもりなのか。いやはや、怖いわー。
何とも言えない心情で固く閉ざされた扉の向こうを見やれば、戻った人の流れの間を縫うようにして、えらく疲れた顔のラスティが帰ってくるのが見えた。お疲れちゃーん。
「やっとあいつら追い出してきたよ」
「ご苦労様、ラス。彼らにも困ったものだね」
パパンが周回する給仕のトレイから取ったグラスをそのまま流れるようにラスティに渡す。受け取ったラスティはというと、優雅さの欠片もなくそれを一気に飲み干した。まあ今回は誰も咎めないけど、一応後で行儀が悪いと釘を刺しとこ。コレでも未来の公爵様ですからね。
当人は一気したせいか気疲れのせいか、とにかくがっくりと肩を落として大きく息を吐き出した。
「一応見届けなきゃてんで校門まで付き合ったんだけどさ、あいつら警備員に連れてかれる間ずーっとわめき散らしてて、ホンットにうるさかったー」
うんざりとした口調で続けられた話からすると、色ボケパーティは完全に瓦解したようだ。ヒロインはウチのパパンやラスティに瞬間鞍替えかまそうとしたのを責められて逆ギレ、アホ王子は全部人のせいにして自分は悪くないと叫んで復権を要求し、お馬鹿達はひとしきりヒロインをなじった後でそれぞれの婚約者とその家のスイーツの名前を叫んでいたそうだ。
って、婚約者とスイーツ同列かいッ!
後で詳しく聞いたら、最後にはスイーツの事しか言ってなかったらしい。「俺のガトーショコラー!」とか、どこの立ち飲みレストランかと小一時間。うむ、全員婚約破棄して正解!
ともあれ、力づくで何とか学園外に放り出せたので戻ってきたというラスティを労いつつ、私達は卒業パーティーを楽しむ事にした。
その数ヵ月後、シャリアとジャスティンの結婚式に参列した私は、色ボケパーティの末路を耳にする事になる。これもまあ、悲惨な方のテンプレだったという事で終わらせたいと思う。「悲惨」であって「凄惨」ではない、という辺りでその程度を推し量ってもらえるとありがたいかな。
とりあえずはまあ、婚約破棄成功で今とっても幸せです、はい。