おまけ④ 『助手と従業員は今日も仲良く』
「——ねえ」
ある日の夕方のことです。
響子さんは何でも私的な用事で誰かを迎えに行くとかで、店内にいるのは二人だけ。
お客さんが来ないので、咲ちゃんが梅ちゃんの長髪をいじったり、逆に梅ちゃんが咲ちゃんのポニテを解いたり。
あるいは、本を読んだりボードゲームをして過ごしていたのですが、とうとうやることもなくなってしまいただぐったりとしていました。
そんなグダグダな時間の真っ只中で、何度も見返した雑誌に目を落としていた梅ちゃんが口を開いたのに対し、
「ほぇ。どうしたの、さくめちゃん?」
机に伏していた咲ちゃんが気の抜けた声で返事をし、梅ちゃんの方に顔だけを向けると、
「そういう間抜けな声やめなさいったら」
怒られました。
「え、えへへ……」
「もう。……それで、えーと。そうそう、さっき思ったんだけど、ここってどういうシステムになってるの?」
「システム?」
梅ちゃんの言いたいことがいまいち分からず、咲ちゃんは首を傾げます。
「ほら、この店ってお客さんが来るじゃない。それで飲み物を出すっていうのは分かるのよ」
「時々すごい注文来るけど、準備してあるのがすごいよね」
「ええ、そうね。……って、いやそれもそうなんだけど、何でこの店ってご飯まで出してるの?」
「えっ」
「いや、えっ。じゃないわよ。時々パスタとかオムライスとか注文されるじゃない。ゲテモノはともかくとして、ここ小料理屋じゃないじゃない」
梅ちゃんの言葉に、ああ確かにと手を叩く咲ちゃん。
どうやら梅ちゃんは、『お悩み相談所』なのに軽食や飲み物だけでなく、食事まで提供していることに疑問を持っている模様です。
その質問に首を右に左に、ぐるりと回して考え込む咲ちゃんですが、
「うーん……分かんない」
「まああの人のことだから、まともな回答なんて返って来ないんだろうけど……」
「えー、響子さんだって真面目な時は真面目なんだよ。普段は掴み所がない? 人だけど」
「まあ、確かにこの前の恋愛相談の時はそうだったわね」
二人は顔を合わせて頷きます。
ですが、
「——いや、それにしてもメニュー多すぎない?」
「やっぱりそこに辿り着いちゃうんだね」
「そりゃそうよ。毎回さっちゃんかあの人がいるからいいけど、あたしだけの時困るじゃない。あたし簡単なものしか作れないし……」
「何だっけ。最近だと、天丼にビーフストロガノフ、みたらし団子、いちごパスタ、サーモンのマリネ、エビチリにロールキャベツ……あといちごパスタ?」
「ここは何屋さんなのよ。というかいちごパスタ人気ありすぎでしょ」
「私もびっくりしたっ! 流行ってるのかなぁ?」
「いや流行ってはないと思うわ。多分」
やたらめったら注文されるため、咲ちゃんにいちごパスタを教えてもらった梅ちゃん。
彼女は未だ食べる勇気が湧いてこないようで、注文が入るたびに神妙な顔でキッチンに向かっています。
「いちごパスタの謎の人気も怖いけど、もっと恐ろしいのがメニュー表が存在しないことよね」
「お魚やお肉は買ってこないとないけど、果物やお野菜はたくさんあるしねぇ……あ、さくめちゃんリンゴ食べる?」
「いや、今はいいわ」
「…………ぷ」
最近『いや』が口癖になりつつある梅ちゃんに咲ちゃんが笑いをこぼします。
「ん? どうしたのよ」
「……っ、ぷふ、う、ううん、何でもない…………」
「明らかに何でもあるじゃない。まあいいけど」
笑いを堪えるのに必死な咲ちゃんに、梅ちゃんはため息を吐いて言及を諦めました。
そして再び雑誌に視線を戻すと、
「ねね、さくめちゃん」
「……なによ」
声だけ聞くと、ややきつく聞こえる梅ちゃんの言葉。
しかしその裏にはちゃんと彼女なりの親しみの想いがあることを、咲ちゃんは知っていました。
だから咲ちゃんはくだけた表情で、
「最近……どう?」
「どう、って何が」
「楽しい?」
「————」
咲ちゃんの問いかけに少しだけ、沈黙がありました。
虚を突かれたような顔になる梅ちゃんは、咲ちゃんから目を背けるようにプイッと顔をそらしたかと思えば、
「…………わよ」
「わよ?」
「……楽しい、わよ。その、お客さんと話してるのって思ってたより楽しかったし。お礼言われるのも、悪くないし。それに……さっちゃんも、いるし」
顔をリンゴのように真っ赤にして、梅ちゃんは答えました。
名前の通り、本当に梅のように。
「……そっかぁ、そうなんだ。えへへ、良かった」
「何でそんなこと聞いたのよ?」
「んと、ね。さくめちゃんが来てから少し経ったし、今どうかなって思って」
「普通そういうのってもっと経ってからじゃないの?」
「う。いや、うん。そうなんだけど……」
照れながら反撃する梅ちゃんに、咲ちゃんがどんどんしぼんでいきます。
涙こそ流しませんが、さすがにそんな様子を見て可哀想だと思った梅ちゃんは言います。
「…………まあでも。気にしてくれるのは嬉しいわ。あんたのおかげでいつも楽しいわよ。——ありがと、さっちゃん」
「……ほんとに?」
「ほんとよほんと」
「えへ、へへへ」
「何よ」
「何でもないよ——さくめちゃん」
そうして、やがて二人は顔を合わせて笑いました。
それから響子さんが帰ってくるまで、長く長く、二人は今日も仲良く雑談を交わすのでした。




