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30人目 『幸子さんは幸せを感じつつ』



 そんなわけで、本日のお客さんはエプロン姿になった灰村幸子さん。

 彼女は恋愛相談のために相談所へ来たのですが、


「幸子さんは普段料理とかする?」


「い、いえ、いつもママが作ってくれるのであんまり……。咲ちゃんは普段から料理するんですか?」


「ううん、相談所だけ!」


 何故か自信満々に言ってみせる咲ちゃんの提案で、料理をすることになったのでした。

 恋愛相談だというのに料理。その理由は、


「好きな人に好かれるには懐を掴めって言うから、料理がいいかなって思って」


「懐じゃないわよ、胃袋よ。それただの暴漢か盗人よ」


 由美さんの胃袋を掴むために料理をする……というわけなのでした。

 懐はしっかりと梅ちゃんがガードして。


「で、でも、どういう料理が良いのでしょうか?」


「どういう料理がいいのかな?」


「いや二人ともあたしに聞いてどうすんのよ。言い出したのさっちゃんじゃない」


 発想はともかくとして、具体的な料理名は出てこないあたり、やっぱり咲ちゃんは咲ちゃんです。


「何かあるかな……」


 しかし今回はそれだけでは終わりません。

 ムムッと気合を入れ、頭をひねると、


「あっ、肉じゃがとかカレーって定番なんだっけ」


「そういえばそんなこと言われてるわね」


「いっそのこと二つを混ぜてみるとか……!」


「それってただのカレーじゃないでしょうか……」


 定番メニューを思い浮かべ——たかと思えば、何やら斜め上の方向へ吹き飛んでいきました。

 まさかの幸子さんにまでつっこまれるあたり、やはり咲ちゃんです。


「パスタ……じゃ胃袋掴めないわよね」


「あ、咲ちゃんのパスタ美味しかったです……!」


「えへへ。ありがとう、幸子さん」


 やや頬を赤らめる幸子さんにパスタが何度も褒められ、上機嫌でにっこにこの咲ちゃんですが、梅ちゃんの言う通り、それでもまだ何か足りないよう。


 なので、ステーキにココア、フォアグラにキャビア。あれやこれやとインパクトが強そうな食べ物を三人は口にしていきますが、やっぱり答えは見つからず。

 ため息が次々にこぼれてしまいます。


「……胃袋って難しいね」


「……そうね。せめて由美さんの…………あれ?」


「どうしたんですか?」


 ——と思いきや、梅ちゃんが何かに引っかかったようです。

 最初は小首を傾げて、それから目からウロコが落ちたかのような顔になり、


「…………由美さんの好きな食べ物作ればいいんじゃないの?」


 今頃になってようやく、単純なことに気がつくのでした。



ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆



 気を取り直して、由美さんの胃袋のために料理を作る三人。

 ようやく方向性が見えたところで、


「はい、由美さんの好きな食べ物といえば?」


「お酒?」


「お、お酒みたいです……」


 梅ちゃんの問いかけに満場一致のお酒です。

 お酒を作るのは禁止な上、高校生が二人もいますが、一体梅ちゃん達は何を作るのでしょうか。


「あ、ひょっとしておでんとか?」


「唐突ですね。由美先輩はおでん好きなんですか……?」


「いや、それで合ってるといえば合ってるけど少し違うわよ?」


 咲ちゃんは以前由美さんが来た時、彼女が食べていたおでんが実は……などと考えて言ってみますが、残念。どうやらハズレのようです。


 そう。意味深な梅ちゃんの言葉、その意味は、


「——おつまみよ」


「おつまみ?」


 お酒のお供、おつまみさんなのでした。


 由美さんはお酒が好きな酔っ払いお姉さん。それならば、お酒のおつまみを作って胃袋を掴んで離さないようにしてしまおう。

 それが目をきらりと光らせる梅ちゃんの考えなのです。


 しかし、


「あれ、それって普通の料理じゃダメなの?」


「えっ、多分……ダメなんじゃないかしら」


 咲ちゃんの予想外の返しに、梅ちゃんの光は遠い宇宙の彼方へ飛んで行きました。

 自信があっただけに、しどろもどろになってしまう梅ちゃんですが、


「え、ええっと……お酒のおつまみは軽く食べられるもの、という点で違うんじゃないでしょうか……?」


「言われてみれば確かに……! いつも由美さんとかに出す時は少ないもんね」


 幸子さんのフォローによってほっと息を吐きました。

 咲ちゃんも素で出た質問なので、ふむふむと何度も頷いて。


 それから、


「幸子さんはお酒飲む人?」


「私はあんまり飲まないですね。ママもパパもお酒が弱くて……って、あんまりお酒の話ばっかりじゃダメですよ、咲ちゃん」


「……酔っ払いに慣れすぎて、お酒の話が普通になりつつあるわね」


 恋愛相談のためとはいえ、二人は高校生。

 社会人の由美さんや幸子さんとは違ってまだまだ子どもなのです。


 幸子さんはそんな二人に困り笑いを浮かべると、何かを考え込むように唇にそっと手をやります。


「幸子さん、どうしたの?」


「……へ、ああ、いえ。えっと……」


 それに咲ちゃんがほけっと疑問しますが、幸子さんは口ごもってしまって。


 ですが、気になった咲ちゃん梅ちゃんがじっと彼女を見つめると、やがて恥ずかしくなって顔をリンゴのように赤く染め上げた幸子さんは言いました。


「その…………、料理もまだ作ってないんですけど、上手くいったらいいなって思って。そ、それに、二人と色々悩んで、話して……」


 それから、


「だから二人とも、ありがとうございます。頑張りま……ううん、頑張りましょうね」


 意気込んで、照れて、笑って、また照れて。

 幸子さんは二人と頑張ろうと決意するのでした。

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