41人目 『後輩さんと、お手伝いお姉さんと、特別な助手さん』
まん丸なお月様が相談所を照らす、穏やかな夜。
今夜はいつもお世話になっている、とのことで、由美さんと幸子さんが夜ご飯を作りに来ていました。
そんな中、二人はデザートの材料を買い忘れてしまったので、咲ちゃんは自分が作ると手を挙げて。
「ココアパウンドケーキ……ですか?」
小首を傾げる幸子さんに咲ちゃんは頷きます。
それから、一体どこから取り出したのか、ココアを片手に目をキラキラとさせて言いました。
「私、ココアは好きだけど、その中でも一番パウンドケーキが好きなんだ」
「あら、それは初知りね。いつもココア飲んでるのは知ってたけど」
「確かに、言われてみるとみんなの前であんまり食べてないかも。でもね、ココアが好きになった理由でもあるんだよ」
意外そうな表情をする由美さんに、咲ちゃんはどこか自慢げにそう話します。
それから続けて、
「あとね、相談所の助手を始めたきっかけなんだ。響子さんが作ってくれて……」
「響が?」
「うん。とっても美味しかった!」
遠い日のことを思い出しつつ、満面の笑みを浮かべつつ。
「それは良かったわね、咲ちゃん。……ちなみにどんな経緯だったのかしら?」
「うーん…………内緒!」
そんな咲ちゃんに興味を抱く由美さんでしたが、咲ちゃんは少し悩んでこれを拒否。
咲ちゃんにしては珍しい反応でした。
「でも、それだけ咲ちゃんにとっては特別、なんですよね……」
「みたいね。内緒ならワタシも無理には聞かないけど」
「え、えへへ……。ごめんね、二人とも」
気になる心を抑えてくれる二人に、咲ちゃんが申し訳なさそうに笑って。
なんだかいつもと違う調子の中ですが、しかしそれでも時計の針は止まらず進みます。
それに由美さんは焦りを感じて、
「ま、ひとまず」
出来るお姉さんらしく、止まっていた二人の背中をぽんぽんと軽く叩いて言いました。
「——二人とも、響や梅ちゃんが帰ってくる前に料理を作るわよ! ……なんて、ね」
そんな気合を入れた由美さんは、実は梅ちゃん風に言ってみた結果だったとか、そうでないとか。
ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆
なんていうことがあって、三人はキッチンへと移動しました。
「あ、由美さん。食器はこっちで、ボウルとかはそっちで……」
「あ、先輩。お鍋やフライパンはそこで、お箸はここで……」
「…………とりあえず、二人とも落ち着いてくれると嬉しいわ。ワタシも何回かこの店の厨房には入ったことあるのよ、これでも」
料理を教えた教えられた、といった立場だからか、似たような言葉で由美さんを案内する二人ですが、残念なことに由美さんは知っていました。
「由美さんの料理するところ、私見たことないかも?」
「あ、言われて見ると私もです。よくここでお泊まりするとは聞いていましたけど……」
買ってきた食材を二人がそれぞれ切ったり焼いたりしつつ、咲ちゃんがココア粉に喜びつつ。
さらりと由美さんが漏らした一言に、二人は首を傾げます。
「二人には話したことなかったかしら? ワタシも最初は手伝ってたのよ」
「手伝ってたって、何を?」
「相談所よ、咲ちゃんが来る前のね」
すると由美さんはというと、これをさらりと答えて。
聞いた助手さんはぽかんと口を開いていますが、これが年季の差というものです。
「響は説明不足なことが多いから、聞いてないのも無理はないわよ。そもそも相談所を開くのも突然だったし……」
そう言い、懐かしさのあまり遠い目をする由美さんですが、炒めている玉ねぎが焦げつつありました。全く気がついていませんが。
そんな彼女に幸子さんが慌ててフォローへ入りつつ、
「せ、先輩も以前はここで働いてたんですね。昔からの仲、とは聞いていましたけど……」
「面白そうだから手伝っただけよ。そこで咲ちゃんが来たからやめたけど……まあ、結果的には良かったんじゃないかしら」
少し焦げてしまった玉ねぎをお鍋に入れつつ、由美さんは咲ちゃんに微笑みかけます。
一体、その微笑みにはどんな意味が込められているのでしょうか。
「由美さんが相談所で働いてた時はどんな感じだったの?」
しかし咲ちゃんはというと、そこに秘められた思いに気がつくことなく。生地をくるくると混ぜつつ、そんなことを訪ねました。
「そうねぇ……響子が外へ出なかったわね」
「えっ」
「ああ、えっとね。——相談所ですから、私が離れてしまっては相談が出来ませんからね。……とか言ってたわ、確か」
響子さんが実はインドア派だった……ということはなく。
由美さんのその言葉の意味を咲ちゃんは手を止め、じっくりと考えて、
「どういうこと?」
分かっていませんでした。
見つめる先、由美さんの隣では幸子さんが何かを察してにこにことしていますが、その意味も分からず。
由美さんも由美さんで、そんな様子の咲ちゃんを親が子を見つめるような視線で見ていましたが、さすがに意地悪だと感じて少しため息。
笑みをこぼして、
「今はね、咲ちゃんや梅ちゃんが入ったでしょ?」
「うん。多分今度新しい人が入るけど」
「あら、それは初耳だわ…………じゃなくて。二人が入ったから、相談所はいつも誰かしらがいるのよ。特に……」
「特に?」
「…………その先は内緒かしら」
最後の最後で、お預けです。
がくりと肩を落とす咲ちゃんに由美さんは振り返って、
「そうね。今日じゃなくても、明日でもいいわ。響に聞いてみるといいわ。多分、ちゃんと聞けば答えてくれるから」
なんて、優しく声をかけて、また微笑んで。
「う、うん……」
それにひとまず頷いた咲ちゃんは、止まっていた生地作りの続きを。
由美さんと幸子さんは、食事の準備を。
ほんの一時間とちょっとを挟んで響子さんと梅ちゃんが帰ってくると、それはそれは、大きなお食事会が始まったのでした。




