40人目 『後輩さんと、酔っ払ってないお姉さんと、助手さんクッキング』
いつも『維澄響子のお悩み相談所』をお読みいただきありがとうございます。
以前から活動報告にてお知らせしていましたが、今回の更新で、当作品の終了まで残るところ5話となりました。
いつもゆるふわな日常を送る咲ちゃんたちを、どうか最後まで見届けていただければと思います。
それでは、本編スタートです。
ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆
しゃらんしゃらんと、お客さんの訪問を知らせる鈴の音。
お日様がオレンジ色に変わり、相棒の月が今か今かとその時を待つ夕方のことでした。
「こんばんはー……って、咲ちゃんだけなのね」
スーツをびっしりと決めて、こげ茶の長髪を揺らすべっぴんさんこと、真鍋由美さんが袋を抱えてやってきました。
彼女の言う通り、今の店内には咲ちゃんしかおらず、
「……あ、トランプタワーが崩れちゃった」
急な訪問と声かけで、びっくりした咲ちゃんが綺麗な三角形を崩してしまって。
それにごめんごめんと由美さんが謝りつつ、
「ねぇ、咲ちゃん。響と梅ちゃんと胡麻たんは? 今夜はいるって聞いてたんだけど……」
「あ、うん。響子さんは出張占いで、さくめちゃんは胡麻たんの散歩がてらお買い物へ行ってくるって言ってたよ」
「なんだ、それならすぐ帰ってきそうね。約束すっぽかされたのかと思ったわよ、全く」
果たしてどんな約束をしていたのか、由美さんがやれやれと息を吐いて椅子に腰を下ろします。
それに咲ちゃんは小首を傾げて、
「約束?」
「あれ? 咲ちゃんまさか、聞いてない?」
「うん。何も聞いてないけど……」
そんな咲ちゃんの反応に、今度はやれやれどころかあちゃーと深く、とても深くため息を吐いて、「あのね」と前置きをして、
「ほら、ワタシを含めて、幸子ちゃんや絢……ちゃんが色々世話になってるでしょ?」
なんだか絢さんにちゃん付けをすることへの抵抗がありつつ、
「今日はそのお礼で何か作るわよって話をしてたのよ。……やっぱり知らない?」
「うん、聞いてないよ。……多分、さくめちゃんも」
今度は頭を抱えつつ。
きっと今響子さんに電話をかけたら、あらあらそうでしたか、と冗談交じりに言われることでしょう。
「ま、いいわ。たまにこういうことがあるのも響だし。悪いわね、咲ちゃん」
「ううん、響子さんのことだから、多分サプライズ気分とかだろうし!」
「…………キラキラしてるわね」
ともあれ、そんな事情がわかったところで、咲ちゃんはむっと気合を入れて袖をまくり始めます。
それから散らかっていたトランプを片付け、ココアをゴクゴクと飲み干して————ようやくそこで、由美さんが待ったをかけました。
「ちょっと待ってくれるかしら、咲ちゃん?」
「どうしたの?」
「ワタシの予想だけど……咲ちゃんも作ろうとしてるわよね?」
由美さんの問いかけに対し、何の疑問も持たずに咲ちゃんはこくこくと頷き。
「……もう。今日はもう一人来るから大丈夫よ、咲ちゃん。いつも働いてるんだから、たまにはゆっくりしなさい」
働き者の咲ちゃんが立ち上がろうとするのを制止し、労いの言葉をかけた由美さんですが、もう一人とは誰のことでしょうか。
咲ちゃんが聞くよりも先、訪問を知らせる鈴の音が鳴って、
「お、遅れましたぁ! ……あ、お久しぶりでありまする、咲ちゃん!」
時代を間違えたのかもしれません。焦るあまり不思議な語尾になった、綺麗な短めの黒髪と可愛らしいお顔の同じくスーツのお客さん。
灰村幸子さんが本日のお食事会に加わりました。
ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆
机の上に広がるのは、二つの大きなビニール袋。
それを覗く、二人の女性がいました。
「…………あ、あの。由美先輩。私、大変なことに気がついてしまったんですけど……」
「奇遇ね幸子ちゃん。ワタシもよ」
そんなわけで、ヒソヒソと会議をしているのは、二人の女性こと由美さんと幸子さん。
同じ会社に勤める、先輩後輩の関係です。
二人は咲ちゃんを手招きし、三人になったところで、机の端で会議を続けます。
「……ねえ、これってこっそりする必要あるのかな」
「奇遇ね咲ちゃん。ワタシもそれは思ったわ。でもね、それより気にすることがあるのよ」
「実はその、そうなんです。咲ちゃん」
何とも社会人らしく、大人な雰囲気がある……ような二人に咲ちゃんはかっこいい、などと思いつつ、話の内容を頭の中でぐるぐると考えますが、答えは出ず。
なので、
「どういうこと?」
素直に聞くことにしました。
幸子ちゃんは焦る頭を整理するように、深呼吸を何度か繰り返して、
「……えっと、ですね。私たちは料理を作ろうと材料を買ってきたんです。スパゲティとか、ひき肉とか、レタスとか、他色々を」
「うんうん」
「あ、咲ちゃんたちには飲ませられないけど、お酒もあるわ。それは譲れないもの」
「う、うん」
「……でも、です。デザートを買い忘れてきちゃって」
そこまで言って、がくりと肩を落として。
咲ちゃんがその意味を飲み込むのに五秒。動き始めるのに三秒。ココアを飲むのに一秒とかからず、キョトンとして、
「……相談所にあるもので作ったらダメなの?」
なんて、当たり前の反応を見せるのでした。
ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆
なんでも、二人は相談所に極力頼らない方向で、というコンセプトの元に作ろうとしていたそう。
ですから、デザートも同じようにしたかったのですが、幸子さんが買い忘れてしまって大慌て。
どうしたものかと三人で頭を悩ませたのですが、
「じゃあ由美さんたちが料理で、私はデザートだね!」
最終的に咲ちゃんがデザートを引き受けたことで、問題はひとまず解決しました。
「咲ちゃん、本当に良いの? 頼んじゃったワタシもワタシだけど、別にいいのよ?」
「そ、そうです咲ちゃん! 少し時間がかかっちゃいますけど、また買いに戻れば……」
お二人も大人な女性。こうして申し訳なさを感じますが、
「大丈夫! ほら、えーと。たまたま私が作ってたから、みたいな感じで」
必死にそれらしい理由を考え、親指を立てて問題ないと言ってみせます。
そして、二人もそんな咲ちゃんの言葉に甘えることにして。
「あ、でも咲ちゃんは、何作るんですか?」
「え? うーんと、そうだなぁ……」
幸子さんの問いに咲ちゃんはエプロンをつけつつ、じっくりと悩みます。
相談所には一通り粉物が揃っていて、大好きなココアもある。……ならば、と。
咲ちゃんは目をきらりんと光らせ、
「私————ココアパウンドケーキ、作るよ!」
満面の笑顔で、そう答えるのでした。




