5人目 『漆原真姫ちゃんはお姫様』
「す、好きな人……ね」
「そうなんですぅ。あの人のことを考えると夜も眠れなくてぇ……」
本日は一緒にいるだけで溶けてしまいそうな甘ったるい声をしたお客さんです。
どうやら、彼女は恋愛相談で来たようですが、彼女に真っ先に返答をした梅ちゃんは冷や汗を流しつつ、
「ええっと、そう。あー、うん。この件は……そう、さっちゃんに任せるわ!」
「さくめちゃん、汗すごいよ?」
咲ちゃんは任されたことに反応するより、見て分かるくらいに汗を流す梅ちゃんを心配します。
ですが、何でもないと言わんばかりに彼女は服をパタパタと扇いで立ち上がると、
「——ちょっと体が火照ってきたから外走ってくるわね」
「えっ、それって悪化するんじゃ——って行っちゃった……」
咲ちゃんのツッコミも聞かぬまま飛び出して行きました。
首から耳まで顔を真っ赤にして。
「あらあら」
「あの人どうしたんでしょうかぁ?」
梅ちゃんが物凄い勢いで出て行ったことにきょとんとし、頰に手を当てる今日のお客さんは漆原真姫ちゃんです。
咲ちゃん達に負けず劣らずな可愛い女の子で、毛先がくるくると巻かれた明るい茶髪がチャームポイント。
男性であれば、見かけたらつい目に留めてしまうような見た目なのに、一体何を悩む必要があるのでしょうか。
そんな疑問を抱かざるを得ないところではありますが、響子さんはにこにことした笑顔を浮かべて軽く頭を下げます。
「ごめんなさいね。梅ちゃんはランニングに出かけてしまったようなので、私と咲ちゃんが今回の相談に乗らせていただきます」
「はぁい、よろしくお願いしますぅ」
そうして、真姫ちゃんは頰に手を当て、うふふと微笑むのでした。
ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆
「っとと、こちらココアといちごパスタになります」
「わぁ、ありがとうございますぅ。私これ好きなんですよねぇ」
先日相談所を訪れたゆうさんの得意料理だといういちごパスタ。
彼女に教えてもらったレシピによるものですが、まさか注文されるとは思っていなかった咲ちゃん。
「私が知らないだけで人気あるのかな……?」
そんな咲ちゃんの疑問を知ってか知らずか、真姫ちゃんはいただきますを言うと、一口、二口と、抵抗もなく口に運んでいきます。
それはもう、美味しそうに。
「……響子さん、世界って広いんだね」
「宇宙から見れば世界だって狭いものですよ、咲ちゃん」
しばらくの間世界の広さに驚愕する咲ちゃんでしたが、真姫ちゃんの食事が終わる頃にはすっかり元通りになり、
「ごちそうさまでしたぁ。ええっと……咲さん。とぉっても美味しかったですよぉ」
「ほんとっ!? 良かったぁ、ゆうさんにありがとうって言わないと」
「それから味見してくれた梅ちゃんにも、ですね」
咲ちゃんは何度も頷き、えへへーと笑うと、真姫ちゃんのお皿を片付けて改めて席につきます。
そして、
「えっと、それじゃ改めて。今回は恋愛相談だよね」
「ええ。仲良くなりたいんですけどぉ、なかなか勇気が出なくて……」
「真姫ちゃん。もしよろしければ、どんな人なのか教えてもらえますか?」
「もちろん話しますよぉ。——その人は同じ学校の先輩で、人気者なんです」
「うんうんっ」
「先輩と私が出会ったのは一ヶ月前のことでした。私はその日ネックレスにしてる指輪を通学の途中に落としてしまって、困っていたんですぅ。でもそんな時に、あの人が現れたんです」
少しずつ言葉に熱が入っていく真姫ちゃん。
彼女は自分の世界に入りかけているのか、表情がどんどんと崩れて恍惚なものへと変わっていき、
「何か困ってるなら手伝うよ、って!」
「おおー……っ!」
今にも踊り出しそうなくらい盛り上がっている彼女と、話を聞いて目をキラキラとさせる咲ちゃん。
それをあらあらと見つめる響子さんはどこか楽しそうです。
「それからあの人のおかげで無事見つかって、お礼をしようとしたんですけどぉ、すぐに行っちゃって……。まだあれからお礼が出来てないんですぅ」
「まるで王子様みたいだねー」
「ええ、そう、そうなんですよぉ。本当にかっこよくて……でも、だからなのかも。あの人を前にすると恥ずかしくてぇ…………」
しかし彼女の興奮は徐々に落ち着いていき、今度はうつむき気味に声の音量が下がっていってしまいます。
そんな真姫ちゃんに、これまでにこにこと微笑んでいた響子さんが何度か頷き、言いました。
「真姫ちゃんは、その先輩さんへの憧れが強すぎるのかもしれませんね。まずは先輩さんのことをよく知ってみるのはどうかしら?」
「響子さん、知ってみるって?」
「例えば人気者と言っていましたが、普段の彼女がどんな人なのか。どんな部活動などに所属しているのか。同級生で接点のある人や、同じ部活動の人。そういったことから始めてみるのはどうでしょう」
隣で聞いていた咲ちゃんが感嘆の声を上げますが、何故か真姫ちゃんは申し訳なさそうな顔をして、
「……えっと、それがそのぉ。もう知ってるんです、あの人のこと。部活動には入っていなくてぇ、趣味はカラオケ、ショッピング。休日はよく友達と出かけていて、妹と弟が一人ずついます。それからあと、家の場所も」
「あらあら、近所に住んでるんですね」
「いえ、たまたま目にする機会があったんですよぉ。でもやっぱり勇気が……」
「それだけ色んなこと知ってても難しいんだね……」
彼女がさらっと恐ろしいことを言ってのけましたが、特には気がつかない咲ちゃん。
響子さんは気づいているのかいないのか、そっと口元に手を当てて考え込んでいました。
「やっぱり、話しかけないと仲良くなれませんよね……?」
今にも泣きそうな表情を浮かべる真姫ちゃん。
何か言葉をかけてあげようとする咲ちゃんですが、それよりも前に響子さんが顔を上げ、言いました。
「——手紙を出してみるのはどうでしょう」
「…………手紙、ですかぁ?」
「下駄箱や自宅、あるいは教室の机の中。何でも構いません。真姫ちゃんが今こうして感謝を告げたいと思っていることや、憧れていること。その上で、仲良くなりたいのだと考えているのだと」
「上手く行くでしょうか」
「大丈夫。貴方がそうやって、純粋にその先輩に憧れているのなら、きっと分かってもらえます」
それでも瞳を揺らす真姫ちゃんの手をそっと握り、響子さんは言います。
「ましてや、真姫ちゃんは可愛い女の子なんですから。上手くいきますよ。——けれど、焦らないように気をつけてくださいね。ちゃんと段階を踏んで、少しずつ仲良くならないと、誰だって警戒してしまうものですから」
「可愛いだなんて、そんな……。でも、分かりました。私頑張ってみることにしますぅ」
彼女はうふふ、と頬を赤くして笑うと、早速手紙の内容について二人に相談するのでした。
そして、それから変化が訪れたのはほんの数日後のことでした。
次のお客さんと、共に。
次回へ続く。




