おまけ⑨ 『二人と一匹と一人のバイト事情』
「そういえばさくめちゃんはここ以外で働いたことある?」
朝日が窓から入ってきて大変心地が良い……そんなある日のことでした。
「いや、ないわね。ここが初めてよ。さっちゃんは?」
「ううん、私も初めてだよ。響子さんと出会って、ビビビって感じに決めたから」
「さっちゃんと言い月子さんと言い、なんでみんな電波受けてるのよ」
先日の絢さんの相談は、アルバイト先を見つけてやることを作ろう、そんな形に落ち着き、解決しました。
一応アルバイト、という形でここで働いている咲ちゃん達のように、絢さんはお仕事を見つけられたのでしょうか。
「……あれ、胡麻たんってバイトなのかな」
「突然ね。まあ、そうね……ペットだし、バイトじゃないかしら。前に絢さん達が来た時には寝てたけど」
「————わおん」
二人に視線を向けられた胡麻たんは面倒そうに返事をします。
ここにきてようやく本性を現した胡麻たんは、どうやら怠け者だったようで、
「これって働いてるの?」
「……インテリアか観葉植物みたいなものよ」
机の下でごろごろごろごろ。
見て保養、そんな存在として落ち着くのかと思えば、
「——わおんっ!」
突然に胡麻たんは鳴き声をあげました。
その緊迫した声に二人は冷や汗を流し、ゆっくりと視線をずらしていき——、
「ちゃーっす! ご無沙汰して…………あれ?」
シャランシャランと鈴の音が鳴り、扉の向こうから現れたのは金髪ヤンキー古賀絢さんでした。
ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆
「んで、ようやくバイト先決まったわけよ」
気分高らかに金の長髪を揺らす絢さん。
彼女の手には飾り気のないエプロンがあり、
「可愛いねぇ、さくめちゃん」
「まあ、そうね。エプロンってことは喫茶店とか?」
「や、食べ飲みするとこじゃねーぞ」
「っていうことは……第二の相談所?」
「いやここも食べ飲みしてるじゃない。……でも、ライバル出現ね」
これは手強い相手と言わんばかりに、メラメラと闘志を燃やす咲ちゃんと梅ちゃん。
二人の想像通りに第二、第三の相談所があるかと思えば、
「花屋な。なんつったかなー、あの人の名前」
「え、花屋? 花屋ってあの?」
「おう、なんかたくさん花がある屋さんだ」
「花屋さんかぁ……」
驚きを隠せない梅ちゃんに、ほえーっとする咲ちゃん。
二人にとてもアバウトな説明をする絢さんは、
「あ、思い出したわ。ゆうって言ってたな、店長の名前。響子姉さん達の話したらいちごパスタ奢ってくれたんだよ」
「え、ゆうさん? ゆうさんってあの?」
「おう……って合ってるかは分からねーけど。なんかすげーゆっくりしてる人だったな。響子姉さん達のすごさすげー分かってたからすげー人なんだけど」
「……すごいわね、語彙が」
すごいすごいする絢さんに梅ちゃんが冷めた目をしていますが、彼女が気がつくことはありません。
何故なら、
「————わおん」
「うぉっ! この犬生きてたのかよ!」
「あ、胡麻たんがおめでとうだって」
「いつからあんたは通訳になったのよ」
胡麻たんがぐうたら生活をやめ、のそりのそりと机の下から出てきたからです。
咲ちゃんはそんな胡麻たんに朝ご飯を用意しつつ、
「そういえば……どうしてお花屋さんなの? ゆうさんのことは知らなかったんだよね」
ぼんやりとした声で絢さんに問いかけます。
「言われてみればそうね。何か理由があったの?」
「んー、まああるっちゃある。けど」
問いかけられた絢さんはというと、何やら口ごもってしまい、言葉が続きません。
言いたくないことなのでしょうか。
「あ、お花が好きとか」
「単純過ぎるでしょ。そんなわけ——」
「……その通りだ」
そんなわけありました。
さすがにこれには咲ちゃんも驚き、しかしすぐに納得してしまいます。
何故なら、
「絢さんって、カフェオレ砂糖マシマシミルクマシマシとんでも甘々モード飲んだり、いちごパスタ食べたんだもんね。お花が好きでも違和感無くなっちゃった」
絢さんも可愛い部分を持っている、そう言いたげにえへへーと笑う咲ちゃん。
ヤンキーだからかっこいいものばかりを好きになるはず……そんなイメージが、咲ちゃんの中で変わった瞬間です。
「まああんまかっこいいイメージじゃないから言い出せねーけど、好きなんだよ、花」
「じゃあじゃあ、ココアはどう?」
「いやココアは……まあ、好きっちゃ好きだけど。突然だな」
胡麻たんにご飯をあげ終えた咲ちゃんは席に戻ると、満足げに頷きます。
次に絢さんが訪れたときにはとびきり美味しいココアを淹れよう、そう咲ちゃんが決め込んだところで、
「——んじゃ、そろそろ行くわ。今度はあれだ、花持って来るからよろしくな」
絢さんが口早に別れを告げ、相談所を出ていくのでした。
ヤンキーではない二人と話していて楽しかったと、そう言うように笑みを浮かべて。
ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆
「絢さんが花屋さんかぁ」
「……正直今でも信じられないんだけど」
絢さんが去った相談所には、再び二人と一匹です。
一匹さんは絢さんが帰ってすぐに寝てしまいましたが。
「次来た時にはお花の髪飾りとかつけてたりして!」
「変わるの早すぎでしょ、一応あの人ヤンキーよ?」
咲ちゃんの未来図に梅ちゃんが指摘し——顔を合わせ、不思議な笑いが生まれます。
彼女達の頭の中では、どちらともが絢さんの幸せそうな顔があって。
「…………私達も何か変わるのかなぁ?」
ひとしきり笑って落ち着いて。
そうして咲ちゃんはぼうっと天井を見つめて呟きます。
「……さあね。あたしはもう変わってるところもあると思うけど」
釣られて梅ちゃんも視線を上に移しますが、
「え? 何が?」
咲ちゃんは首を傾げて梅ちゃんを見つめます。
そしてそのまま数秒見つめ合った結果、梅ちゃんがため息を吐いて、
「……ほら、姫ちゃんとかめぐさんとか友達になったじゃないの。あたしとさっちゃんも、ね」
顔を真っ赤にしつつ言いました。
それに対し咲ちゃんは、
「……そっか、うん。そうだよね。えへへへ」
甘くとろけるような笑顔を浮かべ、梅ちゃんの手を繋ぎます。
「………………もう」
長い間、ずうっとずうっと。
手を繋いでいるのでした。




