17人目 『古賀絢さんは憧れる』
「わひゃあ、疲れたぁ……」
「わひゃあって何よ……まあでも、わひゃあって気分ね……」
台風も過ぎ去り、平和が訪れた屋根の下、今日も今日とて相談所は相談所をしています。
先程までなんかは、やけにお客さんが押し寄せてきて、対応に追われるうちに二人の体力が根こそぎ奪われてしまった……そんなお昼下がり。
「響子さんいつになったら帰ってくるんだろう……」
ココアを飲み、ツヤツヤと光を放つ咲ちゃんでさえも、思わずため息が漏れてしまいます。
「三日も音沙汰なし、ってあの人大丈夫なの……?」
「あ、さくめちゃんが響子さんの心配した!」
「い、いや……あたしだって、心配ぐらいするわよ。ま、まああの人も一応は……」
水晶玉を狩りに行っている響子さんを想像し、梅ちゃんがごにょごにょと口ごもり。
仕事や料理もそこそこ出来るようになってきた二人ですが、響子さんがいるのといないのとでは出来る量も変わってくるのです。
例えばいちごパスタを十人前同時に出せるか出せないか。あるいは梅ちゃんのツッコミが増えるか増えないか。
ともあれ、そんな時こそ嵐はやってくるもので、
「今日はこのまま落ち着きたいわね」
ミルクティーを優雅に飲む梅ちゃんが願望を口にし、
「——ちゃーっす!」
一瞬で崩れ去りました。
それはもう、梅ちゃんの一言が合図と言わんばかりに。
「お茶なんて頼んだっけ」
「いや、出前なんて頼んでないわよ。そもそもお茶の出前って何よ」
咲ちゃんは平常運転、梅ちゃんは現実逃避するかのように訪問者から目をそらしますが、
「ご無沙汰してます、響子姐さん! 自分聞いてもらいたいことがあって……あれ?」
女性としてはやけに低い声で元気に挨拶を述べられて、無視出来るはずもなく。
一見タバコのように見える飴を口にくわえて、金色の髪をお辞儀でばっさんばっさんと揺らすのは、
「…………響子姐さんは?」
いつぞやの金髪ヤンキーこと、古賀絢さんでした。
ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆
「えーと、アタシは古賀絢だ。あんたらは?」
改めまして、本日のお客さんはヤンキーさんです。
彼女は響子さんがいないことにショックを受けたようですが、すぐに切り替えてテキパキと名乗ります。
「あ、助手の遊佐咲だよ」
「助手ってことは……あんた響子姐さんの右腕か?」
「うーん、私は変形は出来ないけど……響子さんとは仲良しだよ」
「マジかよ、響子姐さんの右腕なんて相当だぜあんた。見かけによらずすげーもん持ってんのか」
確かに咲ちゃんは見た目ではある意味すごいものを、中身にはココアの力を宿していますが、何やら勘違いされた模様です。
「それで、あんたは確か……」
「……紗倉梅よ」
「アネキのマジの顔見た子だったな。あれで逃げねーなんてあんたもあんたですげーよ。やっぱアネキ達の周りはすげー人ばっかなんだなぁ……」
絢さんは何やら目をキラキラとさせ、ここにはいないアネキさん——由美さんを思い浮かべますが、咲ちゃんには何のこっちゃなようで、
「ねぇねぇ、何の話?」
「ああ、ほら。前に由美さんが元ヤンって話したでしょ? その後輩っていうのが——」
「アタシ、古賀絢ってなわけだ。……そうか。二人は知ってるんだな、アネキが頭張ってた頃のこと」
「ふんわりとね。って、どうしたのよ?」
「…………」
梅ちゃんが問いかけた先、絢さんには変化がありました。
それまでは元気なヤンキーだったのに、哀愁漂うヤンキーです。
一体、どうしたというのでしょう。
「……何か飲む?」
「え?」
そこに割り込んできたのは、咲ちゃんです。
何事かを問わず、注文を聞くその姿勢には荘厳な器と全てを包み込むような聖母の如き包容力、後光が差すような偉大さがあり——、
「…………喉乾いちゃった」
ありませんでした。
ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆
「はい、こちらカフェオレ砂糖マシマシミルクマシマシとんでも甘々モードだよ」
「とんでもないのはそのネーミングよ」
そんなこんなで、実は見た目に反して子ども舌で甘党な絢さんがとんでもな飲み物を口に含みつつ、本題に入ります。
「美味しい。…………えーと、どこから話したもんかな」
「うーん……あっ、絢さんはヤンキーなんだよね」
「そりゃそうでしょ」
「さすがの洞察力。やっぱ響子姉さんの右腕は伊達じゃ……」
「いや、そういうのはいいから」
見かけたら十人中十人がヤンキーだと判断するような見た目の絢さん。
ゆうさんあたりはぽわぽわとしているので、ヤンキーだと思わないかもしれませんが、それはともかくとして。
「ヤンキーってことは……組織みたいなのがあったりするの?」
「いや、それヤンキーじゃ——」
「ああ。あるぞ。というかアネキは前までそこにいたんだ」
「いや、あるんかい!」
梅ちゃんのツッコミが珍しく空振りしました。
咲ちゃんの微妙にずれた回答でも、たまには当たるのです。
「あ、じゃあじゃあ、その組織って何するの? 高級なココア集めたりとかしないよね?」
「あんたまだそれ覚えてたのね」
「昔はそんな組織もあったっけな。響子姉さんとアネキがぶっ潰したけど」
「ヤンキーって何なのよ。そもそも何なのよその組織。常識って何なのよ」
「今日は何なのよ星人だね」
重なる衝撃の事実に常識を疑い始める梅ちゃんですが、ひとまずそれを置いておいて絢さんは話を続けます。
「まあアタシらの組織は調子乗ってる奴らを片っ端からシメる、ってな感じなんだけど……それがさ、最近になって腑抜けちまってさ」
「腑抜けた?」
「ああ。前まではアネキが見つけてアタシらが突っ込むって流れだったんだけど……」
「いつの時代よ……ってのはともかくとして、今は由美さんが抜けたから見つけるのもままならない、ってこと?」
絢さんではなく梅ちゃんがツッコみます。
絢さんはそれに頷き、肯定しますが、
「見つけないとダメなの?」
ごくごく純粋な疑問。
それが咲ちゃんから放たれ、二人はぽかんと口を開きます。
「…………あれ?」
「あ、ごめん。いや確かにさっちゃんの言う通りだけど。そうね、ええ。そうよね」
あまりに突くのが早い核心に、梅ちゃんは混乱です。
彼女は何度も頷き、冷や汗を流しつつ改めてどう解決に向かわせようかと考え込みますが————、
「——それじゃダメなんだよ」
絢さんは言います。
「アネキがいないとみんなかっこよくねーし、だから……」
咲ちゃん達が向かおうとする方向性に異を唱え、不満を口にして、
「だからアネキに——」
しかし絢さんのその言葉は、続きませんでした。
何故なら、
「ただいま、です。旅から帰ってきましたよ。ふふっ」
「たっだいまぁ、元気ぃ? 咲ちゃん、梅ちゃん……げ」
水晶狩りから帰ってきた響子さんと、酔っ払いお姉さん由美さんが帰ってきたからです。




