7人目 『めぐさんが恵んで真姫ちゃんがうるうる』
「————」
今回の当事者が全員揃った店内に、緊張が走ります。
めぐさんの隣に座った真姫ちゃんは、彼女に何やらキラキラとした視線を向けていますが、向けられた側は困り顔。
梅ちゃん咲ちゃんの二人は予想外の事態に一体どうしたものかと頭を悩ませますが——、
「————あ、そうそう。私お饅頭を買ってきたのだけれど……食べますか?」
その緊張は、響子さんのとってもお気楽な声によって唐突に破られます。
「……饅頭?」
そんな響子さんの素っ頓狂な発言に眉を寄せる梅ちゃんですが、響子さんは一切動じずニコニコと笑顔を浮かべて、
「饅頭です。梅ちゃんも食べますか?」
「いや食べるけど……、いや饅頭ってあんた。いや良いんだけど」
「いやが多いですねぇ…………」
「さくめちゃんはいやいや星人なの?」
「いや、いやいや星人って何よ。ただの一般人——地球人よ」
「そうだったんですか?」
「いやそうでしょ。あんたあたしのことなんだと思ってたのよ」
「うーん、ツンデレ星人でしょうか?」
「いやそんな星あるわけないでしょうがっ!」
「……ぷふっ」
顔を真っ赤にしてぷりぷりと怒る梅ちゃんに、思わず笑いがこぼれる咲ちゃん。
それがきっかけとなって、机を挟んで別空間のようになっていた二人も、
「あはっ、あはは! もー、可愛いなぁ、めうめうは」
「ふふっ、本当に仲がいいんですねぇ、皆さんは」
柔らかな表情となって、先程までの雰囲気が崩れました。
計算していたのか否か、響子さんはそんな面々を前にして、
「——それじゃあ始めましょうか。二人の相談を、ね?」
柔和な笑みを浮かべるのでした。
ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆
改めまして、本日のお客さんは告られたギャル森崎めぐさんと、告った漆原真姫ちゃんです。
「……なるほど、なるほど。てっきり真姫ちゃんが男性の方に好意を抱いているものかと思っていたら、実はめぐさんだったと」
「はい、そうなんですぅ。私男の人は怖くて話せないんですけどぉ、めぐさんが王子様だから関係ないんですぅ」
そう言う真姫ちゃんは恍惚な表情を浮かべて頬を染めます。
ですが、女性同士ということもあって、恋愛自体を知らない梅ちゃんと咲ちゃんにはいっそうのことその感情が伝わりません。
なのできょとんとしていると、
「——ああ、二人には分かりにくい話だったかもしれませんね。私も自慢出来るほど経験があるわけではありませんが、ここは任せてください」
「響子さんは付き合ってた人とかいるの?」
「さて、どうでしょう? ……ふふっ、それじゃあ続けますよ」
咲ちゃんの問いかけに対して、響子さんは早々にぼかしてしまいます。
それからすぐにお客さんに向き直り、言います。
「任せてください、とは言っても、既にこのご相談は解決しているようなものなのだけれど……めぐさん、あなたの気持ちはどうなのでしょう?」
「へ? あー、ウチね。ウチはその……」
ふられためぐさんは隣の真姫ちゃんをちらりと見やり、数秒悩んだかと思うと、
「……ウチは正直分かんない、っていうのが強いかな。ほら、男だと毎回断ってたけど、今回はまきちだしさ。だから気持ちはありがたいけど、断ろうかなーって」
「とのことですが、真姫ちゃんとしてはどうでしょうか?」
「え、ええっとぉ、そうですねぇ。わた、わ、私はめぐさんの意見を尊重しますよぉ」
まるで恋愛相談を前にした梅ちゃんのように動揺する真姫ちゃん。
その顔色はどう見ても悪く、冷や汗を流してガクガクと震えており、明らかにショックを隠しきれていない様子。
「真姫ちゃん大丈夫?」
「だ、大丈夫ですよぉ」
「いやあんた、どう見ても大丈夫じゃないでしょ」
咲ちゃんと梅ちゃんがそれぞれ心配をしますが、それでも真姫ちゃんは大丈夫と繰り返します。
百人中百人が大丈夫じゃないと言うに違いない、ぎこちない笑みを浮かべて。
とはいえ、付き合う意思のないめぐさんですから、どうしようもないのですが——、
「さて、ここで私から提案があります」
「提案?」
「そう、提案です。めぐさん、貴方がめぐさんと直接話すようになってからどのくらい経ちますか?」
「えっとー……一週間ちょいかな。手紙も含めるとプラス二日くらい?」
「それじゃあ真姫ちゃんはめぐさんと出会ってどのくらいになりますか?」
「一ヶ月と十二日、ですねぇ」
一体響子さんが何を提案しようとしているのか、皆々は分からずに首を傾げます。
もちろん、何の迷いもなく即座に答えて見せた真姫ちゃんに対して、誰も突っ込むことなく。
そんな中響子さん一人だけがにこにこと笑顔で、お客さんの顔を順に見て、言います。
「真姫ちゃんはめぐさんのことをたくさん知っています。趣味や人柄、それから家まで」
「えっ」
「どうしました?」
「まきち、ウチの家知ってたの?」
「はい、たまたま通りかかったものでぇ。すごい偶然でしたぁ」
真姫ちゃんの言葉に何か引っかかりを感じるめぐさんですが、その正体が何かは分からず、ひとまずスルー。
そして、
「でもウチはまだまきちのことを全然知らない……ってことでいーの?」
「ええ、その通りです。ですから、まずは真姫ちゃんのことを知ってみてから返事をしても、遅くはないはずです」
「え、わ、私のことですかぁ? それは確かに嬉しいですけどぉ……」
「めぐさん、どうでしょう?」
一人で赤くなり盛り上がっている真姫ちゃんをよそに、響子さんは問いかけます。
めぐさんはその言葉を真剣な表情で考え始めました。
数秒を挟んで、それからパッと顔を上げたかと思えば、
「——ならそうしよっか、まきち。ウチももっとまきちのこと知りたいしさ」
「え、え……?」
「だからさ、まだ答えられないけど——しばらくよろしくね。あはっ☆」
ギャルピースを決めてニッと笑うのでした。
ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆
めぐさんと真姫ちゃんが仲良く帰ったところで、店内には平穏が訪れました。
ココアやコーヒーの香りがいっぱいに広がっていて、まったりとくつろぐ三人です。
「やっぱりすごいねぇ、響子さん」
「まあ、そうね。あたし達だけじゃどうしようも出来ない相談だったし……」
「あらあら。そんなことはありませんよ。咲ちゃんには咲ちゃんの、梅ちゃんには梅ちゃんの解決の仕方があるんですから」
決して嘘をついているようには見えない響子さんに咲ちゃんはうーんと唸り、
「でも私達恋愛なんてしたことないしなぁ……」
「そうよそうよ。まだまだ私たちには早いのよ」
「あらあら」
ねー、と顔を合わせる二人に響子さんはくすりと笑いをこぼします。
「たとえ分からなくとも、誰かを知りたいという気持ちは二人だって、私だって持つもの。それが枝分かれして恋愛か、友情に姿を変えていくのだけれど……」
「あ、そっか! 私だとそれが梅ちゃんになるんだね?」
「えっ。いや、でも……まあ、そう。確かにそうよね」
「その通りです。私は二人より少しだけ長く生きていますが、それは微々たる差に過ぎません。ちょっとだけ見方を変える。それだけでいいんですよ」
咲ちゃんはうんうんと頷き、梅ちゃんは先の発言で紅潮した顔をふっと外に向けて。
そうして今日も、真っ赤に燃えた夕日は三人を照らすのでした。
三人目のお客さん
なまえ :漆原 真姫
ねんれい:16歳
しょく :高校一年生
しゅみ :お菓子作り
すき :めぐさん。甘いもの。めぐさん。
きらい :苦いもの、辛いもの
みため :おっとり系。明るい茶髪で毛先がくるくる巻いてある。
身長は咲ちゃん達と同じくらい。梅ちゃんと同じく控えめ。
ひとこと:めぐさぁん、私お菓子焼いてきたんですよぉ。




